ソフトテニスを辞めた俺をちびっ子先輩がほっといてくれない

ネコクロ【書籍6シリーズ発売中!!】

第1話「過去の栄光」

「――ゲームセット」


 自分が打ったボールがネットにかかった瞬間、審判のコールがコートへと鳴り響く。

 泥臭く汗まみれになりながらコート上を走り回り、ソフトテニスにしては珍しい一時間越えの試合は、ファイナルゲームの果て俺たちの負けという形で終わってしまった。

 俺――浅霧あさぎり優馬ゆうまの三年最後の大会は、過去最低の県ベスト32という成績で幕を閉じたのだった。



          ◆



「――高校、どうするんだ?」


 夏休みが終わってから数日経ったある日、昼休みに入ると親友の蜂染はちぞめ俊哉としやが話し掛けてきた。

 身長175cmという中学三年生にしては背が高い俊哉は、アイドル顔負けの整った顔付きをしており男女問わず人気がある。

 俺は小学生時代から俊哉と付き合いがあり、それでよく一緒にいるのだ。


「さぁな」

「さぁって……。もうそろそろ決めておかないとまずいだろ?」

「とは言ってもな……正直、何処でもいいんだ」


 やりたい事なんて何もない。

 今更勉強でいい高校に行けるほどの学力もない。


 だから、もう何処でもいいのだ。


「だったら、俺と一緒に村元商業にいかないか!?」

「嫌だ」


 期待したように目を輝かせる俊哉の誘いを、俺は即答で断った。


 村元商業――インターハイ常連どころか、個人、団体ともに毎年ベスト4以上常連の強豪校だ。

 間違っても、地方大会にすらも出られない選手が行くような学校ではない。

 俊哉が行こうとしているのも、こいつ自身が全国トップレベルの選手だからだ。

 過去の栄光と言われればそれまでかもしれないが、俺と俊哉は小学生時代にペアを組んで全小(全国小学生ソフトテニス大会)を優勝している。

 中学では見合ったペアに恵まれず、俺と組んで出た中学二年の全中ベスト16が最高成績だが、本当なら全中を優勝していてもおかしくない実力を持っているはずだ。

 当然世代別日本代表と呼ばれるアンダー14にも選出された経験を持つし、今ではアンダー17にも呼ばれている。

 高校だって数あるスポーツ推薦の話を蹴って村商むらしょうを選んでいるほどの奴だ。


 はっきり言って、俺とは格が違う。 


「どうしてだよ!? 村商ならお前はまた前衛でやれるかもしれないだろ! 村商では優馬みたいに背が低い前衛だってインターハイで活躍した事があるんだ! お前だって本当は前衛として――」

「やめてくれ」


 俺は苦笑いを浮かべながら、大声を出す俊哉の言葉を遮る。

 俊哉が言っている事も理解はしているんだ。

 背が低い前衛がインターハイで活躍しているのは何も村商だけではない。

 強豪校でありながら背が低くてもレギュラーを張る前衛なんてたくさん見てきた。

 なんせ俺は、そこからヒントを得ようともがいたのだからな。


 でもな――身長150cmしかない俺くらいの背が低い前衛が、インターハイで優勝をした事はないんだよ。

 ましてやここ十年ばかりの優勝は高身長の前衛がほとんどだ。

 もし全国で活躍する事に満足するのであれば、中学二年で全中ベスト16になっているのだから後衛に転向するわけがないだろ?

 俺が前衛を辞めたのはテニスの成績だけが問題じゃないんだ。

 俺はもう、足を引っ張りたくないんだよ。


 ふと脳裏に浮かぶのは、中二の時に出た全中で大敗を喫した相手前衛の言葉。


『前衛がお前のようなチビじゃなければ、もっといい試合になったのにな』


 その言葉を思い出した瞬間、胸に鋭い痛みが走った。

 俺よりも遥かに身長が高く、そして圧倒的な強さを持った男の言葉。

 あいつが言っていた事は正しい。

 全中で戦ったどの試合でも試合相手はロブという山なりの打球で俺の頭を超え、後ろにいる俊哉を走らせる作戦を用いていた。

 そのせいで、負けたあの試合・・・・に臨む前から俊哉の疲労はピークに達していたし、左右に走らされるせいで相手前衛の動きに注視する事が出来なくボレーに捕まる事もあった。

 もし俊哉のペアが高身長の前衛だったのなら、走らされる事もなく安定したストロークで相手前衛に捕まる事もなかったんだろう。


 もうあんな惨めな思いをするのは嫌なんだよ。

 

「なぁ俊哉。俺の事を心配してくれるのは有難いけど、正直言ってもうソフトテニスはいいんだ。前衛で努力や研究をしても駄目。後衛に転向して死ぬほど練習をしても駄目。だからもういいんだよ。それに、何もソフトテニスがこの世の全てではないだろ? 俺は俺のやりたいようにするから、俊哉は俊哉で頑張ってくれ」


 ポンッと俊哉の肩を叩くと、俺は給食を取りに足を踏み出した。


 ……何一つやりたい事を見つけていないのに、いったいどの口が言うんだか――。


 俺を追いかけてきた俊哉と一緒に列へと並びながら、俺は自分自身に苦笑いを浮かべるのだった。


 ――その後、俺は偏差値もそこそこあって、男子ソフトテニス部がないという高校を担任に紹介してもらい、そこを受験した。

 一つ気がかりだったのは、全国で名が知られる女子ソフトテニス部がある事だったが、男子の俺には関係ない。


 そう思う事でこの話は忘れたのだが――そのせいで、高校に入学した俺は再びテニスコートへと立つ事になるのだった。

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