第12話

 いつも通りの日常は訪れなかった。

 心乃葉と昼ごはんを食べることや、一緒に図書室で漫画を読むことは無かった。

 前の、3人で楽しく話したり登下校を共にすることもなかった。

 真新しくて、それでもって真っ白で何も無い日常が始まった。


 他のクラスメイトには、俺が振られたという事実だけが知られている、なぜ振られたのかとか、そういう話は一切なかった。

 別れようとか、そういうことを話した訳ではないので、この今の関係が何なのかは分からない。でも、ほとんど振られたのと変わらないと思う。

 初めてだ。こんな、誰もいない日々を過ごすなんて。


 放課後になり、俺はさっさと荷物をまとめて帰ろうとした。

 軽いバックを背負った。そのバックには筆記用具しか入っていない。教科書やノートは、全部教室に置いてるからだ。

 机から離れようとすると、突然俺の肩を叩かれた。


「一緒に帰ろうぜ」


 酒川はいつも通りの話しかけてくれた。

 それは俺と酒川が初めてであった時を思わせた。

 入学して初めての教室で、桜田と2人でなんとなく喋っていた時に、急に混じってきた。

 俺たちはその時、上手く他の生徒と馴染むことが出来ずに2人で気まずそうに話していた。

 そんな時に、馴れ馴れしく声をかけてきたのが酒川だ。

 今日も、前も、俺の事を察して声をかけてくれたのだろう。


「ああ」


 なんか、何もかも申し訳ないな。心乃葉との関係に関して、1番考えてくれたのが酒川だった。

 クリスマスパーティーだって、もうすぐ始まる。

 順調に仲良くなれたのに、最後の最後でこけて全てを棒に振ってしまった。

 しかも、ここまで追い込まれると、自分じゃどうしようもない。


「お前、最近明日川さんと何があったんだ?」

 

 やっぱり、大概何が起きたかわかってるんだろうな。

 坂道を下る。淡く夕焼け色に染まりつつある空が、俺の口の中を乾かした。

 茶色く枯れた葉が、風に飛ばされる。

 それが、もう自分は終わったのだと現実を突きつけてきているような気がした。


「別れた」


「別れた? あんなに仲良くなって急に? 何があったんだよ。別れる時、相手は何か言ってたのか?」


「いや、そもそも一言も交わしてない。自然と会わなくなったっていうか……。なんかそんな感じ」


「はぁ? お前なんか隠してるだろ」


 まあ、今のは言い訳が雑だったよな。いや、言い訳が雑とか丁寧とか、そういうのは関係ない。どちらにしろ、こいつには気付かれる。

 でも、だからといって俺と桜田に何があったのか教えるわけにはいかない。

 幾らあんなことをされたとはいえ、桜田を悪者にはできない。


「隠し通せるとか思ってるんだろうけど、それは無理だ。どうせ、桜田がやらかしたんだろ」


「なんだよ。やっぱり分かってたのか」


「ここ最近、桜田の言動が変だった。お前が明日川さんと付き合ってから焦ってるように見えたし、桜田が何かしようとしてるんじゃないかと思って、先に釘を刺してたんだ。でも、忠告して直ぐに行動するとは思わなかった」


 酒川にバレていたのに、桜田はそれでもやったのか。相変わらず、手に入れたいものがあると周りが見えなくなるのは変わらないみたいだ。


「なあ、酒川は桜田のことどう思ってるんだ?」


 あいつはやめたほうがいいだとか、もう関わるなとか、そういうことは言って欲しくない。

 そんなことをしたら、もう俺たちの関係が崩れてしまう。

 あんなに仲が良かったのに1年も持たなくバラバラになるなんてことは絶対に嫌だ。


「うーん、言わないとダメか?」


 だが、酒川の反応は俺の思っていた反応と違ってヘラヘラと笑っていて、緊張感の欠片もなかった。


「ああ」


「俺、桜田のこと、気になってるんだよ」


 ……は?

 呆気にとられて何も言えないでいると、酒川は大きな声で笑った。


「そうか、そういえば言ってなかったな」


「言えなかったとかじゃなくて……なんか、どこがいいんだよ。なんか勘違いしてるとかないか?」


 良い奴だけどちょっと癖のあるやつだ。普段話しているだけだったら、本質が見えるはずがない。


「いやいや、あのくらいガツガツいくの、いいじゃねぇか。なんか、主人公みたいだ。真っ直ぐで、優しい心を持ってて、貪欲だ」


「……なんか、楽しそうに話すんだな」


「当たり前だろ。好きな人の話する時は誰だったそうだよ。だから……」


 ツンと、寒さが鼻を刺した。


「――もう、幼なじみって甘やかすのはやめてくれ。ちゃんと、あいつをキッパリ切ってくれ。お前はもう、明日川さんがいる」


「嫉妬かよ」


「違う。このままいるのは桜田の為にならないって言いたいんだ」


 俺も、このままではいけないのは分かってる。


「でも、俺はどうすればいいか分からない。どっちにしろ、俺が何も出来ないのは目に見えてるだろ」


「そういうのは考えても意味ないんだよ。大事なのは、お前が何をしたいかだろ。呉橋、お前はどうしたいんだ?」


「……いや、無理だよ」


「そんなこと聞いてないんだよ。お前がどうしたいのか聞いてるんだよ。どうしたいんだ?」


 俺がどうしたいか? そんなの決まってるだろ。

 俺は、心乃葉と仲直りをしたい。心乃葉と仲直りをして、また真っ暗な校門で待ち合わせをしたい。昼ごはんを一緒に食べたい。

 来年も、文化祭を2人で回りたい。

 俺は心乃葉が好きだ。振り向いた時に揺れる髪が綺麗で見とれてしまうし、家族のことをとにかく大切に思っていて、俺の事を何故か慕ってくれた。

 心乃葉が最初、俺に告白してきた。それなら今度は俺の番だ。俺が、心乃葉に好きと伝える番だ。

 あんなことがあったし、俺の事なんかもう何もかも忘れてしまったかもしれないし、嫌われているかもしれない。

 でも、この気持ちを伝えなければ、多分俺は一生後悔を背負うことになる。

 次に進めないまま、ここで立ち止まることになる。

 だから、言わなくてはならない。

 まあどうせ、俺がなんて言おうとしているのか、酒川は分かってる。それなら、色々省いて、要件を伝えてしまった方が楽だ。


「……ありがとう酒川。それで、少し頼みたいことがある」


 そう言うと、酒川はふっと笑った。


「――ああ、いいぜ。なんでも言ってみろよ」

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