第10話

「将大、球技選択何にする?」


 教室で、心乃葉と話していた。

 今日は体育の球技選択の初日で、心乃葉が同じ球技にしたいと言っていたので、2人で球技を考えることになった。

 とはいえ、女子と男子は同じチームでやらないし、試合も別々。そもそも、そんな話してたら怒られるし、一緒に選んだところで意味自体はそんなにない。


「何があるんだっけ」


「サッカーとソフトボールとテニスだよ」


「じゃあ俺はサッカーにしようかな」


「分かった。それじゃあ、グラウンドでね」


 心乃葉の笑顔は綺麗だ。最近は、少し大人っぽいような雰囲気も感じるし、特に綺麗に感じる。

 グラウンドで会おう。みたいな言葉聞くと、最後の大会でも始まりそうだ。今は冬だけど。

 最近は、暖房が使えるようになって、教室はいつも暖かい。暖かいけど、授業になると心地よすぎていつも以上に眠気に襲われる。

 特に体育があると、運動後の疲れも相まって眠気は更に強くなる。多分、次の時間は確実に寝る。


「呉橋、明日川さんと何かあったか?」


 隣で俺たちの様子を見ていた酒川が、ニヤニヤとしながら話しかけてきた。


「いや、何も無いけど」


「そうかぁ? 絶対あっただろ。だって、明らかに前より仲良くなってる。自覚ないのか?」


「いや……」


 そう言われたら、前より自然に会話している気がしなくもない。

 前なんて、言葉を選んだり、表情を気にしたり、相手を傷つけないようにと心乃葉のことを過剰に気にしていた。

 でも、今はただ自分のままに話せている。それは、普段酒川や桜田と話すのと何ら変わりはない。

 

「もしかしてさ。お前もう伝えたのか?」


「何を?」


「なんだ、じゃあまだなのか。もう答えが出たのなら、早めに動けよ。釣れた魚をいつまでも待ってるんじゃ、逃げられるのがオチだ」


「人のカノジョを魚扱いするなよ」


 酒川の言う通りだ。でも、決めあぐねている。

 そもそも、元々期限を決めてそこで気持ちを伝えろっていう話だった。折角場所を作ってくれて、しかも気持ちを伝えるには絶好のクリスマスだ。

 折角だし、それまで待ちたい。

 そもそも、待つことは悪くは無い。歴史の偉人だって、耐えて耐えて耐え抜いたからこそあれだけの地位と名誉を築けた。

 それならば、明確な期限があるなら、それまでギリギリまで待つんだ。

 

 ……なんて、それは多分逃げだ。

 まだ、俺は答えに迷っている。


◇ ◇ ◇ 


「桜田。ちょっとこれを職員室まで持って行ってくれないか?」


「あ、はい。分かりました」


 桜田が、重そうなノートを抱えていた。先生も、そういうのは男に任せればいいのに、なぜ女子にやらせるのか。

 

「桜田、手伝うよ」


「あ、ありがとう。助かる」


 俺は、ノートを半分持って、職員室へ向かった。

 こころなしか、最近桜田が冷たいような気がする。前までは登下校でよく話していて、教室でも酒川と盛り上がりながら話していたのだが、今はめっきり機会が減った。

 まあ、桜田なりに気を使ってくれているのだろう。


「ねぇ、今日も心乃葉ちゃんを待つの?」


「いや、今日は友達とご飯食べるって言ってたから」


「じゃあ、一緒に帰ろうよ」


「ああ」


 職員室にノートを置いて、校舎を出た。

最近は図書室で本を読んだりグラウンドでラグビー部の様子を見たりして、心乃葉のことを待っていた。

 この時間に帰るのは久しぶりだ。

 日は相変わらず短い。ぼーっとしたら直ぐに空は夕焼けに染まり夜が訪れる。

 でも今の時間はまだ明るかった。


「酒川くんから聞いたけど、心乃葉ちゃんと仲良くなれたんだね」


「ああ」


「……」


 やっぱり、会話が続かない。

 いつも桜田は会話を振る側で、俺は受け取る側だから、桜田が話さないと何も話題が生まれない。

 機嫌が悪いのかと思ったが、怒っているようには見えない。逆に、落ち込んでいるようにも見えなかった。

 公園に差し掛かった。この時間にしては珍しく誰もいない。

 辺りも人間が一気に消滅したのではと思うくらい人気がない。

 なんとなく、寒気を感じた。


「呉橋くん」


「なに?」


 突然、名前で呼ばれた。


「私、伝えたいことがあるの」


「え……」


 真剣な眼差しで、俺の目を射抜いた。

 それは、いつもの桜田じゃない。

 嫌な予感が頭を過ぎった。

 まさか、いや、そんなはずは無い。

 だって、桜田は俺の事を応援してくれていた。心乃葉と上手くいくように、相談にも乗ってくれた。

 俺にたくさんアドバイスをくれた。例えば……。

 

『――近くを探してみるといいよ、灯台もと暗しって言ったりするもんね』


「私、呉橋くんのことが好き」


 覚悟を決めた強い表情と、不安な表情が入り交じっている。

 多分、今この状況でなければ、俺の目に映る桜田は何よりも綺麗だったに違いない。

 でも、俺はその気持ちを素直に受け取ることは出来ない。

 もっと早く言ってくれたなら、心乃葉を好きになる前に言ってくれたなら、どれだけ良かったことか。

 今の桜田は、俺には不気味にしか映らなかった。


「でも、今俺にカノジョがいるのは分かってるんだろ?」


「分かってるよ。それでも言う。だって、このまま心乃葉ちゃんなんかに取られたくない」


「そういうの、やめろよ。もう、遅いだろ、もう何もかも――っ!?」


 口を柔らかいもので塞がれた。

 それは、紛れもなく桜田で、今の桜田の気持ちは純粋で真っ直ぐで、恋そのものなんだと、俺にそう思わせた。

 桜田の顔が目の前にある。目尻に涙が浮かんでいるのに、今気付いた。こんなことを言うのに、怖くないわけが無い。

 目の前にいるのは、鬼でも悪魔でもないんだ。

 恋焦がれる女の子が目の前にいるだけ。

 

「――遅いなんて言わせないよ。私は今しか無かったと思った。呉橋くんを奪うのは今しかないと思った」


 耳が冷たい。でも、顔に当たる吐息は暖かかった。

 暖かくて、俺は悲しかった。


「もう1回」


 その言葉で俺はハッとなって、桜田を突き飛ばした。


「痛……」


「ご、ごめん。桜田……」


「いいよ。そんな簡単に受け入れてくれないって分かってるから」


「そういう問題じゃない。俺は」


「心乃葉が好き。でしょ? そんなのは分かってる。でも、分かってる上で私は呉橋くんを奪うの。呉橋くんのことを1番知ってるのは私。呉橋くんが1番知ってる女の子も、私でしょ? ねぇ、お願い。私を選らんでよ」


「そんなこと、出来るわけないだろ」


 気付けば俺は走っていた。桜田から逃げるようにして、走っていた。

 どんな走り方で走っているのか分からない。だけど、相当情けない走り方をしているのは確かだ。

 手に力が入らないし、膝もガクガクと震えている。

 不安と、恐怖で押しつぶされそうだった。

 なんでそんなことしてくるんだよ。可笑しいだろ。空気読めよ。そんな思考が次々と生まれてくるが、潤んだ瞳と柔らかい唇の感触に全て打ち消された。


 俺の本当の気持ちは、どこにあるんだ?

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