第11話
「お昼ご飯持ってきたよ」
「……ああ、ありがとう」
今日は、心乃葉がまた弁当を作ってきてくれた。
以前、俺が肉じゃがを偉く気に入ったこともあり、今日も肉じゃがが入っていた。
でも、今日は何故か楽しめない。こうやって心を込めて作ってくれても、美味しいおかずが並んでいても、俺の食欲をそそることは無かった。
「元気ないね。体調悪い?」
「いや、そういうわけじゃない……けど」
思い出すのは昨日の帰り道だ。
あんなに近くで桜田のことを見たことがなかった。
肌が綺麗で、眉毛も整っていて、髪はきめ細かで――。
こんなこと、考えてはいけないとわかっているが、あそこまでされれば意識せざるおえない。
桜田は可愛い。それに綺麗だ。
でも桜田は違う。それは、俺の心でちゃんと決めている。
時間を1度でいいから戻したい。
日曜日の学校で、俺が心乃葉を家に誘っていたら変わっただろうか。
「――あーん」
気付けば心乃葉が卵焼きを差し出していた。
遊園地でも、こうして卵焼きを貰った。
それはとても甘くて、とろけるようだった。
卵焼きを頬張った。前よりも、味をしっかりと感じた。
卵のふわふわとした食感と、中に入っているチーズのクリーミーな香り。
そして、優しい甘み。
以前は兎に角甘みしか感じなかったが、今は様々な要素を感じることが出来た。
「美味しい?」
「ああ。美味しい」
「まあ、なんて言ったって私の自慢の卵焼きだからね! 今日なんて火加減とか、焼き時間とか、かなり本気を出して作ったよ。そのせいで、1時間目から寝ちゃった」
なるほど、だから爆睡してたのか。いつも一言一句逃さないくらいの勢いで授業を聞いてきたのに、今日はあっさりと机に突っ伏していた。
「もう一個だよ。今日は若干多めに作ったから、もう一個食べていいよ」
「ありがとう」
「はい、あーん」
学校の教室で、人目もはばからずそんなことをしてくる。
だから、他の人も俺達のことを話してくる。
このリア充が……。みたいな、恨み妬みが突き刺さってきた。
ニヤニヤと面白いものを見ているような、酒川の視線を感じた。
桜田の、無表情ながら何か気持ちが浮かんでくる瞳を感じた。
俺は、そんな様々な視線を感じながら、卵焼きを頬張って、罪悪感とともに飲み込んだ。
◇ ◇ ◇
俺は一体、どうしてしまったのだろう。
昨日は一日中気が抜けていたし、まともに誰かと話すことも出来なかった。
そのせいで、昼ごはん中に心乃葉に心配をかけてしまった。
全部、桜田のせいだ。
あいつがあんなことをしなければ、夕日の射す公園で、俺にキスなんかしなければ、こんなことにはならなかったんだ。
でも、そんな言葉を並べてみても、何故か桜田のことは嫌いに離れなかった。
それは、俺が桜田がどんな人なのか分かっているからだ。
桜田は優しさに溢れていて純粋で、それでいて欲張りで貪欲だ。
小学生の時、給食の余りをジャンケンをしようとしたら、いつの間にか無くなっていて。
あとから聞けば、それは桜田が食べていたのだという。
中学の時もそうだ。遠足や、修学旅行の班を作る時に、仲のいい友達を連れてく為に根回しをしていたのも見ている。
その結果、その人は学校に来なくなった。
優しいから好かれるし、純粋な気持ちだからこそ断れない。
そんな桜田に好き放題させてお前は良いのかといえばそうせざるを得ないと言う方が正しい。
桜田は、無意識でなんとなくそれをやろうとしている。だからこそ、欲しいものを見つけた時に歯止めが効かない。何としてでも手に入れようとする。
でも、たったそれだけなんだ。ただ、諦めが悪いだけ。あいつは良いやつだ。だから、嫌いに離れない。
体育倉庫へサッカーボールの入ったカゴを運んで、仕舞った。
そして、俺はボールの数を数える。ボールが足りなければ、探さないといけない。
……1個足りない。
これは、休み時間返上だな。
俺はため息を吐いた。
――そして、重い扉が閉じた。
「サッカーボール、あったよ」
「おう。サンキュー桜田。それで、扉開けてくれよ」
「……駄目。私のこと好きになってくれるまで、開けたくない」
「おい、お前そんなこと言ったって」
「――開けたくないもん!!」
桜田の声がビリビリと倉庫に響いた。
暗くて、桜田の顔は見れない。今、どんな顔をしているのだろう。
「なんで、私より心乃葉ちゃんなの? 私、ずっと一緒にいたのに。ずっと好きだったのに」
悲痛な叫びと共に、足音が近付いてきた。やばいと思って、俺は後ろに下がった。でも、すぐに壁に当たる。
そして、心乃葉は俺の胸にそっと手を当てて、顔を間近まで近付けてきた。
ぽたぽたと、何かが零れ落ちる音が聞こえた。
目が慣れてきて、やっと見れるようになってきた。そこには、顔をぐちゃぐちゃに歪ませて泣いている桜田の姿があった。
「嫌だ。嫌だよ。いなくなっちゃうのは嫌。やめてよ。あのこと付き合わないでよ」
俺は腰が抜けてしまい、ヘナヘナと崩れ落ちた。
そして、人形になった俺の固まった唇に桜田は雑にキスをした。
そして、口の中に何かぬめりとした感触が入ってきて、俺の舌を絡め取ろうとしている。でも、頭が真っ白になって、抜け殻みたいになっていて、桜田が今何をしているのかなんて考える暇がなかった。
恐怖とか、そういうものは一切ない。ただ桜田のしたいがままにされるだけだ。
俺と、桜田の間に生まれているものはただ一方的な欲求。桜田の自分の欲求を満たしたいという、強欲な感情だけがこの部屋を取り巻いている。
「――私の事、愛してよ」
桜田が息を荒くしながら、俺の体操服にゆっくりと手を伸ばした。
――これ、誰かに見られたら、どうなるんだろうな。
なんて、そんなことを考えた俺がいけなかったのだろうか。
それは、思いもよらない形で実現してしまった。
「――あ」
光が部屋を照らしたと共に、俺のでも桜田のものでもない声がポツリと聞こえた。
「あ、あら。お熱いねーなんて。あはは……」
扉の前には心乃葉がいた。心乃葉は、いけないものを見てしまったと何とか誤魔化そうとしているようだった。
その時はまだ、俺の存在には気づいていなかったみたいだ。
「……心乃葉」
俺は自然と呟いてしまい。その声で、心乃葉はここにいる片方が誰か、分かってしまった。
心乃葉がビクッと肩を震わせて。まるで殺人鬼でも見たかのような恐怖を目を見開いて浮かべた。
「ま、待ってよ。これ、ってどういうこと?」
「どういうことって……呉橋くんは私のものなんだけど」
桜田が狩りをする鷹のように心乃葉を睨み、心乃葉はわけがわからないと未だ動揺を隠せていない。
「え? う、嘘だよね。何、してるの? 将大……は」
「……ごめん」
「ごめんじゃないよ。ごめんじゃ……ないよ」
「心乃葉!!」
心乃葉は物凄い勢いで走っていった。
俺は呆然と、扉の外を見ていることしか出来なかった。
何とか我に返り、俺は体操服の裾で口を拭ってフラフラと立ち上がる。
そして、追いかけようとしたら、桜田に服をちょんと引っ張られた。
「なんだよ」
「待って」
「待ってじゃないだろ。これ、つい勢いでとか、そういうので許されるもんじゃないからな。それに――」
「ごめんなさい」
「は?」
「ごめんなさい。本当にごめんなさい。ごめんなさい」
何度も何度も、泣きながら謝ってきた。
いつの間にか、さっきの我を無くした桜田ではなく、元の桜田に戻っていた。
今すぐでも、追いかけなければいけないのは分かっている。でも、桜田を1人にはできない。
「桜田、立てるか?」
涙を流しながら、桜田はゆっくりと立ち上がった。そして、顔をずっと隠しながら、俺達は教室に戻った。
教室は何ら変わりがない。いつも通りの喧騒が響いていた。
――だが、そこには心乃葉の姿はなかった。
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