第7話 フィルネリア=エルメール《2》
以前から、そのような兆しは感じられていた。
僕だけど僕じゃない、とか言ったり、子供とは思えないような剣の才能を持っていたり、突然魔法が使えるようになったり。
もしかしたらコイツにも、前世の記憶があるのかもしれない、なんて実はちょっと思ったりしていたのだが……流石にこれは、予想外である。
「そっかぁ……僕、転生したのか」
そう、しみじみと呟く、我が幼馴染――元、
俺と死闘を繰り広げ、そして俺の最後を看取った勇者本人である。
ここ最近、様子がおかしかったのは、それが原因か。
コイツの中で、『フィルネリア=エルメール』という人格と『勇者』という人格が重なり始めたことで、脳味噌が混乱したのだろう。
どちらも本人であることには違いないが、こう、自分が二人いるかのような、今まで知らない人間のものだと思っていた記憶が、突然自分のもののように感じ始め、全てがあやふやになってよくわからなくなるのだ。
俺にも覚えがあるからよくわかる。
そして、ようやく記憶に整合性が取れたことで、バグった脳味噌が正常に動き始めた、と。
「とりあえず、体調はどうだ? 熱は下がったようだが、喉が痛いとか頭が痛いとか、まだあるか?」
「ううん、ちょっとダルい感じはあるけれど、大丈夫だと思う。ありがと、魔王――じゃなくて、ユウヒ。……あはは、何だか照れくさいね。幼馴染が、まさか君だなんて。ビックリだよ」
「そりゃあ、こっちのセリフだ。ただの幼女だと思ってた幼馴染が、突然前世の記憶を取り戻したんだからよ。――それにしても、不憫な奴だな。女みてぇな男だとは思ってたが、本当に女になっちまうとは」
その言葉に、彼女は怪訝そうに首を捻ってから、すぐに何かしら納得したらしく「あぁ」と声を漏らす。
「そっか、君は知らなかったのか。――あのね、魔王。僕、
「…………はっ?」
「あははは、本当にわかってなかったんだ。君とは何度も戦ったし、気付いててもおかしくないと思ってたんだけど」
素っ頓狂な声を漏らす俺に、愉快そうに、ニコニコと屈託なく笑うフィル。
「えっ、だ、だって、お前の国で情報取集した時も、勇者様は若々しい好青年で、貴族令嬢からの求婚も絶えない、みたいな話も聞いて……」
そう自分で言っている内に、頭の整理が付いて、だんだんと納得していく。
――前世は基本的に男尊女卑社会であり、そして軍隊とはさらに一歩踏み込んで、紛れもない男の世界だ。
サキュバスみたいな種族の奴らがいたので、俺の軍にも女軍人とかがいることにはいたが、それでも全体に比べたら圧倒的にマイノリティであることは間違いなかった。
そんな中で、魔王軍と敵対した他種族連合軍の最大戦力が女であるというのは、色々と問題があったのだろう。
性別を、わざわざ偽る必要があるくらいには。
一人称が『僕』であるのも、そういう理由からか。
……確かに、今考えてみれば、前世のコイツが女みてぇな奴だとはずーっと思っていたのだ。
男にしては高めの声に、大きな瞳。スラっとした鼻筋に小ぶりな唇。
よく覚えている。
女性らしい身体の起伏なんかも、鎧を上から着ていればあまりわからないだろうし――と思ったが、俺はコイツの鎧をボロボロにしたことがあったが、そこで女性らしさを感じたことはなかったので、元々ぺったんこ――。
「魔王、君は今、考えなくていいことを考えているね?」
「い、いや、そんなことはない……ですよ?」
ス、と恐ろしい眼光で笑みを浮かべる我が幼馴染に、俺は若干動揺しながら言葉を返す。
な、なんて洞察力だ……流石元勇者様だぜ……。
「全く……いい、魔王? 確かに前世の僕は、あまり女性らしい身体付きはしてなかった。けど、今世は違う! 今から食生活と運動に気を付けていけば、きっとボンキュッボンな女性らしい肉体になれる! はず! 君は幼馴染の成長に、きっと驚くことになるよ」
