第13話「垣間見える才能」

 ――次のゲーム、俺の不安は見事に的中してしまった。


 相手後衛の速いサーブはセンターラインギリギリに入ってき、俺がなんとか拾ってロブで逃げようとしたボールは相手前衛に読まれてスマッシュを決められてしまった。

 次のポイントは花咲さんが危なげなしにレシーブするものの、相手後衛の鋭いボールがセンターに突き刺さり、俺が相手後衛に対して打ち返すとそこを狙われて前衛にボレーを決められたのだ。


 相手前衛のサーブになった際には相手のミスから点を取るものの、その後はあっさりと二点連取されゲームを取られてしまった。

 いくら相手サーブとはいえ、いいようにやられてしまったのは俺の返球の甘さが原因だ。

 狙ったところにボールが飛ばず、攻めたはずのボールが逆にチャンスボールになってしまっている。


 サーブはジュニア時代から鍛えてきたため狙ったコースに打てるが、ストロークはまだ完全に思ったところへと狙えていない。

 ただでさえ打つボールが遅いのに、コースが甘ければ攻められて当然だ。

 本当ならもっと花咲さんを活かす試合展開を考えていたのに、狙ったところにボールが飛ばないんじゃあ組み立てようがない。


 どうする……?

 どうすれば、この状況を打開出来るんだ……?


「やっぱりこんなもんか~」

「始めだけだったね、凄かったの」


 試合の組み立てに考えを巡らせていると、外野から非難の声が聞こえてきた。

 先程ラリーに持ち込まれた時の一方的なやられようから、彼女たちはわかってしまったのだろう。

 俺にはストローク力がなく、サーブの優位を失えば試合にならない事を。


 くそ、せめてもう少し球が速く打てれば――。


「――霧君。浅霧君!」

「――っ!」


 自分の球の遅さを恨んでいると、いつの間にか目の前に花咲さんが立っていた。


 危ない、試合中だというのに別の事に意識を飛ばしかけていた。

 ちゃんと試合に集中しないと……。


「大丈夫! 次は私たちのサーブなんだから、さっきと同じようにやり返そうよ!」


 本当に本能で試合をしているのか、この状況のまずさに気が付いていない花咲さんが笑顔で俺を励ましてきた。

 サーブの優位を保つのも簡単じゃない。


 さっきのレシーブゲームで完全に流れを持って行かれてしまっただけじゃなく、一ゲーム目と同じ駆け引きが通用するはずがないんだ。

 一ゲーム目で使った奇襲はもう使えない。

 サーブ以外で狙った通りに試合を展開できない以上、サーブにだってプレッシャーがかかる。

 せめて中ロブで走らせてくるだけなら足の速さと体力でなんとか出来ただろうが、力押しでこられると圧倒的不利だ。


「……そうですね、前は任せましたよ」


 俺は頭で考えている事は口に出さず、笑顔で取り繕う。

 ここで不安感を与えてもマイナスにしか働かないし、そもそもこの試合自体には俺が花咲さんを巻き込んだ形だ。

 一人勝手に試合を投げる事なんて出来るはずがない。


 ――頷けばポジションに戻るかと思ったが、なぜか花咲さんはジーっと俺の顔を見つめていた。

 そして、優しい笑みを浮かべて口を開く。


「浅霧君。一人で色々と考えてプレーしてくれてるんだよね? でもね、ダブルスは二人でするものだよ」

「それはわかっているつもりですが……」

「うぅん、わかってないよ。だって、一ゲーム目を取ってベンチに戻った時でさえ浅霧君は難しい表情を浮かべて、一人で考えこんでいたもん。ペアなんだから、プレーについて相談し合おうよ」

