第4話

 俺は、相談事といえば、大概酒川にすることが多い。

 あいつはいつも、俺が思いつかないようなアイデアを教えてくれる。

 そして、真っ直ぐな願いほど、真剣に考えてくれる。なんというか、俺とは真逆な人だ。


『もしもし? どうした?』


 スマホ越しに聞こえる酒川の声。何やら周囲がざわついているようで、雑音が多く聞き取りにくい。

 相変わらず打たねーなーとか、ピッチャー助けてやれーとか、そんな野次がスマホのスピーカー越しに飛びかっていた。


「……お前、野球かよ」


「当たり前だろ。オーロックスファイターズご珍しくAクラス入りするんだ。見なくてどうするんだよ」


 相変わらず、野球好きなやつだ。確か、とにかく打てない投手泣かせの球団……とか言ってただろうか、よくそんなチームを応援できるな。


「それで、呉橋はこんな時間にどうしたんだ?」


 そう言われて、俺は今、心乃葉との間で生まれた悩みについて説明した。少し話が長くなっても、野球に目を奪われずにちゃんと相談に乗ってくれる。本当に良いやつだ。

 そして、相談事を話終えると必ずこうやって聞いてくれる。


「なるほど……。つまりお前はどうしたいんだ?」


「俺は、別れないとかそういうのじゃないんだ。関係をはっきりさせたい。俺が、心乃葉とどういう関係であるべきなのか、俺なりに答えを出したいんだ」


「なるほど……な」


 受話器からは、とめどない歓声。決めろ、決めろと叫んでいる、なんだか分からないが、応援歌の割には妙に難しい言葉を使う歌が、はっきりと聞こえてきた。


「まあ、事情は何となく掴めたけど……ちょっと難しいな。て言うかさ、お前、そんなに人のことで悩むやつだったか……?」


「失礼だな。流石に、少しくらい他人の配慮はしてるだろ」


「いや、でもここまで他人のこと思い悩むなんて、初めてじゃないか?」


 確かに。そう言われてみれば、俺がこんなことで悩むのは珍しい。

 いつもだったら多分、何でもかんでも他人事で終わらして、バサッと切り捨てて考えてたのに、なんでこんなに考えているのだろうか。


「実はさ、案外気に入ってるんじゃないのか? 明日川さんのことが」


「そんなまさか」


「でも、そうとしか見えないけどな。ああ、勿論多分納得いかないこともあるだろうし、期間を儲けよう」


 そう言うと突然バイブが鳴った。

 通知を開くと、酒川から送られてきたのは何かのリンクだった。


「俺らのサークルが主催するクリスマスパーティーだ。参加費は2000円で、最後にはプレゼント交換なんてのもやる。食べ物とかはピザとか結構豪華なの用意するから、楽しいと思う。そして、これを期日にしよう」


「期日?」


「俺はめっちゃ楽しませてやる自信があるからさ、お前が明日川さんのことが好きなんだったら、これに呼んで存分に楽しんでってくれよ。そんでもって大好きだって伝えろ。それで、もしそうでないって決めたなら、その時もちゃんと、お前の気持ちを伝えてやれ。曖昧なままが、1番双方損をするからな」


「それ、宣伝何割?」


「何割もないぜ、心からの提案だ。多分、公に期日を決めないと絶対にお前は決め兼ねる」


 それは確かに、俺自身もその気がする。


「まあでも、俺は――」


 突然の大歓声で、酒川の声が一気にかき消された。

 魂が震えるような、そんな声だった。一体、そのチームを応援する為だけに、どれだけ情熱を注いだのだろうか。

 ……って話逸れるなよ。


「ごめん、雑音すごくて聞こえなかった」


「ああ!? 雑音って言うなよ! これは俺たちの魂の叫びだ! いや、魂そのものだ! 頑張れオーロックス!! 日本一ィ!!」


 あ、もう訳わかんないや。

 俺はブチッと通話を切った。そして、個人トークでオーロックスのスタンプをめちゃくちゃ押された。

 良いやつ……なんだけど、野球チームの話になると途端に熱が入る。あいつの悪い所だな。

 兎に角、方針は決まった。

 ちゃんと、自分の気持ちをはっきりさせる。そして、その答えをちゃんと心乃葉に聞かせよう。

 大好きだよってトークで送ってくるスタンプ、それに当たり障りのない事しか言えないなんて、ダメだ。


◇ ◇ ◇

 

「……なんか、力が出ないな」


「呉橋くん。もしかして五月病?」


「いや、もうすぐ11月だぞ。それは無いって」


 文化祭が終わって、日常が戻ってきた。

 あんなに楽しみだった文化祭も、終わってみるとあっさりしていた。

 文化祭の出し物の慣れない仕事で疲労が溜まっているだけだ。

 代休1日貰ったくらいじゃ、この疲れは取れない。

 軽い二日酔いとか、多分こんな感覚なんだろうなって思う。


「あー……なんか、あいつ居ないと締まらないな」


「しょうがないよ。酒川くん、絶対にイベント成功させてやるって張り切ってたもん。凄いよね、ああやって人を集められるのって」


 確かに。俺なんかじゃ出来ないことだ。多分、俺が思っているよりも何倍も仕事があるはずだ。イベント何するか話し合って、予算決めて、会場を探して、チラシ作って、人を集めて……。

 仲間と仕事を分担するとはいえ、こんな仕事、到底俺には出来そうにない。多分、リーダーシップっていうのは、ああいうことを言うんだろうな。


 後は、酒川が居ないのもそうだが、心乃葉と余り接点がないのも考えものだ。

 もっと心乃葉のことを知らないといけないのに、このまま何も話さずにいたら1歩も進めるわけが無い。


「呉橋くん、ちょっと焦ってる?」

 

「まあ。心乃葉のことでちょっと」


「そっか。確かに、部活のマネージャーで登下校一緒じゃなくて、土日も殆ど練習となれば、心配にもなるよね」


 多分、俺の思っていることとは少し違うのだろうが、心配には確かになっている。


「でも、そこは耐えるしかないと思う。やっぱりね、心乃葉ちゃんもそう思ってると思うし」


「……だな」


 俺みたいな思いをしているのは、俺だけじゃない。

 だから、そういう気持ちは1度胸にしまって、それでまた明日、教室で笑顔でおはようと言えばいい。

 そう、なんだろうけど。


 ……でも、やっぱりプライベートで、2人でちゃんと話したい。そんな機会が訪れるかは分からないけど、でも今の俺達には必要な事だ。


「ねぇ、そんなにモヤモヤするなら、いっその事――や、やっぱりなんでもない」


「どうかしたのか?」


「ちょっと、いいこと思いついたと思ったけど、ちょっと違うなぁ……と思って」


 俺と桜田の仲だし、そんなに焦らなくてもいいのだが、何故か桜田は苦笑いで何かを誤魔化そうとしていた。

 気になるが、聞くのは野暮ってもんだろう。


「そっか」


「うん。それで、それを言わない代わりに一つだけ忠告。チャンスは逃さずだよ」


「んな事分かってるよ」


「うん。それならよし。……心乃葉ちゃんと上手くいくといいね」


「そうだな」


 上手く……そうだな、上手くいったら良い。

 どっちに転ぶかは分からない。でも、どっちに転んだとしても、それが双方にとって幸せであると良い。

 当たり前のことだろうけど、俺はそう願っている。

 



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