第8話 元魔王、元勇者、知識共有する


「ぐわーっはっは!! 勇者よ、貴様程度の力で、この最強魔王――ユウヒ=デーモンキングを倒せるか!?」


「……きょーてき」


 俺の前に立つ勇者――と言ってもフィルではなく、我が妹リュニが、むむむと唸って構えを取る。


「食らえ、我が必殺の刃!! 『魔王覇滅刃!!』」


「……甘い。『むてきバリア』。攻撃はぜんぶはね返す」


 ハーッ! とビームを出すようなポーズをする俺に、身体の前で腕をクロスさせ、むん、と防御の姿勢を取るリュニ。


「流石だな、勇者!! だが、戦いはここから――いっ!? いひひひっ!!」


「……甘い甘い。こっちの攻撃は、まだ終わってない」


 突進してきたリュニは、そのまま俺の両脇に腕を伸ばし、くすぐりを開始する。


 たまらず逃げようとするこちらを逃がさず、ソファに転がった俺に乗っかり、拷問にも使用されることのある恐ろしい攻撃を続ける我が妹。


「ちょ、ま、待て、くふっ、ふふふふ、わかった、おっ、俺の負けだ、あひひひっ!」


「……まおー、呆気なし」


 マウントを取ったまま、Vサインをするリュニ。


「く……認めよう、お前は強い。――だが!」


 リュニの下から抜け出した俺は、彼女と再度正面から対峙するように立つと、ビシィッ、と指を突き付ける。


「これで終わりだと思ったのであれば大間違いだ!! クックックッ、恐れ慄くがいい!! 我にはまだ――」


「……にぃ、おののくって?」


「怖がってブルブル震えるってことだ。怖がることって覚えておけばいいぞ。――我にはまだ、第二の姿への変身が残っている!!」


「……へんしん……ワクワク」


 無表情ながらも、言葉通りワクワクしていることがよくわかる様子のリュニの前で、俺は「ほああああっ!」と唸りながら、変身のポーズを取り――。




 窓の外で、フィルがニコニコと、いやニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべ、こちらを眺めていた。




 その視線に気が付いた瞬間、硬直する俺。

 だんだんと、自身の顔が赤くなっていくのを感じる。


「……あ、フィルだ」


「こんにちは、リュニ」


「……こんにちは」


 固まる俺の横で、のんびりと挨拶する二人。


「い……いつから、見てた?」


「君がノリノリで『ぐわーっはっは、勇者よ、貴様程度の力で、この最強魔王――ユウヒ=デーモンキングを倒せるか!?』って口上を言ってたとこから」


「最初っからじゃねぇか!?」


「『魔王覇滅刃』!」


「ぐわああああっ!? や、やめろぉぉッ!!」


 キリっとした顔でさっきの真似をするフィルを見て、恥ずかしさのピークに達した俺は、身体を捩らせて絶叫する。


「……おー、フィルがにぃに勝った。めずらしい」


 意外そうな様子で、そう言葉を溢す我が妹。


 ……リュニは、当然ながらフィルに前世の記憶が蘇ったことを知らないからな。

 不思議に思うのも無理はないだろう。


「あははは、いやー、君って面倒見が良かったんだねぇ。リュニの相手も、僕の相手も・・・・・、何だかんだ言いつついっつもしてくれてたもんねぇ」


 ピクピクと頬を引き攣らせる俺を見て、非常にいい笑顔で笑うフィル。


「グッ……可愛くねー奴め……」


「あ、酷いなぁ。今までの僕も、今の僕も、全部同じ僕なんだよ? 前はあんなに可愛がってくれたのに……」


 わざとらしく「可愛がって」のところを強調する我が幼馴染に、俺はジト目を向ける。


「……ちょっとわかってきたが、お前、結構いい性格してるよな」


「えー、そんなことないよ。純真無垢なただの幼女だよ」


「純真無垢な奴は自分のことを純真無垢とは言わねーんだ」

 

 その俺の言葉も全く気にした様子はなく、表面上はニコニコと可愛らしく見える笑みを崩さないフィルに、俺は一つため息を吐き出した。


「……んで、何か用か? 茶化しに来ただけなら、魔王の仲間になってもらうぞ」


「えっ、そこは勇者の方の仲間じゃないの?」


「何言ってんだ、勇者に仲間はいらねーよ。こういうのは、圧倒的な戦力を誇る強大な敵に立ち向かっていくのが楽しいんだろ?」


「……ん。にぃはよくわかってる」


 俺の言葉に、うんうんと首を縦に振るリュニを見て、フィルは何とも言えなさそうな顔で苦笑を浮かべる。


「……君達、やっぱり兄妹だね」


「今更だな。――で、本当に何しに来たんだよ」


「いや、ユウヒと色々検証したいなって思ってたんだけど……とりあえず僕も、勇者と魔王ごっこに参加しようか」


「おう、じゃ、お前、魔王の悪の手先その一な。手下っぽく、語尾は『~でげす』で」


「わかったでげ――それは言わないからね?」


 思わず一瞬言いそうになり、少し顔を赤くするフィルに、ようやく意趣返しが出来て内心ちょっと嬉しくなる俺だった。



   *   *   *



 ――いつものようにリュニが遊び疲れ、自室で昼寝に入ったのを見届けた俺とフィルは、中庭で顔を突き合わせていた。


「それで……最初にこれを聞いておきたいんだけど、この世界、前世とは違う世界だよね?」


「あぁ、それは間違いないと思うぜ。こっちの歴史と前世の歴史に類似性は皆無だったし、大陸の数も違うようだしな」


 そのことは、今日までの日々でほぼ確信している。


「やっぱりそっか。魔法は……あんまり変わらないと」


「あぁ。発動の感覚はほぼ同じだ。ただ、理論とかに関してはこっちの世界の方が進んでるっぽいな」


 シュボ、と手のひらに火球を出現させるフィルに、そう答える。


 まだそこまで確認出来た訳じゃないが、基礎魔法理論や魔法工学の分野は、こちらの世界の方が圧倒的に進んでいるらしいことはわかっている。


 単純に、生活水準も高いし。


 ただ、その根幹たる魔法が違和感を感じずに発動させられるということから考えるに、人の生きられる環境は、世界が変わろうともそう大して変わりはしないということなのだろう。


