第10話「ちびっこコンビ」
「――集合~!」
浅倉さんと一緒にテニスコートに行くと、女子の一人が号令をかけた。
すると全員駆け足で俺たち――いや、浅倉さんの元へと集まる。
男の俺がいる事が気になるはずなのに、誰一人として私語をせず浅倉さんの事を見つめている姿に、やはりこの部は強豪なのだと思い知らされた。
「さて、みんなには事前に話していたと思うけど、今日は彼――浅霧君にも練習に参加して頂くわ」
紹介を受け、俺はペコリと頭を下げる。
突き刺さるような視線が痛いが、我慢するしかないだろう。
彼女たちにとって俺は邪魔者以外の何者でもないだろうからな。
花咲さんが凄く嬉しそうな表情を浮かべて俺の顔を見つめてきているのが少し照れ臭いが……。
彼女とも今日の事は事前に話をしている。
ただし伝えているのは、組んで試合をした結果でミックスダブルスを組むかどうかを考えるというものだった。
彼女のために試合をするなんてそんな臭い台詞言えるわけがないからだ。
「監督、浅霧君にアップは必要でしょうか?」
そう声を出したのは、先程号令をかけた先輩だった。
おそらく彼女がキャプテンだろう。
そして、今日の試合相手のはずだ。
「うぅん、事前に済ませてあるわ。キャプテン、副キャプテン、それに美鈴は試合前の数本ラリーを行って、そのまま試合形式に入りなさい。他のみんなは彼のプレーに学ばせてもらうために、見学をするように」
俺と二人だけでいる時とは別人のように、テキパキと指示をする浅倉さん。
ちょっとだけかっこいいお姉さんに見えた。
だけど、試合をしない全員に見学させる建前とはいえ、俺のプレーに学ばせてもらうとかそういうのは言わないでほしかったな……。
余計にプレッシャーがかかってしまう。
「――ねぇ浅霧君って誰? あんな小っちゃい子見た事ないんだけど?」
「あれ、あんた知らないの? ――あぁ、そっか、あんた県外組だもんね。浅霧君は全小で優勝してて県内では有名な子よ。とてもボレーが上手くて、当時は突出した存在だったの」
「へぇ、じゃあ前衛? でも、美鈴と組むんだったら後衛じゃないの?」
「そういえば、後衛に転向したって噂を聞いたわね。後、『潰れた天才』って話も……」
「えぇ……だったらこんなの時間の無駄じゃん」
試合をするための準備をしていると、他の部員が話す言葉が耳に入ってきた。
随分としたいわれようだ。
まぁ事実なため否定は出来ないのだが、どうやら完全にアウェーで試合をしないといけないみたいだ。
「――浅霧君、ありがとうね。一緒に試合をしてもらえて凄く嬉しいよ」
俺が外野に意識を向けていると、人懐っこい笑みを浮かべた花咲さんが話し掛けてきた。
彼女にも他部員の会話は聞こえているだろうから、俺が気にしないように話し掛けてくれたのかもしれない。
「期待に応えられる自信なんてないですけどね。とりあえず、やれるだけやってみます」
「ふふ、ありがと。久しぶりの試合だけど大丈夫?」
「問題ないです。花咲さんも
「いいの?」
「はい、例え抜かれても、俺が拾いますから」
「うん、わかった!」
俺の言葉に対して元気よく頷く花咲さん。
その様子はとても嬉しそうに見える。
そして、幼い子がワクワクしているようにも見えた。
傍から見るとどっちが先輩かわかったもんじゃないな。
だって花咲さん小さいし……。
「ちびっ子コンビだ」
「うん、ちびっ子コンビだね」
……いや、違った。
小さいのは俺も同じだ。
花咲さんの事言えないな……。
外野から聞こえてきた声に、俺は自分も小さい事を思い出し、なんだか沈んだ気持ちになってしまった。
少しして、どちらがサーブ権を取るか決めるトスというものが始まる。
じゃんけんをした後勝ったほうが裏か表を言い、負けたほうがラケットを回すのだ。
そしてラケット面の向きを当てたほうがサーブかレシーブを選べる。
ちなみに、STA公認マークというのが付いてるほうが表だ。
「サーブでいい?」
「はい」
トスで選択権を得た花咲さんが念のため俺に確認をとってきたため、考える必要もなく頷く。
硬式テニスほどではないが、 唯一自分のタイミングで好きなように打てるサーブは、ソフトテニスでも有利だ。
とはいえ、技術があまりないとファーストサーブが入らないため、セカンドサーブという入れる事に重きを置いたサーブを打つ事になるから、地区大会などではレシーブが選ばれるのも珍しくない。
だけど、ある程度技術を持っているのだったら、絶対にサーブを選んだほうがいい。
俺たちがサーブという事が決まると、ベースラインという一番後ろのラインにまで下がり、乱打を始める。
公式試合でも試合前にアップ代わりとして乱打が行われるため、練習試合や試合形式の練習でも乱打が行われるのが普通だ。
最初は肩や肘を傷めないためにもロブを打つのが礼儀で、数本ロブを打ち合うと、本格的に速い球での打ち合いが始まる。
俺の相手は同じ後衛のキャプテン。
花咲さんの相手は同じ前衛の副キャプテンだ。
「――っ!」
本格的な打ち合いに入ってすぐ、俺は速くも焦りを感じていた。
さすが全国で名が知られる強豪の一番手というのか、とても女子が打つような打球ではない速さでボールが俺の元へと飛んできている。
正直俺よりも球が速い。
バウンドをすれば予想以上の伸びがあり、打ち返すのでやっとだ。
このまま試合に入り、同じように打ち返すだけになれば相手前衛に捕まりやすくなる。
この乱打のうちに慣れておかないと……。
――幸い元々前衛をやっていたおかげか、ボールはしっかりと目で捉えられていた俺は構える動作を速くして、振り遅れないように気を付ける事で慣れるのを待つのだった。
そして、いよいよ試合が始まる。
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