第12話「上出来」
――ソフトテニスの試合では、サーブ権を持つ側の後衛と前衛が二点毎にサーブを代わりながら打つ。
つまり俺が二点分サーブを打った今、次にサーブを打つのは花咲さんだ。
花咲さんは腰を屈めて構えると、力みのないフォームでカットサーブを打った。
そしてそのまま前へと走って行く。
打たれたボールは相手コートに付くと、ほぼ跳ねずに俺から見て右手側。
相手から見れば左手側へと若干跳ねた。
カットサーブは人によって跳ね方が変わるが、体育館でもないのにここまでバウンドしないものを打てる選手はほとんどいないと思う。
「――っ!」
相手後衛はなんとかカットサーブを返すも、ネットに掛けてしまった。
とはいえ、ネットの白帯に当たっていたため、おそらくボールを浮かせないようにギリギリを狙って返したのだろう。
多分、次はボールが返ってくる。
普通なら空振りをしてもおかしくないサーブを平気で攻撃に転じようとする相手を見て、やはりレベルが高いと俺は緩みかけた意識を締め直すのだった。
――次の点も花咲さんのカットサーブが綺麗に入り、相手前衛は少し浮かせ気味だが俺に返球してきた。
俺はそのボールを相手前衛の頭を超すように中ロブで攻める。
相手前衛はレシーブして前に付こうとしていたため、問題なく頭を越す事が出来た。
しかし相手は全国レベル。
この程度のボールでは有効打になるわけがなく、難なく拾われた後同じように花咲さんの頭を越す中ロブで攻めてきた。
だが、その展開は既に読んでいる。
花咲さんのボレーを警戒しなくてはいけなくなった以上、最も安全で、有効打になる打球は中ロブしかなかったからだ。
高さが完全ではなく、絶対に来るとわかっている中ロブなら如何に背が低い花咲さんでも捕る事が出来る。
「やぁ――!」
予め数歩下がったポジションに立っていた花咲さんは、相手がいないコースを狙ってスマッシュを叩きこんだ。
『――速度がなくとも、コースが良ければ打球は決まる。それがソフトテニスだよ』
スマッシュが決まった事により大喜びをしている小さな先輩を眺めながら、俺はジュニア時代に言われ続けた恩師の言葉が頭を過るのだった。
◆
「――あの美鈴が……スマッシュを決めた……?」
「しかも先輩たちから二本もボレーを決めてるよ……?」
ソフトテニスにはチェンジサイズという、奇数ゲームが終わり、次のゲームを始める前にお互いのコートを入れ替えるルールがある。
だからコートを移動していたのだが、その移動中に見学をしている女子たちの声が耳に入った。
ここにいる誰よりも小さい花咲さんがスマッシュを決めた事により、外野は驚きに包まれているようだ。
少しは花咲さんの事を見直してくれていると思う。
……しかし、この状況を悠長に喜んでいる余裕はない。
『4‐0』と結果だけ見れば圧倒しているが、正直上出来もいいところだ。
不意を突く事によって、予め思い描いていた通りに試合を進められただけ。
次は相手サーブから始まるためこちらが後手に回るし、先程のようにいかないと思ったほうがいいだろう。
本来の実力差でいえば、あっちが上なのだから。
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