第13話
「それが、何を表してるのか、お前なら分かってるんだよな」
「……なにが?」
「ああ、流石お前だな。分からないで言ったのか。桜田を謝らせる。それは確かに桜田が原因かもしれないが、女の子の頭下げさせて心乃葉がどう思うか……」
「でも、俺じゃこれぐらいしか思いつかないし、それに、ここでまた酒川に頼るわけにはいかない。この問題は俺が何とかする」
悩みをポンポン人に投げて、それで解決とか、そんな上っ面で作り上げる関係なんて、すぐに壊れてなくなるに決まってる。
それに、そんなの虫が良すぎる。
「お前が謝れば、もしかしたらまだ桜田はついてくるかもしれないのに」
「心乃葉じゃないと意味ないだろ」
もう動かなくなった遊園地で2人きりになって、ずっと一緒にいたいと思えた。
だから心乃葉じゃないとだめなんだ。
だから……もうそうするしか方法はないんだ。
「そうか。なら、頑張れよ。もしそれで桜田が落ち込んでたとしたら、その時は俺がフォローすっから」
「……マジで、酒川には申し訳ないな」
「いいんだよ。流されてばっかだったお前が、初めて動こうとしたなら、俺も全力で手伝う。それが友達だろ?」
「……ああ」
「だからいってこい」
◇ ◇ ◇
「桜田!」
「……何?」
心乃葉に俺が声をかけたところで、無視されるし、避けられてしまう。だから、心乃葉との関係を修復する為なら方法は1つしかない。
桜田に、謝ってもらうしかない。
桜田に謝ってもらって、なんとか関係修復に一役かってもらう。
残酷なことなのは分かっている。それでも、1番説得力があるのは本人しかいない。
「頼みたいことがあるんだ」
「……何?」
俺は屋上へと誘った。屋上は立ち入り禁止になってはいるが、そこまで厳密に禁止にはなっていないので、鍵はいつでも空いている。
「頼みって、何?」
不安げな瞳だ。俺は言うなれば被害者だ。そして、桜田は加害者。被害者の俺に何を言われるのかと、恐れているんだと思う。
でも、俺は別に怒ってなんかいない。
「俺はさ、心乃葉が好きなんだ。でも、ちょっと行き違いがあって、まだ上手くいってない。だから、桜田に話してもらいたい」
「私が……? それは、別にいいけど」
「うん。それで、もう幼なじみなんて関係に甘えるのはやめよう。俺と桜田は、同級生で、ただ仲のいい友達だ。それで、終わりにしよう」
俺は、本当にこんなことを言ってよかったのか? 絶対言わない方が良かった。
そんなマイナスな思考は直ぐに溢れてくる。
でも、これが俺の選んだ道で、答えだ。だから、今更迷うことは無い。
「うん。私もそう言われるのは分かってた。こんなことしちゃったし、私応援するって言ったもんね。最後まで、私が何とかするよ」
「本……当か?」
「うん。覚悟は出来てる」
……いいのだろうか。こんなあっさりと受けてもらって。
それに『 最後まで、私が何とかするよ』という言葉には、少し引っ掛かりがあった。
結局、また人を頼りにしなくてはいけない。あんなに酒川には大口を叩いたのに。
――本当に、これでいいのだろうか。
さっきまで固く決意していたはずが、あっさりと崩れた。
どうすればいいのか、今更またパニックになった。
「それじゃあ、今から行ってくるよ。部活が始まる前に、早く伝えに行かなくちゃね」
「……ああ」
ゆっくりと、背中は遠く離れていく。寂しげで、小さく弱々しい背中だった。
そして、それを見ているだけしか出来ない俺は、もっと弱い。
これで、これで良かったはずだ。俺が初めて1歩を踏み出せた。自分で決めたことだ。
だから、これで良かった。
心で何度もつぶやく言葉には、違和感しかない。
でも、もう戻ることは出来ない。進むことしか出来ないのだ。
「くそだろ」
あんな顔をさせて、俺は本当に、本当に何も出来ずここにいるしか出来ないのか?
それで、本当に上手くいくのか?
