ラグビー部のマネージャーに恋されました
いちぞう
第1話
「
文化祭の準備中、電話で呼び出されたと思ったら突然告白された。
人気のない屋上前の階段で、彼女は緊張しているのか、荒い息が隠しきれていない。
「えっと……なんで俺を?」
「私、あまり人間関係とか上手くいかなくて……。でも、呉橋くんは私と違って誰とでも仲良く話せて凄いと思ってて……。なんか、こういうの話すの初めてて恥ずかしいから上手く言えないけど、そこから気になりだしたら止まらなくなって……」
最初こそ、真っ直ぐ俺の事を見つめていたのだが、話が続くにつれて勢いはしぼんでいき、顔を赤くしてゆっくりと視線を逸らしてしまった。
俺はその答えに判断しかねていた。
彼女、
でも明日川さんはどうだろう。
俺は確かに人間関係はそつなくこなしてるとは思うけど、別に仲良く話している訳では無い。ただ、最低限相手に悪い印象を与えないようにあれこれ思考を凝らしていただけだ。
あれこれとは言っても、取り敢えずYESとYESBUTを言うだけなのだが。
だから正直、俺と付き合うのは時間を無駄にするだけじゃないか? なんて思ったりする。
「だめ……かな?」
明日川さんはこちらをじっと見つめていた。目は潤んでいて、綺麗で、俺に伝えた気持ちがどれだけのものなのかダイレクトに伝わってきた。
そこまでされてしまうと、俺は断ることが出来ない。
「ううん。嬉しいよ。付き合おう。俺も明日川さんと一緒にいたい」
人が喜びそうな言葉を並べて、俺は笑顔を取り繕った。
そして明日川さんは、俺の言葉を待っていたかのように、涙を零し始めた。
今まで人にYESと言う時、今こうして告白に答えた時。
この2つはとてもよく似ている。
――自分の意思がその場に存在しないところなんて、特にそっくりだ。
「呉橋くん。大好き」
「うん。ありがとう」
ここは、俺も好きだよって言うべきなんだろう。
でも好きという言葉、それは流石に使っては行けないような気がして、俺は口には出せなかった。
人間の間違いには、踏み出しては行けない一線というものがある。例えば、法律があるみたいに。
これは、俺にとって踏み出してはいけない一線だったんだ。
◇ ◇ ◇
県立大岡山高校。その名前の通り、山の上にある高校だ。
生徒数は、それなりに多い方だと思う。でも、頭がいいかと言われれば、偏差値的に真ん中あたりとしか言えない。
俺はそんな特色のないごく普通の学校に通っている。
「甘ーいぃぃぃ……」
幼なじみの
市販のミルクティーに安いタピオカを入れただけだし、俺はそんなオーバーリアクションは出来ない。
「うん。まさか文化祭でタピオカが飲めるなんて思えなかったよ」
「だよね。 あそこのチーズバーガーも食べてみたいなー。えーっと金券はあと1、2……」
「数えなくてもそれだけありゃ買えるよ」
「あ、それもそうだね」
「……お前らは相変わらず仲が良いなぁ」
今のは酒川廣太。高校で最初の席はこいつの隣で、それからあっという間に仲良くなった。
俺達はこの3人で登下校を共にしたり、昼ごはんを一緒に食べたりしている。教室でも1番中がいい3人組なんて言われて、俺はその少しくすぐったい気持ちになりながら、学校生活を送っていた。
「あ、そうだ。呉橋さ、お前俺達はと一緒にいていいのかよ」
「? いや……構わないと思うけど。寧ろダメな理由とかある?」
元々、初めて経験する文化祭だから、3人で楽しもうって決めていたんだ。突然そう言われても、なんて答えればいいかなんか分からない。
「だって、お前カノジョ出来たんだろ? しかも明日川さん。それを差し置いて俺らといるのって大丈夫なのかと思ってな」
ああ、そういう事か。
「それは話してあるよ。大丈夫。明日は2人で回ろうって約束して、それで納得してもらったから」
「まあ、なら問題は無い、か」
「カノジョ、出来たの?」
「ああ。なんか昨日、明日川さんに告られた」
最近、毎回この調子だ。ことある事に誰かに明日川さんとの関係を聞かれて、一人一人機械のように同じことを説明してる。
確かに、明日川さんと俺っていう組み合わせは両極な感じで珍しいんだろうけど、それでもそんなに聞くかな、普通。
「それで、OKしたんだ」
「ああ。そりゃあ、付き合ってるんだからOKくらいしてるだろ」
「あ、そうだよね。なんて言ったの?」
「俺も……明日川さんと一緒にいたいって」
恥ずかしい。なんか耳が熱い。
そして、それと同時にチクリと胸が痛んだ。
本心でないことをこうやってバラバラと蒔いていくのは、あまりいい気持ちがしない。
俺は、相手の空気に自分の空気を合わせていくコミュニケーションの仕方なのだ。
嘘ばかり吐いてると、相手との空気のズレが大きくなって、どんどん話しにくくなる。
だから、こういうことは出来るならしたくなかった。
「それは……本心なの?」
俺の気持ちを読んでいるような気がするくらい的確に突いてきた。
今日の桜田は、執拗い。まるで、ねちっこくスキャンダルの真相に迫るマスコミのようだった。
「それは……」
「――ま、それ以上踏み込むのは野暮だろ。呉橋も、どう思ってるのかは別に聞かないけど、ちゃんと自分の気持ちを伝えておけよ」
「ああ」
酒川は、俺がどんなやつなのか、的確に把握してる。
行動家で、様々な人と出会ってきた彼の目はそう簡単に誤魔化せない。
俺が本心を隠して付き合っているということは読まれている。だからこそ、言った言葉だったのだろう。
「あ、あそこのケバブ美味しそうだなー……ねぇ、2人はどっちにする?」
「好きな方並べば良いんじゃないか?」
「ええ〜3人で並ぼうよ」
全く、寂しがり屋というかなんというか……。
どっちだろう。どっちもすごい並んでるし、片方並べばもう片方は確実に売り切れてしまうだろう。
「俺はケバブだな。呉橋は?」
「そうだな……」
俺も、ケバブが食べたい。ボリュームがケバブの方があって、チーズバーガーより満たされそうだったからだ。それに、チリソースのスパイシーな香りも好きだ。
でも、桜田はさっきからチーズバーガー屋をチラチラと見ている。その反応はあからさまだ。
しょうがない。幼馴染のよしみで、ここはひと肌脱ごう。
「チーズバーガーにしよう」
「やった。ありがとね」
どっちも食べたそうにしてはいたが、桜田はチーズが好きだ。喜ぶのも当然だろう。
3人で、チーズバーガーの列に並びに行った。多分、周りから見ていて微笑ましい光景だっただろう。
俺自身、この関係は気に入ってる。平穏で、時間の流れを感じなくて、そんな場所が好きだ。
ただ、ここには俺の意思は存在しなかった。
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