第12話 入学試験《2》



 ――セイリシア魔装学園の教師達は、感心するような、あるいは呆れているような、そんな面持ちで緊急会議に参加していた。


 彼らが見ているのは、壁のスクリーンに投影された、実技試験会場に設置されていたカメラの映像である。


「……ガルグ。愚かなことを、念のため先に聞いておくが……あれは他の受験生達と同じ機体を使っているのだな?」


 老いた男の質問に、軍人を思わせるゴツイ身体付きをした、実技試験の総監督をしていた教師が答える。


「それは間違いなく。一応確認しましたが、彼らが乗っている訓練用イルジオンに、手を加えられた形跡も一切ありませんでした。あまりの出力の高さに、内部回路が焼き切れる寸前にはなっていましたが」


 今回、教師達が緊急会議を開いているのには、理由がある。


 ――二人の突出した実力を持つ受験生が、他の受験生を軒並み撃墜してしまったのだ。


 人数が多いため、四つの組に分けて実技試験を行ったのだが、そのせいで彼らと同じ組になった受験生のほとんどが、評価ゼロのまま脱落。


 多少活躍出来た受験生も、低ポイントの者ばかりで全く差が生まれず、試験自体の意味がほぼ無くなってしまったのだ。


「となると、これらは全て彼ら自身の能力という訳か……これだけとなると、すでに在校生の上位と同じレベルだな」


「……否定は出来ませんね」


 彼らが見ている映像では今、男子受験生が獣を思わせる獰猛な高笑いをしながら、並のイルジオンならば一刀両断しているんじゃないかという程の鋭い斬撃を相手の女子受験生へと放ち、だが女子受験生は女子受験生で巧みな機体捌きで簡単にそれをいなし、的確な反撃を加えている。


 どの攻防も非常に洗練され、どこぞの部隊の者が紛れ込んだのではないかとすら思える程の戦闘である。


 この二人を相手にしてしまえば、確かにそこらの受験生など欠片も相手にならないことだろう。

 いや、実際、そういう結果になってしまったのだ。


 そもそもとして、実技試験でここまでの実力差が出ることなど、想定されていない。


 何故なら、受験生は皆一様に、正式なイルジオンに乗るのは初であるはずなのだから。


 その中でも、センスがある者はやはり光るものがあり、良い動きをするため、毎年実技試験を行っている訳だが……こうなってしまっては、あの二人と同じ組で試験を受けた受験生を全員集め、再試験を行うしかないだろう。


「突出した天才というのも、困ったものだ。例年再試験はやっているが、この規模となると初か」


「少し記憶にありませんな。……今年は、忙しくなりそうです」


 彼らは確実に増えるであろう残業のことを思い、苦笑混じりのため息を溢したのだった。



   *   *   *



「ユウヒ、学園からの合否通知が届いたぞ!」


「お、ようやくか」


 リビングで郵便物の整理をしていた親父から、俺は一通の封筒を受け取る。


「……にぃ。にぃがどんなになっても、私はにぃの妹だから」


「おう、我が妹よ。俺が落ちたことを前提に話すのはやめてもらおうか」


 背が伸び、女性らしさが出て来たリュニにそう答えながら、俺は封筒の口をビリッと破り中の紙を取り出す。


 ずらっと並ぶ文字の、上から順に目を通し――。



 ユウヒ=レイベーク:合格

 ・筆記:11位

 ・実技:2位



「ん、まあ、こんなもんか」


 合格か。大丈夫だろうとは思っていたが、実際にこの文字を見るとほっとするな。


 んで、筆記は置いて、実技は2位と……フィルとは最後まで決着が付かなかったので、アイツと俺は同率のはず。


 となると、そうか、俺達よりも上の奴がいたのか。


 自分で言うのもアレだが、戦闘経験に関して言えば、この世界において俺もフィルもトップクラスであるのは間違いないだろう。

 だから、少なくともただの受験生程度に戦闘で負ける気はしないのだが……にもかかわらず上回られたということは、恐らくイルジオンの操作で差が出たのではないだろうか。


 ちょっと悔しい気もするが、純粋に大したものだという思いが湧くな。


「おぉ! すごいじゃないか、ユウヒ! あの学園でこの順位なんて、今日はお祝いをしなきゃな!」


「わっ、ちょっと、やめろって、親父」


 俺よりよっぽど嬉しそうに喜び、ワシャワシャと頭を撫でてくる我が父。


 大分気恥ずかしくはあるが……俺はその手を振り払わず、ただ苦笑を溢す。


 親とはきっと、こういうものなのだろう。


「……おー、にぃ、すごい」


「よーし、今日はお母さん、気合入れて料理作るわ!」


「……やったぁ。楽しみ」


「お前、俺より先に喜ぶなよ」


 と、皆で笑っていると、家のチャイムが鳴る。


「お邪魔します! ユウヒ、結果出たー?」


 入って来たのは、フィルと彼女の父親であるおっさん。


「おう、出たぞ。どうやら、実技で俺らより上の奴がいたらしい。大したもんだよな」


 ヒラヒラと俺の成績表を我が幼馴染に見せると、彼女はそれに目を通し、ニッと笑って自身の成績が書かれた合否通知をこちらに見せ――。



 フィルネリア=エルメール:合格

 ・筆記:5位

 ・実技:1位



「イエイ」


 ――そして、ピースした。


「んなっ――何ぃっ!?」


「へへーん、僕の勝ち」


 ここぞとばかりにいい笑顔をするフィルの成績を穴が空く程見詰めるが、何度見ても、当然ながらその数字は変わらない。


 筆記で負けているのは……まあいいのだ。

 人より早く勉強することが出来ただけで、別に俺は上等なおつむを持っている訳ではない。むしろ、11位ってのも出来過ぎなくらいだ。


 だが――何故、俺の実技とフィルの実技で点数に差が出る?

 

「お、俺とお前の決着は、最後まで付かなかったはずだぞ!?」


 愕然とした思いでそう言うと、フィルは満面の笑みを浮かべて答える。


「君と戦ったら、もしかすると試験時間だけじゃ決着が付かないかもって思って、その前にいっぱい他の子を落としておいたんだよ」


「ぬ……!!」


 そ、そうか。

 俺達の戦い自体は引き分けだったので、勝手に同率だと勘違いしていたが……そもそも試験なのだから、互角であった場合どこか別のところで評価されるのは、考えてみれば極々当たり前のことだった!


 撃破数が大きな点数になるだろうことは事前にわかっていたのだし、つまりコイツは、ポイントの優位を確保出来たと判断したからこそ、俺がさらにポイントを得るのを阻止するため、その段階で攻撃してきた、ということなのだろう。


「お、お前、そんなとこまで見越してやがったのか!?」


「君と身体を動かすことで勝負すると、大体勝率が四割か三割くらいになっちゃうからね。なら、それ以外のところで勝負しないとって思ってさ」


「ぐ、ぐぬぬ……い、いいだろう! 今回はお前の勝ちを認めてやろう。だが、この程度で勝ち誇られても困るな! まだこれは小手調べ、ここからが本当の勝負だぜ!」


「フフ、いいよ。またいっぱい勝負しよ」


 宣戦布告する俺に、フィルはとても楽しそうに、ニコニコと笑っていた。


「……この子達は、昔から本当に変わらないな」


「ハハハハ、良い成長をしてくれたものだな!」


 ちなみにその俺達の横では、親父が苦笑を溢し、フィルの親父であるおっさんが大笑いしていたのだった。

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