第5話
「ね、来週の日曜オフだからさ。デート行こうよ」
「ああ、いいけど」
チャンスは、思っていたよりずっと早く訪れた。
放課後、部活前の時間に少し話した時だった。そんな話をしてきたのは。
どうやら、グラウンドもトレーニングルームも使えず、ろくな練習が出来ないからと、オフになったそうだ。
部員は半強制でトレーニングをしにジムへ行くみたいだが、マネージャーは何もすることがないので、完全に休みになるらしい。
「2人で遊ぶのは、文化祭以来か」
俺は、机に頬杖をついて欠伸をした。
「しかも、まだ2回目。友達とか、皆熱々だけど私たちはあまりって感じだね」
「それは冷めてるって言いたいのか」
「いやいや、違うよ。落ち着いてるって感じ」
違いがよく分からん……。
「デートさ。心乃葉は行きたいところとか決めてるの?」
心乃葉はふっふっふっとニヤケ出した。
「実は、今回は2倍楽しめるようにって面白い案を考えてきたんだ〜」
「面白い案?」
「そう! お互いのことを知れて、かつ、2倍楽しめるデート! 私達って、あまり会える日が無いから、その分1日を充実させようって訳」
「なるほど。まあいいけど、具体的に何するんだ?」
「えっとね。やることは簡単だよ。私と将大で1つづつ、今までで思い出に残ってる場所を紹介するの! それで、午前と午後で楽しむ! 思い入れとか、そんなことを話しながら、相手の思い出を噛み締める……」
随分とロマンチックな考えだ。でも、魅力はあるし、俺にとっても都合がいい。
これで心乃葉の一端を知れるかもしれない。
彼女の内面に触れたことがなかったし、この際、彼女が許すところまで踏み込んでいきたい。
踏み込みたいが……でも、俺にそんなことが出来るだろうか。
その踏み出した1歩で、土足で踏み荒らす行為になってしまわないだろうか。
……いや、でもここで進展がなければ、酒川と決めたタイムリミットまでに何も変わらないような気がする。
チャンスは逃すなだよ。
そう言われたばっかりだし、ここはやらないと。
「どう? 楽しそうでしょ」
「うん、いいと思う」
「そうでしょそうでしょ。私、とっておきの用意してるから!」
心乃葉は胸を張って自慢げだった。
「楽しみにしてるよ」
「ありがとう! 私も、将大がどんな場所が好きなのか、すっごく楽しみ。じゃあ、私は部活に行ってくるね」
しまった。そうか、これ俺の思い出の場所を考えなきゃいけないのか。
俺の思い出の場所って……どこだよ。
午前と午後で分けるくらいだから、多分近場で探すことになる。だから遠い旅行先はNG。
この近場にある場所といえば、心霊スポットとも呼ばれる廃遊園地や、ショッピングモール、商店街くらい。
遊園地は潰れる前に何となく通りかかって入口を見た程度、ショッピングモールは昼ごはんを食べた記憶くらい。
商店街は、食べ歩きしたことくらい。
なんでもないただの思い出で良いのなら、いくらでもある。でも、心乃葉が求めているのはそんなものではない。
もっと、お互いが理解し合えるように、思い出を共有出来るように。
どこだ、どこにある……?
