第5話「マイペースなお姉さん」
花咲さんがボレーする姿を見て、俺は思わず息を呑んでしまう。
一目見てわかった。
今居る前衛陣の中で、一番ボレーが上手いのは花咲さんだという事が。
基本、前衛の構えとしてはネットより高くラケットを持ち上げるのが一般的だ。
極論、ボレーは相手コートに返りさえすれば決まる。
もちろん全国トップレベルの試合になると前衛も後衛もフォロー力が凄まじいため、下手なボレーでは簡単に反応されて拾われてしまう。
しかし、本当にそんな事が出来るのはほんの一握りの選手であって、大半の選手はボレーをされてもほとんど反応出来ずに決められてしまうのだ。
ボレーに求められるのは威力ではなく、正確性と言われている。
如何にミスをせずに相手コートにボレーを決められるか――それだけで、前衛の価値はほとんど決まってしまうだろう。
だからみんな、ラケットをネットよりも高く持ち上げる。
そうすると、わずかな動作でボレーに入る事が出来、ミスをする可能性が減るからだ。
ここにいる前衛陣もみんなラケットをネットよりも高く構えており、手首を固定し、ボレーに入るステップを踏む際に肘を伸ばすようにしてボレーをしている。
実にお手本的なボレーだ。
手首が固定されている分、インパクトの瞬間にラケットがブレる事もないだろう。
そんな中、花咲さんはラケットをへそあたりにまで落として構えていた。
指導者によっては『やる気がないのか!』と怒るような構えだ。
しかし、やる気がないように見えるという事は、それだけ体から力が抜けているという事。
要は、自然体の構えなのだ。
――そしてあれは、俺が前衛時代にしていた構えだ。
「――上手でしょ、あの子」
「――っ!」
突如背後から聞こえてきた声に、俺は思わず背筋を伸ばしてしまう。
慌てて後ろを振り向けば、長い髪の毛を後ろでくくる、ポニーテールヘアーの綺麗なお姉さんが立っていた。
お姉さんは面白い物でも見つけたかのように、ニヤニヤと俺の顔を見つめてくる。
「不審者ですか?」
「綺麗なお姉さんを見た開口一番がそれなんだ、君……」
俺が訝しげに顔を見上げると、お姉さんは残念な物を見るような目で見返してきた。
この人、自分で綺麗って言うのか。
テニスウェアを着ている事から不審者ではないようだが、どうやら変人のようだ。
「何か用ですか?」
「ん~? うちの部員を邪な目で見つめている男の子を見つけたから、捕獲しようかと」
「……ちなみに、弁解の余地は?」
「ないかな」
ふざけたような態度をとりながらも、逃がさないようガシッと俺の肩を掴んでくるお姉さん。
なんとか話を聞いてもらおうと俺は腕を振り払おうとしたのだが――ビクともしなかった……。
やばい!
この人見た目細いくせにめちゃくちゃ力強い!
「ま、待って下さ――」
「はいはい、そんなに慌てなくても、別に先生方に突き出したりはしないわよ」
どうにか離してもらおうともがくと、意外にもお姉さんはあっさりと離してくれた。
それなら、そもそも捕まえないでほしかったところだが……。
「で、美鈴が目当てなの?」
「は、なんでそうなるんですか?」
いきなり変な事を言われた俺は、思わずお姉さんを睨んでしまう。
美鈴とは花咲さんの事だろう。
確か彼女が名乗った名前が美鈴だったはずだ。
「だって、熱心に美鈴の事を見つめてたじゃない」
言われてみれば、確かに花咲さんのボレーに見入っていた。
しかし、そんなに長い時間は見つめてなかったはずで……。
「まぁ美鈴は幼児体型だけど、凄くかわいいもんね」
「いや、そんなんじゃないですって……」
別に花咲さんの見た目に惹かれて見つめていたわけじゃない。
ただ彼女のボレーが凄かったから見つめていただけなのだ。
それに、幼児体型と言われて確かにその通りだとは思ったけど、ちょっと花咲さんがかわいそうだと思う。
高校二年生になってまで幼児体型と言われればさすがに悲しむはずだ。
「じゃあどうして美鈴を見つめていたの?」
「それは――」
――ボレーが綺麗だったから。
そう言おうと思ったが、相手が花咲さんの関係者なら下手な事を言わないほうがいいと思い、俺は途中で言葉を切った。
「それは?」
「……別になんでもないです」
「ふ~ん……。そういえば、自己紹介がまだだったね。私は浅倉(あさくら)静(しず)香(か)っていうの。君は?」
お姉さん――いや、浅倉さんは、疑うような目をした後、何事もなかったかのように自己紹介をしてきた。
なんだかマイペースな人だ。
「浅霧優馬です」
「浅霧優馬……。君が……」
俺の名前を聞くと、驚いたように浅倉さんは目を大きく開く。
ジロジロと俺の事を観察するように見てきて、少し居心地が悪くなった。
ソフトテニス関係者にはそこそこ名前を知られていたが、まさかここまで年上の人にまで名前を知られているとは……。
「なるほどね……。ねぇ、君から見て美鈴はどう?」
勝手に何か納得をした浅倉さんは、花咲さんについて聞いてきた。
ここで聞かれているのは女の子としての魅力ではない。
ソフトテニスプレイヤー――いや、前衛としてどうかという事だろう。
「年下の俺が言うのは生意気でしょうが、とても上手ですね」
これはお世辞ではなく、心から思っている事だ。
俺は視線をコートへと向け、基本ボレーをしている花咲さんを見る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます