第9話
「じゃーん。どう? 美味しそうでしょ」
「凄い、よく作れるね」
昼ごはんは心乃葉が作った弁当。おにぎりと、肉じゃが、タコウィンナーに卵焼き、チンジャオロースに海藻サラダ。
「時間掛かったんじゃないの?」
「当たり前でしょ? せっかくお弁当食べてもらえるんだし、手間くらいかけるよ。ほら、食べて食べて」
おにぎりを一齧り。中身はおかかだ。
そして、割り箸を貰っておかずも食べた。肉じゃがは出汁が聞いていて美味しい。チンジャオロースも塩加減が抜群だ。
「美味しい?」
「うん、めっちゃ美味い」
「良かったー。頑張ったかいがあったよ。この為に何度も練習して、お姉ちゃんとずっと肉じゃがとチンジャオロース食べてたから」
そうなんだ。そのお姉ちゃんとやらに今すぐ謝りに行きたいんだけど。
「将大は、どこにしたの?」
「いや、今言ったら意味ないだろ」
「ヒントとか」
「そんなん言ったら1発で分かる。まあ、結構俺たちに馴染み深い場所とだけ行っておくよ」
「馴染み深い場所か……そんなところあったかな」
これで、ほぼ答えを言っているようなものだが、運良く場所はバレなかったみたいだ。
「まあ、答えがわかっちゃったら面白くないかぁ。じゃあ、はい、あーん」
突然、卵焼きを俺に向けてきた。
「いや、じゃあってなんだよ」
「そこは何も言わずパクッと食べてよ。ほら、あーん」
そんな……まあ、しょうがないか。俺と心乃葉は付き合ってるんわけだし、これくらいはするよな。
もっと言えばこれ以上のことだってこの先あるかもしれないし、このくらいで動揺するわけにはいかない。
俺は卵を頬張った。
「どう? 美味しい?」
「甘いな」
うん、めっちゃくちゃ甘いな。色々と。
◇ ◇ ◇
――案外気に入ってるんじゃないのか? 明日川さんのことが。
酒川の言葉が、ふと浮かび上がってきた。
これが好きとかそういう感情なのか分からない。でも、分かったことはあった。
だから、後は伝えるだけだ。
見慣れた道を歩く。俺が行こうとしている場所には、目新しいものは何も無い。
だから、心配だった。
手抜きって言われないだろうか。呆れられないだろうか。
そういう行き違いで嫌われたくなかった。
「楽しみだなぁ。どこなんだろう」
「すぐ分かると思うよ」
俺は、特にヒントも言わずに心乃葉の先を歩いた。
そりゃそうだ。ヒントなんて言ったらすぐバレる。だって、知らないはずがない。ほぼ毎日通う場所だから。
「あれ? ここって……」
心乃葉もようやく気づいたようだ。
そう、ここは俺たちの通う学校だ。
「うん。学校」
大岡山高校。俺たちがいつも通う学校。
心乃葉に見てもらいたい思い出の場所は、ここに決めた。
「どうして?」
「やっぱり、まあ、つまらないよね」
「そんなことないよ! でも、どうしてここを選んだのか気になって」
「いや、多分今俺が特別な思い出とするんだったら。心乃葉に告白された学校がいいかなって思って」
やっぱりダメか。そう思って、俺はため息混じりで心乃葉の表情を見た。
「ぷっ」
突然、心乃葉は吹いた。
「あはははは。何それ。将大って思ったよりロマンチストだね」
お前にだけは言われたくない。
それにしてもこんなに笑っている心乃葉を初めて見た気がする。
一瞬めちゃくちゃ馬鹿にされたのかと思ったが、そうでは無いみたいだ。心乃葉は嬉しそうだった。
「お前よりかマシだよ。まず、近所に思い出の場所を求められても困る」
「あ、お前って言わないの。でも、そっか。そうやって言ってくれるってことは真剣に考えてたってことだね」
なんか恥ずかしかったので、俺はそっぽを向いた。
「別に照れることはないのに。このこの」
ニヤニヤしながらつんつんと、脇腹をつついてきて、少しウザかった。
「もう俺は怒った。今から図書室な。勉強」
「ええ!? デートなのに? そんなぁ……」
俺のせめてもの反抗だ。このままいじられっぱなしはどうも癪だからな。
でも、心乃葉はすっかりいじけてしまった。先に手を出したのはそっちのはずなのに。
俺がずんずんと図書室へ進むと、心乃葉は俯いて口を尖らせてぶつぶつと言いながらついてきた。
◇ ◇ ◇
