第11話「プレイボール」

「――ファイブゲームマッチ、プレイボール!」


 審判のコールを元に、俺はサーブを構える。

 今回行われる試合はファイブゲームマッチという、五ゲーム間に三ゲーム先取したほうが勝ちというものだ。

 基本四ポイント先取したほうが一ゲーム取る事が出来、それを三回繰り返せば勝ちとなる。

 だが、デュースやファイナルゲームというものも存在し、必ず四ポイントとったらゲームが取れるわけでもない。


 高校生の試合は普通セブンゲームマッチで行われるはずだが、多分浅倉さんの配慮だろう。

 きっと、俺が走らされまくっても大丈夫なように短めに設定したんだ。


前に女子たちがしていた試合はセブンゲームマッチだったし、俺たちにファイブゲームマッチでやるように言ったのは浅倉さんだったため、彼女の判断だと俺は結論付けた。


 俺は一度目を閉じ、深呼吸をする。

 そして意識が集中すると、上へと垂直にボールを上げ、全身の力を乗せるようにジャンプしてサーブを打つ。

 打ったボールは相手コートのセンターに飛んだ。

 自分の狙ったコースへとボールが入った事を確認すると、すぐさま自分が立っているとことは反対方向に走り出す。


「「「「「えっ!?」」」」」


 相手が打ち返すよりも早く動いたからか、見学をしていた女子たちから驚きの声が漏れる。

 普通サーブを打った後、相手が打ち返すよりも早く動く後衛はいない。

 そんな事をしなくても距離があるため打たれてからボールに反応出来るし、早く動くというのは相手に打つコースを変えられるとそのまま決められてしまうリスクがあるからだ。


 しかし俺が通常よりも早く動いたのには当然狙いがあった。

 前方を確認すれば、俺が動いた事によって驚きながらもチャンスという笑みを浮かべる相手後衛の表情が見える。

そして――タイミングを合わせて、俺が居たコースに対して走り込む花咲さんの姿も。


 俺がわざと早く動いたのは、相手に俺が居たコースを狙わせ、コースを絞り込む事によって花咲さんにランニングボレーを決めてもらうためだったのだ。

 狙いは見事に的中し、相手後衛の打球を花咲さんがしっかりとラケットで捕らえ、快音と共に相手コートへとボールを跳ね返した。


「やったぁ! 決まった、決まったよ!」


 自分のボレーが決まった事に、普通ではありえないはしゃぎようで俺の元まで駆け寄ってくる花咲さん。

 俺が左手を差し出すと、目を輝かせてパチンッとハイタッチをしてきた。

 おそらくだが、花咲さんが試合でボレーを決めたのは随分と久しぶりなのだろう。

 少なくとも、俺が前に見学した試合では一本も決まる事はなかった。


 理由は単純。


 彼女が頭の上を超えるボールばかりを意識するあまり、得意としているボレーへの意識が疎かになっていたからだ。

 だから横の動きに積極性がなく、そんなプレーでは当然ボレーを決められるはずがない。


 でも――いや、だからこそ、花咲さんのボレーを決めたいという気持ちは強かったはずだ。


 自分の一番の武器がボレーだと理解しているし、前衛として一番気持ちのいいプレーはボレーだからな。

 ペアへの気遣いと罪悪感から頭を超えるボールに集中せざるをえなかったようだが、逆にいえばそれさえ取り払ってあげれば花咲さんはボレーへと集中出来る。

 だから俺は、初めに好きに動けばいいと彼女に伝えたのだ。

 元々彼女も俺の足と体力を買ってペアを申し込んできたのだから、そう言えばちゃんと動いてくれると思っていた。


 そして、これにはもう一つ目論見がある。


 普通ならそう簡単に前衛に捕まらないであろう相手後衛が、こうもあっさり花咲さんに捕まったのも、実は今までの花咲さんの消極的なプレーに理由があった。

花咲さんが積極的にボレーに出ないという思い込みがあり、相手後衛は警戒を怠ったのだ。

だから普通なら中ロブで俺の居たコースにボールを打てばよかったものを、欲張って打ち込んでしまった。


 この一本はただの一点だが、点数以上に大きな意味を持つ。

 俺は次のレシーブが何処に、どんな球が飛んでくるのか頭で予想する事が出来た。


 ――先程とは逆サイドに立った俺は、今度はアウトサイドギリギリを狙ってサーブを打ち、また反対方向へと走り始めた。


「――っ!」


 レシーブをする相手前衛は俺が動いた事により、先程の二の舞にならないよう花咲さんにパッシングをした。

 だけど――花咲さんはその場を動いておらず、目の前に来たボールを相手が居ないところに綺麗に落とす。


「やった、やった! また決めちゃった!」

「ナイスボレーです、花咲さん」

「浅霧君もナイッサー!」


 俺が手を差し出しながらプレーを称えると、大はしゃぎの花咲さんが俺のサーブを褒めてくれた。

 きっと彼女は俺が後ろでしている駆け引きには気付いていないだろう。

 彼女は前衛としてのベストを尽くしているだけだ。


 ――どうして花咲さんはここまではしゃいでいてボレーに飢えているのに、今さっきのポイントではランニングボレーに出なかったのか。

 それは、俺のサーブが外ギリギリに入ったからだ。


 一点目の時は、俺がサーブ時に立っていた方向に相手が返そうとする場合、クロスサイドからバックハンドで打っているため、ボールを打つタイミングを遅らせて流す必要があった。

 そうすると、振り出したタイミングで引っ張る方向――つまり、花咲さんがいる方向に打ち変えるのは不可能だ。

 なんせ引っ張る場合は、流す場合よりも早めに振り出す必要があるのだからな。


だが二点目の時は、同じバックハンドレシーブとはいえ逆サイド側だったため、俺がサーブ時に立っていた方向はボールを速めに打つ引っ張りの方向にあった。

 つまり、上手い選手の場合相手前衛が動いたのが見えると、わざと振るのを遅らせてパッシングに切り替える事が出来るのだ。

 ましてや外ギリギリだと、前衛に向けて打つほうが引っ張るよりも遥かに打ちやすい。

 当然ポイントによって状況も変わるだろうが、まだ試合が始まって二点目のポイントでは外ギリギリにサーブが入っている以上、サーブ側の前衛はディフンスに入るのが正解だった。

 それを花咲さんも理解していたからこそ、先程はボレーに出ずに守ったのだ。


 ……まぁ花咲さんの場合、理屈での理解というよりも本能で感じ取ったという感じかもしれないがな。

 だって、あの人は感覚派の人間だし。


 ただ、これで完全に相手は花咲さんを無視出来なくなる。

 部でボレーが一番上手い前衛が、きちんと状況に応じて攻めにも守りにも転じる。

 きっとかなりのプレッシャーだろう。

 そうなった場合、相手が選択するのは当然――。


「花咲さん、ちょっといいですか」


 相手が何をするか読めている俺は、花咲さんにボールを手渡す際にある指示をするのだった。

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