――違う。俺はまだ勘違いしている。
そもそも、もう破綻してたんだ。俺がどう足掻いたとしても、多分、もう心乃葉は俺に振り向いてはくれない。
やっぱり、誰かのせいにして、桜田を踏み台にして、それで俺がいい思いをしようなんて間違っている。
そんなやつと、心乃葉が付き合ってくれるはずがない。
それなら、今度こそやることは1つしかない。
桜田より先に、心乃葉に会いに行く。
まだ、部活が始まるまで時間がある。話しかけて、相手が応じてくれるか、くれないかは関係ない。
俺が一番最初に心乃葉に会わないと。会って応じてくれなくても、耳に少し届くだけでもいい。
俺が謝らないと。俺は一生、心乃葉を引きずって生きることになる。
息を切らしながらマネージャー室に辿り着き、呼吸を整えてからノックをした。
「あ……」
幸か不幸か、扉を開けたのは心乃葉本人だった。
「なんで来たの」
「謝らないと、いけないなと思って」
「こそこそ二股してた人が信用できると思ってる?」
「いや、そんなこと思ってないよ」
ヒソヒソと、後ろから別のマネージャーの話し声が聞こえてきた。
そして、グラウンドで準備をしているラグビー部員も興味深そうにこちらを見ていた。
「ごめん。言い訳するつもりは、何も無いよ。本当にごめん」
「ごめんだけじゃ分からないでしょ? なんで、あんなことをしたの?」
「それは……」
桜田が勝手に……? それとも、あれは不可抗力だとか?
いや、俺はそんなことを言いにここに来たわけではない。
俺が悪者になる。それで、全部終わり。晴れて最低最悪の二股野郎のレッテルを貼られることになる。
面白い。高1の終わりと同時に、高校生活も終わるわけだ。お先真っ暗。でも、なんだか小説みたいで詩的じゃないか。
こういうのも、多分俺的にはアリだ。
「それは俺が――」
「――私が全部やったの」
いつの間にか、俺の後ろに桜田が立っていた。
「……えっと、桜田さん? 何しに来たの?」
「私が、全部仕組んだことだって教えに来たの。私が、心乃葉ちゃんから全部を奪おうとした」
そんなこと、なんで言うんだよ。別に、俺の代わりに背負うことなんてないのに。
「ごめんなさい」
桜田は深く頭を下げた。桜田が下げちゃだめなのに。俺が頭を下げないといけないのに。
「お願い。呉橋くんを許してあげて。呉橋くん、心乃葉ちゃんのことが本当に好きなの。心乃葉ちゃんのことのために悩んでた――」
恥ずかしい。桜田が、俺が心乃葉にどんな気持ちを持っていたのか、包み隠さず話される。恥ずかしいことこの上ない。
なんだこれ。本当になんだこれ。
一言一言を、桜田に紡がれるにつれて、顔がみるみるうちに熱くなっていく。焦点が上手く合わない。
このままじゃ貧血でぶっ倒れ――。
「――桜田さんに聞いてもしょうがないよ。私は、将大からそれを聞きたい。ねぇ、将大は私の事どう思ってる? 好きって言ってくれる?」
「俺は――」
「おい、取り込み中悪いがもう部活だ。お前らは早く帰れ」
「え……?」
突然現れた、クマよりもデカいんじゃないかってくらいの、筋肉ダルマ。
ラグビー部の顧問の先生だった。
「あ、すみません。あと10秒だけいいですか?」
先生はポリポリと頭を掻いた。
「しょうがねぇな」
「これ。今度クリスマスパーティーのイベントあるから。俺、伝えたいことがあるから来て欲しいんだ」
俺はカバンから酒川から貰ったチラシを出して、心乃葉に渡した。
「えっと……う、うん」
もしかして、先生に全部聞かれていたのだろうか。
さっきまで冷たかった心乃葉が取り乱し、顔を真っ赤にして俯いた。
「ありがとうございました」
俺も、顔には出ていないが、動揺してないといえば嘘になる。
マジでびっくりした。本当に。泣きそうになった。
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