「そうみたいだね。今までの僕が見た限りでも、前世になかった便利な家具がこっちの世界にはいっぱいあるようだし――って、うわ……魔力の減り方が凄い。そっか、僕の持つ魔力も、子供相当になってるのか」


 出現させていた火球がヒュゥ、と勝手に消え、フィルは「ちょっと困ったね、これは……」と小さくため息を溢す。


「先に意識を確立した身として言っておくが、前世の感覚は早めに忘れておかないと酷い目見るぞ。普通に怪我するからな」


「あぁ……そう言えば君、お父さんとの稽古で、よく脱臼とかしてたっけ」


 その時のことを思い出したのか、納得顔を浮かべる我が幼馴染。

 俺が怪我をしてたのは、コイツもよく知ってるからな。


「本当に……面白いこともあったもんだよ。君とこうして、幼馴染になるなんて……」


「はは、そうだな。天文学的と言える確率だろうよ」


「うん……運命的って言っても、いいくらいだよね」


「お? おう……ま、まあ、そうだな」


「しかも、もうお風呂にも一緒に入って、裸の付き合いをした仲でもあるし……」


「フィルさん!?」


 少し顔を赤らめ、わざとらしく頬に手を当ててそう言うフィルに、叫ぶ俺。


「お、お前……それはノーカンだろ。お互いガキなんだし……」


「でも、その時君はもう、記憶が戻ってたんでしょ? ……えっち」


「――――」


 今俺は、どんな顔をしていることだろうか。


「ふふ……あははは、冗談、冗談だって。そんな顔しないでよ」


「お前、お前なぁ。そういう返答にすげー困る冗談はやめろよ……」


「ごめんごめん、もう真面目にやるから」


 屈託なく笑いながら、そう言うフィル。


 ……コイツ、結構いたずら好きっぽい性質タチだよな。


 小悪魔的というか。奔放な猫っぽさがあるというか。

 元々、そういう面がある幼女ではあったが、記憶が戻ったことでそれが増した感じである。


 全く……。


「ちょっと、浮かれてるのかもね、僕は。この平和なところで、君とのんびりすることが出来て」


 本当に嬉しそうにそんなことを言うフィルに、ふと気になり、問い掛ける。


「……俺が死んだ後は、どうなったんだ?」


「何にも変わらないよ。魔族との戦争には勝って、彼らは大人しくなったけれど、代わりに人間同士が戦争を始めたし、それに呆れてこっちに味方してくれていた他種族は離れちゃってね。僕も、結局味方だと思ってた勢力に暗殺されちゃったし」


「……そうか」


 自身の最期を、ただ淡々と話すフィルに、それだけを返す。


 ……俺は、好きなようにやって、好きなように死ぬことが出来た。

 だが、コイツの方は、そういう風には行かなかったのだろう。


「そりゃあ、こっちの世界にも争いはあるんだろうけど、でも少なくとも今は平和でしょ? だから……こうして、さ。敵だった君とくだらない話をして、のんびりして、ふざけられるのが、すごく嬉しくて、満ち足りた感じがして……」


 クサいことを言っていると自分でも思っているのか、ちょっとはにかみながら、ポリポリと頬を掻くフィル。


 ただ――彼女の言いたいことは、痛いくらいに、俺にも理解出来た。


 俺達には、許されなかった。


 子供が子供らしく振る舞うことを。

 命のやり取りから逃げることを。

 ただのんびりと、陽に当たって一日を生きることを。


 時代と環境が、それらを良しとしなかったのだ。


 俺は、彼女に何と言うべきか少し悩んでから……徐に、口を開く。


「……フィル」


「ん?」


「お前……結構恥ずかしいこと、普通に言えるのな」


「この流れでその反応はヒドくない!?」


 かぁっと顔を真っ赤にし、思わずといった様子で声を荒らげる我が幼馴染。


 うむ、こういう時の表情は、やっぱりフィルって感じがするわ。


「ははは、冗談、冗談だって! ――けど、フィル。満足するのはちょっと早ぇんじゃねぇか? まだ俺達はガキで、何にもやってねぇ。これからだ。これから俺達は、何でも出来るんだ」


「……うん」


 そう、俺達はまだ子供。 

 プロローグもプロローグだ。


 生きることを楽しむのは、これからである。


「つっても、のんびりするのも、ふざけるのも、確かにいいもんだけどな。ま、何でも付き合ってやるさ。なんせ俺は、お前の幼馴染だからよ」


 肩を竦めると、まじまじと俺の顔を見詰めるフィル。


 その瞳に、様々な感情の色を見せ――そして、口を開く。


「……じゃあ、お買い物だけで一日過ごしたりとか、してみたいから、付き合って」


「おう、いいぞ」


「お茶の練習とかも、してみたいから付き合って」


「お茶? ……お、おう、いいぞ」


「お菓子作りとかも、興味あるかな」


「お前、あれだな? わざとちょっと、俺がやり辛いようなのを挙げてるな?」


「付き合ってくれるんでしょ?」


「……付き合ってやるけどよ」


 フィルは花のような笑顔でクスリと笑みを溢すと、言葉を続ける。


「ユウヒ」


「あん?」


「ありがと」


「おう」


 俺は、笑った。

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