第9話 幻想を奏づ龍
――それは、特に何もない、穏やかな日の午後だった。
森の中で、いつものように魔法の訓練をしたり、ニコニコ顔で乱入してきたフィルと魔法に関する議論をしたり、さらに自分も混ぜろと妹が突撃してきたため訓練をやめて三人で遊んだりしていたその時――俺は、空にソレを見つけたのだった。
三体で編隊を組み、空を飛ぶ『何か』。
鳥ではなさそうだし、魔物か、それとも魔導航空機か何かかと思ったのだが……しかし、それにしては、小さい。
興味を惹かれ、目を凝らして眺め――そこで俺は、ようやくソレが何なのか、ということに気が付く。
ソレは、
人間が装備を身に纏い、空を掻き分け、飛んでいたのだ。
無機質で角張った機械の翼を身に着け、まるで翼人族であるかのように、飛んでいたのだ。
俺がバカみたいにぽかんと口を開けていると、彼らはどんどんと近付いてやがてウチの庭に降り立ち、それに気付いた親父が家から出てくる。
元々連絡があったのかは知らないが、親父は特に何事もなく当たり前のように対応し、何事かの会話を交わした後、彼らは再度空に上がって我が家を去って行った。
俺は、その姿が見えなくなるまで、ずっと彼らを見詰めていたのだった。
* * *
「――親父! さっき、空を飛んでて、ウチの庭に降りた奴! アレ、何だよ!?」
「ん? 『イルジオン』のことか? ……そうか、そう言えばユウヒはまだ見たことがなかったか。ふむ、いい機会だし、見せてあげよう」
自身でも高揚していることがわかる声音で問い掛けると、書斎にいた親父はそう答えながら椅子を立ち上がる。
「見せる……? ウチにもあるのか?」
「あぁ。今までは内緒にしていたがな。付いて来なさい」
そうして親父に連れられたのは――家の敷地の端っこにある、倉庫のような小屋。
ここは、中には絶対に入るなと、キツく言われていた小屋である。
別に興味も惹かれなかったので、言われた通り入ることはしなかったのだが……。
そのまま親父はポケットから取り出した鍵で扉を開けると、中へと入って照明を点ける。
「……なるほど」
――ここは、
魔力を流し込むことで数多の効果を発揮するマギブレード、通常の弾丸の他に魔力をそのまま弾として発射することも可能な魔導ライフル、それ以外にも様々な銃器と刀剣類がラックに掛けられて保管されており、手入れ用の作業台もあって、中々に本格的な保管部屋といった感じだ。
そう言えばウチ、これでも貴族家だったな。
現在ではほぼお飾りみたいなものだが、それでも何か万が一が起きた時のために備え、準備してあるのだろう。
入っちゃいけないと口を酸っぱくして言われる訳だ。
ただ……一つ気になるのは、武器のサイズが、
銃器は大口径が基本で、剣も両手剣のサイズのものばかりである。
人間が生身で使えないこともないだろうが、相当扱い辛い類の武器ばかり置いてあるのだ。
「ユウヒ、頭の良いお前ならわかっているだろうが、今日が特別なだけだ。これからもここには入っては駄目だぞ?」
「わかってるよ、リュニに怪我させる訳にいかないしな」
ここに俺がこっそり入ろうものなら、まず間違いなく我が妹も付いて来たがることだろう。
子供を侮ってはいけない、如何にこそこそしようとも、底知れぬ嗅覚でそれに気付くのだ。
特に我が妹は、表には見せないが好奇心旺盛な奴だしな。
その俺の言いたことを理解したのか、親父は笑いながら俺の頭をポンポンと撫でる。
「ハハ、そうだな。お前は悪ガキだが、本当に駄目なことの区別はちゃんと出来る子だったな」
「親父、自分の息子に面と向かって悪ガキって言うのは、どうかと思うぜ」
「お前がそう言われて気にする子だったら、言わないさ」
わかってらっしゃる。
流石俺の父親か。
「さ、こっちだ」
キョロキョロと辺りを見回している俺を促し、親父は武器庫の中に設置されていた、一際デカく存在感を放っている円筒形のロッカーのようなものの鍵を開け――。
「これが、お前が見たもの――歩兵空戦ユニット、『
そこにあったのは、鎧。
いや、鎧というよりは、概念的には強化外骨格――
サイズは、大人より少し大きい程か。
装甲は鎧に比べれば少なく、最小限のもののみで、ヘルムすら存在していない。
ただ、代わりにシールド生成装置だと思われるものが装備されており、これが対物魔障壁として機能するのだと思われる。
恐らく、軽量化させつつ、だが一定以上の強度を実現させるための措置だろう。
この部屋にあった武器は、コイツに乗って運用することが前提の装備だったのか。
だから、一個人が扱うには重量的にもサイズ的にもデカいものばかりが揃っていた訳だ。
そして、コイツの形状と備わっている装備からして――。
「これが……飛ぶのか」
つい少し前に見た、雄大に空を飛ぶ姿。
背面に備わっているこの推進器が展開し、飛行を可能とするのだろう。
「あぁ、そうだ。飛行術式が組み込まれていて、大空を自由自在に舞うことが出来る。ただ、制御が難しいから、かなり慣れが必要になるな」
「おぉ……」
父親の声に、微笑ましいような響きが含まれていることにも気付かず、俺は感嘆の声を漏らし、イルジオンに魅入る。
――男なら、これに憧れないと言ったら、嘘だ。
心臓が高鳴る。
自分が、興奮していることがわかる。
今すぐに乗ってみたいところではあるが……この身体では無理だ。
物理的に操作不可能だろう。
「……親父、これには、どうやったら乗れるようになるんだ?」
「フッフッ、そう言うと思ったよ。そのためには、専門の学校に通う必要がある。年齢的にも、背丈の問題としても今は乗れんが、まだまだ時間はある。焦らず大きく育つことだ」
ポンポンと俺の頭を撫で、親父はそう言ったのだった。
――今日まで、特に目的もなく、ただのんびりと日々を過ごしてきた。
それはそれで楽しかったことは間違いないが……今、俺がこの世界でやりたいことが、初めて明確に形となったかもしれない。
全く……最高だな、この世界は。
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