「……呉橋くん!」
「!? お、おう」
突然大きな声が聞こえたと思えば、桜田が心配そうに見つめていた。
文化祭でも、そんなことがあったか……。
「あんまり、顔色良くないけど、大丈夫?」
「ああ、少し考え事してた」
「また、心乃葉ちゃんのこと?」
「……ああ」
こうして、桜田と話している間も、くじを引くみたいに1つづつ記憶の糸を手繰り寄せては、違う、これも違うと、振るいにかけている。
でも、見つからない。
「ねぇ、私で良ければ相談に乗ってあげるよ。もしかしたら、呉橋くんの役に立てるかもしれないから」
俺の顔を、桜田はチラチラと伺っている様子だった。
「でも、そこまでしてもらう訳には……」
「それなら、相談に乗る代わりに、勉強を教えてよ。私さ、次の数学の小テスト、結構心配でさ」
「まあ、それなら別に……」
「じゃあ決まりね。じゃあ、早速今日、私の家に来てよ」
「い、家? いくらなんでもそれは急すぎるって、それに心乃葉にバレたら――」
ワンチャン修羅場……なんて言おうとしたが、桜田に遮られた。
「大丈夫だよ。そんなに慌てなくても……。だって、私と呉橋くん、幼馴染だし、今までもそうしてきたし」
「そう、なのかな」
「そうだよ。だからお願い」
「……分かった。じゃあ、今日だけな」
「ありがと。じゃあ、一緒に帰ろ」
桜田は、薄らと頬を緩めて、俺の手を引いた。
そして、何故だろう。俺は、その柔らかい手の平の感触に嫌悪感を抱いた。
泥臭くて、重くまとわりつくような、今まで感じたことの無い嫌な感触。
女子の中で1番の友達で、幼馴染の桜田に、何故そう感じてしまったのか、俺には全くわからなかった。
でも多分これは、良くないことが起こる前兆だ。
全身が、俺の心にそう訴えていた。
◇ ◇ ◇
桜田の家に上がるのなんて、久しぶりだ。中学生までは、互いに家に呼んで遊んでいた。だが高校に上がってから、お互い高校生にもなってそれはちょっと変だからと家に上がらせるなんてことはしなくなっていた。
桜田の部屋は、中学の時からあまり変わっていない。暖色を多く使った、温もり溢れた部屋だ。
カーテンはオレンジ、そしてベッドは黄色。そんでもって、カーペットは黄緑色。
勉強机の端にちょこんと座る、テーマパークのキャラクターも、相変わらず変わらない。
変わったことといえば、部屋が片付いていることくらいか。中学の時は俺が上がってくるくらいじゃ何も気にせず服や本を放っていたのに、今はこまめに掃除するのか、綺麗に整頓されていた。
とはいえ、ポニーテールをほどいていたり、若干油断しているところもあるみたいだった。
「どう? ここ解ける?」
「ああ。答え見てないから分からないけど、多分これで合ってる、と思う」
数学の問題集を開いて、一緒に同じ問題を解いている。
今回は応用問題をメインで出すと言っていたし、俺自身も少しテストは心配だった。
だから、俺にとっても丁度いい勉強時間ができた。
「またケアレスミスだ……。ちゃんと計算した筈なのに、なんでこうなるかな」
「良くあるよね。まあ、数じゃないかな。あとは、1問1問丁寧に解くとか」
「うん、そうだよね」
思った通り、桜田は苦戦していた。元々、勉強はそれなりにできるのだが、理系科目が苦手で、定期テストの応用とかは大概捨てたりしている。
「ねぇ、ちょっと疲れたし、休憩しよ」
「少し早い気がするけど、まあ、いっか」
テーブルにお菓子やら飲み物やらを広げて、俺達はそれを食べた。
「じゃあ、そろそろ相談、始める?」
「ああ、そうだな」
俺が酒川との間でした約束を話した。
そして、その時一瞬だけ。ほんの一瞬だけ、桜田の瞳が揺らいだ。
水面から水中へ鯉が翻し、波紋を起こしたみたいに。
「酒川くん、面白いことを考えるんだね。でもそっか、どうやって決めるべきか……か。本当なら、告白受ける時点で決めるべきだったんだろうけど」
「ああ、まあ、そうだよな」
「でも、あえて言うんだったら、やっぱりその人が大切だって思えるか思えないかじゃないかな。一生……とかはなんか重いって思う人もいるけど、でも真面目に付き合うかそうでないかの一線はそこじゃないかな」
「確かに、そんな気もするか……」
というか、その通りだと思う。
線引きは曖昧、でも分かりやすい。
その人が、自分にとって大切なのかどうか。
「探せるのかな」
「見つかるよ。もし、どうしても見つからないなら、もっと近くを探してみるといいよ。灯台もと暗し、なんて言ったりするもんね」
「近くって?」
「近くだよ。うんと近く」
この場合、心乃葉と俺の間にある近くってどういうことなんだろう。
桜田が言ってくれることは、多分何かの核心に迫る言葉なのだと分かっている。
心の距離とか、目に見えないもの? それか、単純に家の中とか、物理的に近い場所にヒントが?
「今は、まだ分からなくてもいいよ。そのうち、絶対に分かる時が来るから」
家の中だからだろうか、外では見せないような無邪気な笑みだ。
――でも、まただ。また、あの嫌な感触が蘇ってくる。自然と、鳥肌が立ってくる。
これは、なんだろう、恐怖なのか? それともただ肌寒さに震えているだけ……?
一体、俺は何を感じているというのだろうか。
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