「相談……」


「――こら、さっさとポジションに付きなさい!」

「「す、すみません!」」


 長い間試合を止めてしまったせいで審判に怒られてしまった。

 俺たちは慌ててポジションに付き、プレーを再開する。


 一応、サービスゲームはまだ組み立てが出来る。

 どうにかサービスゲームを落とさないようにしないと……。


 俺は一ゲーム目と同じように、センターラインギリギリへとサーブを入れる。

 ただ、今度は相手がスイングに入るタイミングまで動くのを遅らせた。

 そうする事で俺が動くのを待っていた相手後衛の打つタイミングを狂わせる事に成功する。


 スイングするタイミングが遅れた相手後衛は、慌ててロブに切り替えてきた。

 引っ張る事が出来ない以上、クロス側へと流してしまえば花咲さんに捕まってしまうと思ったのだろう。


 そして花咲さんもクロスに来るボールを狙って、ランニングボレーに動き始めていた。

 そんな中相手後衛がロブに逃げると読んでいた俺は既に落下点へと走っており、今度はわざと短めの球を打つ。


 短い球を打つ事によって、相手後衛がロブを打ちづらくしようとしたのだ。


 ――しかし、思ったよりも短くは出来ず、相手が打ちやすいだけのボールになってしまった。

 即座に鋭い打球がバックハンドへと返ってきたため、俺は回り込んでフォアで打ち返す。

 だが、相手コートへと返ったボールは短く、山なりになっているボールだった。


 所謂チャンスボールだ。

 挙げ句、回り込んだせいで俺の体はコートの端に出てしまい、センターに大きなスペースが出来てしまった。


 俺は慌ててセンターに向けて走り出す。

 普通の球でさえ鋭く返してくる相手後衛に、トップ打ち(肩の高さ以上の打点で打つ攻め技)でセンターを狙われればそのまま決められてしまう。

 案の定、相手後衛はセンターを狙ってきた。


 しかし――快音と共にわずか一秒後にボールが転がっていたのは、俺たちのコートではなく相手コートだった。


 前方を見れば、ディフンスボレーの構えをとる花咲さんがネット際のセンターにいた。

 六メートルほどしかない近距離から、相手後衛の速いトップ打ちを花咲さんが止めたのだ。

 しかも、まぐれで当たり損ないが相手コートに返ったというわけではなく、快音が響いた事から完全にラケットの中心でボールを捕えていた。


「やったぁ! やったよ、浅霧君!」


 ボレーが決まり、嬉しそうに花咲さんが駆け寄ってくる。

 俺は驚きから一瞬声が出てこなかったが、なんとか声を絞り出す。


「花咲さん……もしかして、相手のトップ打ちのボールが見えたんですか……?」

「うん、見えたけど……?」


 何を驚いているんだ、と言いたげな表情でキョトンっと首を傾げて花咲さんが見つめてくる。


 この人、自分がどれだけ凄い事をしたのかわかっていないのか……?

 近距離から放たれるボールなんて普通は目で捉える事は出来ないし、怖がってネット下にしゃがんでもおかしくない。

 それを平然と止める事が出来るなんて、この人の動体視力と反射神経は尋常じゃないだろう。

 正直先程の打球を俺は止められる自信がない。

 それくらい決められて当然のボールだったからだ。


「それよりも浅霧君、さっきの話だけど――私、スマッシュ捨ててもいいかな?」


 俺が驚愕していると、時間がないからか花咲さんは話を切り変えて質問をしてきた。


「ボレーに専念をしたいという事ですか?」

「うん! 浅霧君、先輩の打球に苦しんでるし、私がスマッシュを追ってもあまり効果的じゃないと思うんだ。だったら、私がボレーに専念すれば先輩も打ちづらくなるし、浅霧君なら走らされてもなんなく返せると思うの」


 俺は花咲さんの提案について考えてみる。

 確かに彼女が言ってる事は的を得てはいるが……。

 スマッシュを完全に捨てたとなれば、相手後衛は遠慮なしに中ロブばかりを打ってくるだろう。


 そうなれば完全に得点力を失うのでは――いや、違うな……!

 むしろそこを逆手にとれるかもしれない。


「それで行きましょう。ただ、俺からも提案が――」

「――うん、わかった! 私に任せて!」


 俺の戦略を聞いた花咲さんはとてもいい笑顔で頷いてくれて自身のポジションへと着いた。


 ――そこからの試合展開は、花咲さんの積極的なプレーが功を奏す。

 花咲さんのボレー技術はやはり相当なもので、展開が完全に出来上がっていない難しい打球でも綺麗にランニングボレーを決めてしまうのだ。

 普通ならミスをしてもおかしくない、ボールに届かずに抜かれてしまってもおかしくない。

 そんな状況でボレーを決めてもらえるのはかなり大きかった。

 あの人は小柄故か、足も速いようだ。


 だが、展開が出来上がっていない以上、ランニングボレーは心理戦が絡んだジャンケンのようなものになってしまう。 

 当然、ランニングボレーに出たが故に抜かれてしまうというポイントもあった。

 そういうボールは俺がなんとか追いつき返してはいるのだが、やはりチャンスボールになって相手に決められてしまった。

 花咲さんのおかげでポイントを取って取られてのデュースを繰り返す末、俺たちはなんとかサービスゲームのキープに成功する。


「――はぁ……はぁ……このゲーム……取ったら私たちの勝ちだね……!」


 チェンジサイズの際にベンチに座り込むと、肩で息をしている花咲さんが話し掛けてきた。

 額からは大粒の汗が大量に流れており、整わない呼吸を見るに相当疲れているようだ。

 たった一ゲームの疲労とは思えないものだが、先程のゲーム花咲さんはネット前で走り続けていた。

 いくら前衛とはいえ、走り続けていれば疲れて当然だ。

 この試合に勝つには彼女の力が必要不可欠。

 しかし、疲れ果てている様子を見るにもって後一ゲームだろう。

 普通なら一試合でここまで疲労する事は後衛でもない。

 だけど今日の花咲さんは既に強豪校の練習で疲労を溜めてしまっている。

 だからこれだけ疲労していても不思議ではない。


 ……このゲームを取れなければ、負けだな……。


「花咲さん。次のゲーム、ここぞってタイミングまで動かずにジッとしていてください。きっと相手は花咲さんの動きが気になって仕方がないはずです。相手は花咲さんの動きを見て打とうとするはずですから、動かなければ相手の打つタイミングを狂わせられます。それでいいですか?」

「うん……いいよ……。…………えへへ」

「………………大丈夫ですか?」

「わっ、なんでそんな頭がおかしい子を見るような目で見るの!? 大丈夫だよ!?」


 急に笑い出した花咲さんの事を心配すると、花咲さんは心外といったような表情を浮かべて慌てた。

 ちょっと訝しげに思ってしまったが、そんなに顔に出してしまっただろうか……?


「あのね……浅霧君がちゃんと……相談してくれたのが……嬉しかったの……。ちゃんと……私が言った事……聞いてくれているんだって……」


 それは、今まで相方に相手にされなかったからなのか、それともただ単に自分の言った事をしてもらえて嬉しかったからなのかはわからない。

 だけど、とても嬉しそうに笑う花咲さんの顔を見て、俺はこの人を絶対に勝たせたいと思った。


「仕込みは終わりました。このゲームで終わらせましょう」

「うん……!」


 俺がベンチを立って花咲さんに手を差し出すと、花咲さんは嬉しそうに俺の手を取って立ち上がり、俺たち二人はコートへと入るのだった。

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