第6話 フィルネリア=エルメール《1》
「――おい、フィル、どうした?」
「……ん、えっと……」
ボーっとした様子で、片手で頭を押さえるフィル。
――最近、フィルの様子がおかしい。
こんな感じで何だかボーっとしているのが増え、心ここにあらずといった様子で、遊んでいる最中も突然黙ったり、頭を押さえたり。
彼女の両親も少し心配になったようで、ウチの両親に何事か相談しているのをチラホラと見かけている。
ただ、少し前にこっそり魔法で状態を確認してみたのだが、その時は特に異常がなかったので、肉体的には健康なはず――なんて思っていたのだが、今日は、いつもとは様子が違っていた。
「ユウヒ……ユウヒだよね? そう、君は君……」
「フィル……?」
「だけど、何だか、二人いるみたいで……いや、そうじゃなくて、一人なんだけど、それは僕も同じで……えっと……」
「何言って――あっ、おい!?」
フラッと身体から力が抜け、倒れそうになるフィルを、慌てて抱える。
荒い息。
額に手を触れると――熱い。
明らかに平熱ではない。
彼女の魔力の循環を確認してみても、やはり、動きが淀んでいる。
体調が崩れた際、それが顕著に表れるのは魔力だ。
体内魔力が正常に流れていればほとんどの場合は健康だが、そこに淀みや停滞が生じていると、必ず肉体のどこかに異常が発生しているのである。
……今日は森の方まで行かず、家の庭で遊んでいて助かった。
「リュニ、母さん呼んで来てくれ!」
「……ん!」
驚いて泣きそうになっていたリュニに頼むと、彼女は強く頷き、すぐに駆け出す。
その間に俺は身体強化魔法を発動し、フィルをおんぶすると、妹の後を付いて家に駆け込んだのだった。
* * *
「――いいよ、おっさん、ローラさん、俺が見てるから。幼馴染だし」
「……わかった。助かる、ユウヒ。頼むぞ」
「ありがとう、私達もちょくちょく見には来るけれど……何かあったら、教えてね?」
そう言い残し、まだ色々と仕事があるフィルの両親は部屋から去って行った。
「さて……我が幼馴染よ。今の俺なら、お前の要望は大概聞いてやるぞ。何かあれば言ってくれよ?」
「……スー……スー……」
魔力を練り上げ、疲労回復の魔法を発動して掛けてやると、フィルの辛そうな表情が幾ばくか和らぐ。
俺も回復魔法は幾つか覚えているのだが、それらはほぼ怪我とかに作用するものばかりで、病気を治せるようなものは使えない。
まあ、親父が連絡を取って家に来てもらった医者によると、熱は高いがただの風邪だろうとのことなので、基本は自然回復が良いだろう。
子供の頃から回復魔法ばっか使って風邪を治していると、肉体に抗体が生まれず、身体が弱くなるってのが常識だしな。
医者がしっかりと診断して処置してくれた後なので、とりあえず体力さえあれば風邪が酷くなることもないだろうし、俺が手出し出来るのはこれくらいが限界か。
俺はフィルの眠るベッドの隣に椅子を持ってくると、親父の蔵書から借りてきた魔法関連の本を開き――ガチャリと部屋の扉が開かれる。
顔を向けると、そこにいたのは、俺の妹リュニ。
何故か彼女は、肩紐の付いた水筒を、一つではなく二つぶら下げていた。
「お、リュニ、どうした?」
「……これ、お母さんに聞いて作った。カゼの時に飲むジュース」
そう言ってむんずと水筒の紐を掴み、こちらに見せる。
「おぉ、そうか。――って、二つあるが、両方リュニが作ったのか?」
「……違う。こっちがリュニ。こっちがお母さん」
む……?
少々怪訝に思っていると、心配そうな表情でリュニが問い掛けてくる。
「……フィル、大丈夫?」
「勿論大丈夫さ。お前だって、熱出して寝込んだこと、あるだろ?」
「……ん。とても辛かった」
「あぁ。けど、ちゃんと治っただろ? だから、大丈夫だ。ちょっとの間、お前とは遊んでやれなくなるが……」
「……フィルが大変そうだから、がまんする」
「偉いぞ。コイツが治ったら、また三人で遊ぼうな」
ポンポンと頭を撫でてやると、リュニはトテトテと部屋から去って行った。
彼女がいなくなったタイミングで、我が妹が作ったという病人用ドリンクをペロッと舐めてみると……。
「……リュニの奴、レモンと砂糖、入れ過ぎたな」
すっげぇすっぱい。そしてすっげぇ甘い。
念のためウチの母が作ったという方を舐めてみると、そちらはちゃんと美味しい飲みやすいものだったので、決してそういう濃いドリンク、ということはないだろう。
我が母が二つ持って来させた、ということは、つまりフィルには母さんのを飲ませ、リュニの分は俺が飲めってことか。
……たくさん入れた方が美味しいだろう、なんて考え、ドバドバと調味料やら何やらを突っ込むリュニの姿が目に浮かぶな。
我が妹には、その内『大は小を兼ねる』は場合によるということを教えてやるとしよう。
――そうして、合間合間にフィルの額のタオルを変え、回復魔法を掛けてやり、暇な間は読書や魔力を練って訓練し、時間を潰す。
それなりに経っただろうか。
空がオレンジに染まり始めた頃、視界の端で、フィルが
「ん……」
顔を向けると、ゆっくりと上半身を起こしている、幼馴染。
「起きたか。調子は――いや、まずは水分補給だな」
「あれ……君は……えっと……」
まだ
俺は母さんが作った方の水筒のフタを開け、それをそのままコップにして中身を注ぎながら、肩を竦めて答える。
「ユウヒだぞ、ユウヒ。お前の幼馴染の――」
「――
「――――」
コップを渡そうとしたところで、俺は、身体を硬直させた。
不思議そうな顔で彼女が話した言葉の、決定的な意味が脳味噌に浸透すると同時、固まっていた口を動かし、問い掛ける。
「……俺が、
「終焉の荒野……でしょ? 何にも気にしないで、戦えるようにって……」
「……そう、だったな」
――あぁ、マジか。
確定だ。
俺の幼馴染は、勇者の生まれ変わりだ。
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