図書室は、丁度教室2つ分くらいの大きさで、様々なジャンルの本が置いてある。
世界史や日本史などの本な、英語の本も勿論あるが、漫画や小説も沢山置いてある。
昔は隣の教室も図書室だったらしいが、利用者が減ったことにより規模を縮小している。
隣の教室は改装中で、将来はパソコン室になる。近々プログラミングの授業も増えるし、それによる対応だろう。
「へぇ〜漫画いっぱい置いてあるね。今度ちょっと来てみようかな」
「心乃葉、漫画読むんだ」
「うん。例えばこの本とか、最近マネージャー友達でよく読んでるよ。あとほら、この本なんかもみんな好きだし」
そうやって探すのは少年漫画や、最近SNSで大ヒットしていた漫画だ。
俺も一時期ハマって、アニメ化した時はネットの配信でよく見ていた。
「将大は、本読んだりするの? なんか、雰囲気的に読書家って感じするけど」
「小説は……読む時は読むけど、でもそんなに読まないよ。話題になった小説とか暇つぶしに読むだけ」
「どんなの読んだりするの?」
「そうだな……これとか」
分厚い書籍。この作者は結構ノーベル賞だとかで話題に上がる人だ。何度も何度も話題に上がってくるし、1度は読んでみようと思って手に取った。
ページ数も文字数も多いし、普段漫画しか読まない人には読むのは大変かもしれない。現に、俺も1度読むのを諦めてもう一度読んで面白さに気づいて読み切ることが出来た。
知的な雰囲気と、緻密な世界観、そして独特な比喩表現が特徴らしい。
「なんか、難しそうな本だね」
「そうだね。結構難しい本だよ」
「面白い?」
「ちゃんと最後まで読めれば面白いと思うよ」
やたら性描写が多かったから、それを果たしてどう思うのか微妙なところだけど。
「じゃあ、借りてみようかな」
「これを?」
「うん。やっぱり、趣味とかも共有したいでしょ?」
「そう? 小説なんて好み別れると思うけど」
「いいの。借りるって決めたらもう借りるから」
跳ねるように受付に向かって、その分厚い書籍を借りた。
受付には図書委員が暇そうに本を読んでいた。そして、つまらないルーティンワークをこなすかのように手続きを終わらせて、直ぐに本に視線を戻した。
「……なんか無愛想」
「小説、いい所で邪魔が入ったって思ってるんじゃない?」
「うーん……。何もしてないだけどな。まあ、いっか。あ、そうだ。将大も借りてみてよ。私の読んでる漫画」
「さっきの漫画全部アニメで見ちゃったよ。あ、でもDVD残ってたかな。今度家に見に来る?」
「い、家?」
突然心乃葉が狼狽えて、苦笑いをした。
いや、でもおかしいこと別に……。
「あ! ご、ごめん。いや、よく幼なじみ家に上げてたから、ちょっと勢いで言っちゃって」
「家に上げてた?」
また怪しい反応。
これもダメなのかよ。
「む……。なら私が家に上がらない訳にはいかないでしょ。付き合ってもない人が家に上がれるんだもん。そうだよね」
ぐっと拳を握って、気合が入っている。
何をそんな気合を入れているのだろうか。
だが、その気合いは長く続くわけでもなく、段々と顔を赤くさせて、へなへなと崩れた。
「駄目だぁ……。まだ早いよ。まだ早いんだよそれは」
飛んだ失言をしてしまったなぁ。
ふと、咳払いが聞こえて、振り向くと、こちらを睨む図書委員の生徒の姿。
なんだろう、人を叱るというよりかは、血涙を流して恨めしそうにしてるみたいな感じ。
「心乃葉。そろそろ帰ろう。もう、用もほとんど終わったし」
「勉強はしないの?」
「そんな雰囲気でもないし」
「うん。じゃあ帰ろっか」
図書室を出る前に、窓を見た。夕日がカーテンのように降りてきている。
それは透明な花瓶に反射して、バラバラと光が散らばっていた。
――勉強はしないの?
その言葉には不自然な間があった。目線も、口振りも、俺に何かを求めているような気がした。
もちろん、それは勉強なんかでは無い。その紡いだ言葉とは全く別のことを、心乃葉は求めている。
俺がその時なんて言えばいいのか、それは1つしか無かった。
帰り道、俺と心乃葉は一言も話すことは無かった。
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