「お、おう……そうか。頑張れ」
グッと拳を握って決意を示すフィル。
……コイツ、こんな性格の奴だったのか。
こう、これに負けたと思うと、何とも言えんものがあるな。
俺は一つ苦笑を浮かべ、言葉を続ける。
「パーティ全員が女だったのは、それが理由か。とんでもねぇハーレム野郎だ、なんて思ってたんだが……」
「そこは、流石に国が気を利かせてくれたんだよ。女の子達で回りを固めておけば、ボロも出難いだろうからさ。……そっか。今世は、君と友達なのか」
ポツリと呟く彼女に、俺は肩を竦めて答える。
「あぁ。残念だったな、お前の幼馴染が、お前の前世で最大の敵で」
「ううん。残念だなんて、全然そんなことない。とっても嬉しいよ」
「……そ、そうか? なら良かったが」
冗談のつもりで言ったのだが、全く邪気の無い笑顔でそんな言葉を返され、思わず毒気の抜かれた相槌を打つ俺。
……調子が狂うぞ、全く。
「――ね、魔王」
「あん?」
「チェス……勝負しよっか」
一瞬、何を言われているのかわからず、だがすぐに俺は彼女の言いたいことを理解し、ニヤリと笑みを浮かべる。
「――あぁ。
ちょっと待ってろ、と言って部屋を出た俺は、自身の部屋からチェス盤――こちらの世界のものなので、正確にはちょっと違うのだが、ほぼ同じようなルールの遊戯盤を持って戻ってくる。
「どの世界にも同じようなゲームがあるもんだ。――っと、一応お前、病み上がりなんだから、辛くなったら言えよ?」
「うん、わかった。無理しない程度に、だね。ふふ、君に心配してもらえると、やっぱりちょっとくすぐったい感じだよ」
「……そう言われると、こっちも恥ずかしくなってくるからやめーや。ほら、準備出来たぞ。病み上がりだし、白は譲ってやろう」
「病み上がりは関係ない気もするけど、わかった。僕が先攻ね」
そうして俺とフィルは、対戦を開始した。
ただ黙々と、盤上だけを見て、駒を動かす。
「ね、魔王」
ふと、フィルが呟いた。
「おう」
「これからも、ただの君の幼馴染として、フィルって呼んでくれる?」
「……あぁ。たりめーだ。俺とお前には前世があるが、それは死んだ奴の話だ。俺はユウヒ=レイベークで、お前はフィルネリア=エルメール。お互いただの人間のガキで、それ以上でもそれ以下でもない。だろ?」
「……うん。ありがと。魔王がこんなに優しかった、なんて言ったら、きっと前世だったら打ち首になってたね。あ、チェック」
「む、じゃあここだ。――バカ言え、俺は同族には優しいんだ。魔族の間じゃあ、『聖人のような魔王』『聖人王』って呼ばれてたくらいだ」
「いや、僕も魔族から君が何て呼ばれてたかは知ってるけど、『鬼人族より鬼みたいな王』とか、『無茶ぶり王』とか呼ばれてたでしょ。というか、聖人王って」
「誰だ、そんなガセを流した奴は。ソイツには色んな手段で、しっかりと魔王の慈悲深さを教えてやらないといけないな」
「どうやってさ」
クスリと笑うフィル。
「僕も、魔王って呼ぶのはこれっきりにして、今までと同じようにユウヒって呼ぶね」
「あぁ、そうした方がいいだろうな。俺達が互いに勇者とか魔王とか呼び出したら、両親が怪訝に思うだろうし」
「あはは、ごっこ遊びの延長だと思って、案外気にしないんじゃない?」
……そんな気もするが。
フィルの父親であるおっさんはともかく、ウチの両親とフィルのお袋は結構のんびりした人達だからな……ただの子供の遊びだと思って何も気にしないか。
「――ね、
「ん?」
「こっちは、良い世界だね」
「あぁ、そうだな」
「……ね、ユウヒ」
「ん」
「それだと、チェックメイトだよ。はい、僕の勝ち」
「んなっ……や、やるじゃねぇか。い、今のは肩慣らしだ。もう一回やんぞ!」
「フフ、いいよ。何度でもやろう――」
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