第7話「君なら――」
「別に邪魔なんて……」
「うん、今君があの子の邪魔をする気がない事はわかってるよ。だけど、君が自分とあの子を重ね始めていたのも事実。いずれ、あの子に余計な事を言い出しそうで怖かったの」
余計な事とは、『前衛を諦めろ』みたいな事を言いそうという事だろう。
この人がどこまで知っているのかはわからないが、少なくとも花咲さんが俺に接触している事を知っているのはわかった。
そうでなければ、こんな忠告をしてこないからだ。
「あの子は明るく見えて、実は今とてもギリギリな状態なの。これ以上負荷が増えるとソフトテニスを辞めかねない」
「ギリギリ? それはいったいどういう事でしょうか?」
「見ていればわかるよ」
――浅倉さんの言葉の意味は、言葉通り数十分後に理解する事が出来た。
その間に行われたのは試合形式の練習――いわば練習試合だ。
そしてダブルスの試合に出た花咲さんは――サーブとレシーブ以外、何もさせてもらえなかった。
サーブを打って前に付いたり、レシーブを打って前に付くと、決まって中ロブという攻めのロブで頭を越されている。
おかげで花咲さんの後衛は走り回されていた。
ましてや花咲さんの身長が低すぎるせいで、中ロブの高さも通常より低いため後衛は拾うのでやっとだ。
そして拾ってなんとか返したボールはただのチャンスボールであり、相手前衛にスマッシュを決められていた。
逆に花咲さんが無理にロブを追おうとすると、その隙を突かれてパッシング(前衛を抜こうとする技)を喰らってしまう。
あまりにも酷い惨状に見ていて花咲さんの後衛に同情する。
結果は見るよりも明らかで、花咲さんたちのボロ負けだった。
「――もういい加減にしてよ! あんたと組んでると私一人でテニスしてるようなものじゃない! こんなのやってられないわよ!」
無様な試合をしてしまったからか、それとも走らされまくってしんどかったからかはわからないが、業を煮やした花咲さんの後衛が、花咲さんにキレてしまった。
本当に女子なのかと思うほど汚い言葉遣いで花咲さんの事を罵り始める。
花咲さんは泣きそうになるのを我慢しながら何度も何度も頭を下げて許しを請うていた。
「……止めなくていいんですか?」
あまりの酷い状況に関係者であろう浅倉さんへと声を掛けると、浅倉さんは首をゆっくりと横に振った。
どうやら止めに入るつもりはないようだ。
「ちっ――あなたが止めないんでしたら、俺が止めに行きますよ」
見ていて気分が悪くなった俺は、建物の影から身を出そうとする。
確かに花咲さんの弱点を責められた試合ではあったが、後衛側にも非はあった。
相手に対して甘いコースにボールを打っていたし、攻めないといけない場面で弱気になってしまい、結果相手に付け入る隙を与えてしまっていたのだ。
それなのにペアのせいだけにするあの女の態度が許せなかった。
「駄目よ、黙って見ていなさい」
しかし、意外にも浅倉さんに手を引っ張られて止められてしまう。
「どうしてですか?」
納得がいかない俺は睨むようにして浅倉さんを見据える。
すると、浅倉さんは首を横に振って口を開いた。
「あの子が最後なの。ここであの子を叱って美鈴と組みたくないと言われれば、もう美鈴に付ける後衛はいなくなってしまう。そんな事になったら、この部に美鈴の居場所は完全になくなってしまうの」
「……なるほど」
今のこの状況は、手を尽くしたが故のものだったのか。
おそらく一年生が部活に加入すれば一年生を花咲さんに付けてあげる気なのだろう。
それまでは花咲さんに我慢してもらうしかない、そう言いたいのだ。
先程の発言からしておそらく若くてもこの人は監督なのだろう。
指導者ならいじめに近いこの状況を止める責任があるが、下手に止めれば裏で更に酷い事を花咲さんになれかねない。
だから俺にも、下手に間に入らず我慢しろと言っているのだ。
「あの人がミックスダブルスをしたい理由は、こういう裏事情があったのか……」
相手が男なら、多少は今よりも優しくしてもらえると思っているのかもしれない。
もしくは、ペアを失う恐怖に抗おうとしているか――だろう。
「うぅん、あの子がミックスダブルスをしたい理由は他にあるよ」
女子ソフトテニス部を見学して出た結論は、あっさりと浅倉さんに否定されてしまった。
他に理由がある――か。
正直俺には関係ない事だが、ここまで事情に踏み込んでしまったからか、少し興味が沸いてしまった。
だけど浅倉さんはその話に関してはこれ以上話すつもりはないようで、別の話題を振ってくる。
「ねぇ浅霧君。君なら、あの子の事を活かしてあげられるんじゃないの?」
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