第13話 入学式《1》



 ――脈動する。


 ドクン、ドクン、と。


 自らは、ここにいると。


 脈動は、悲鳴。

 脈動は、すすり泣く声。

  

 孤独な叫びを聞き入れるのは、深海を漂う魚と、魔物のみ。


 近場でそれを聞いた生物は、力無きは耐えられず絶命し、生き残ったとしても脇目も振らずその場から逃げ出し、再び無が訪れるのだ。


 そうして孤独は、増幅してゆく。


 ――脈動する。


 さめざめと。


 誰かに、届いてくれと――。



   *   *   *



 セイリシア魔装学園には、二つ学部が存在する。


 イルジオンに関連する技術を学ぶ『幻龍学部』と、魔法研究を専門に学ぶ『魔導学部』の二つである。


 この中でも『幻龍学部』の方は、機龍士ドラグナー候補が所属する『機龍士科』、イルジオンの装備や整備に関してなどを学ぶ『機工科』と別れ、魔導学部でも同じような感じで別れていて、色んな方面の知識が学べるようになっているようだ。

 ちなみに、勿論俺が所属するのは『幻龍学部』の、『機龍士科』である。


 その他にも、少し別の枠で『情報科』や『普通科』なんかがあるそうだが、ただ学部間の垣根は低く、授業によっては合同で受けたりということもあるらしい。


 やはり首都の名を関するだけあって、それに見合うだけの規模があるらしく、こうして周囲を見渡しても幾つもの校舎があることがわかる。


 それぞれの学部や学科、授業なんかで、使用する校舎が違うのだろう。


 ――つまり、何が言いたのかと言うと、迷いました。はい。

 

 フィルと早めに登校し、時間があるからとフラフラ学内の散歩に出たのが失敗だった。

 好奇心の赴くままに歩いていたせいで、気が付いた時には自分がどこにいるのか全くわからなくなってしまっていたのだ。


「マズい……そろそろ大講堂で入学式が始まるはず」


 入学早々、サボりを行ったという不名誉をこうむってしまう。

 今頃、フィルが呆れた顔をしているのではないだろうか。


 いや、けど、これは正直誰だって迷うと思う。

 あまりにも広過ぎるのだ、敷地が。


 同じような形の校舎が数多あるし、森とか山とか庭とか海とかが敷地内に存在するし。

 庭はまあ広いところならあってもおかしくないだろうし、海辺に面した学園なので海があるのもわかるが、山ってなんやねん。ここ、大都会の中のはずなんだけど。

 訓練用で用意されているのだろうか。


 これは、俺じゃなくても普通に迷うと思う。

 下手をすると、一日は大袈裟でも半日くらいだったら彷徨ってしまいそうだ。


「――って、お? ここは……」


 不審者よろしく辺りをキョロキョロしながら徘徊を続けていると、いつの間にか見たことのある建物が近くに立っていることに気が付く。


 あれは確か……入学試験で一度入った、イルジオンの格納庫だ。


「……どうせ今から講堂行っても、間に合わねーだろうしな」


 もうなんか、面倒くさくなってきてしまった俺は、胸に沸いた好奇心のままに、格納庫へと足を向ける。


 ここは壁の一面が大扉になっており、完全に開け放たれているそこから顔を覗かせると、以前と変わらずズラッと並ぶイルジオンの様子が窺える。


 うむ……素晴らしい。

 

 この光景は、こう、どうしても男としてワクワクしてしまうものがある。


「あれ……君は確か、ユウヒ君だっけ」


 勝手に入ってもアレなので、入り口付近で中の様子を眺めていると、そう声を掛けられる。


 視線を向けると、整備していた機体から顔を上げ、こちらを見ている、ラフな格好をした見覚えのある少女。


「お。えっと……デナ先輩」


 入学試験の際、俺の機体調整を行ってくれた女子生徒だ。


 こうして改めて見ると、美人な先輩だな。


 ポニーテールのブラウンの髪に、切れ長の双眸を持つ整った顔立ち。

 女性としてはスラリと背が高く、可愛いというよりは美人という言葉が似合う人である。


 サバサバした雰囲気は纏っているが決して人を寄せ付けない感じではなく、男女関係なく人気がありそうだ。


「名前、覚えててくれたんだ。――って、ユウヒ君、今の時間、新入生は大講堂で入学式やってるはずだけど……」


「迷っちまったんすよ。フラフラしている内にこの格納庫が見えたんで、どうせ入学式には間に合いそうもないし、ちょっと覗いてみようかと」


 そう言うと彼女は、呆れたような顔をする。


「学園初日からサボりとは、なかなかやるねぇ、君」


「不可抗力です」


 実際、意図してサボった訳じゃないし。


「知ってる? 普通新入生なら、遅刻しそうになったらもうちょっと焦るものなんだよ」


「すげー焦ってますよ? 冷や汗ダラダラで、もうどうしたものかと」


「ふーん、そう。どうやら君と私とでは、焦るという概念に違いがあるようね」


 うむ、アレだな、なかなか話しやすくて良い先輩だな。

 

 と、そんな会話を交わしていると、近くにいた先輩らしき生徒が二人、こちらに寄ってくる。


 背の高い男子生徒と、逆に背の低いちょっと気弱な感じの女子生徒だ。


「お? 新入生か?」


「デナ先輩、その子は?」


「そう。迷ってこんなところまで来ちゃったんだって。多分、みんなも見てると思うけど、入学試験で大剣持って暴れ回ってた子。名前はユウヒ君」


「へぇ……」


「あぁ……あの子」


 デナ先輩の言葉に、二人が興味深そうな視線をこちらに送ってくる。


「? 俺のこと知ってるんすか?」


「そりゃあ、受験生があれだけずば抜けた動きを見せてたら、有名にもなるわよ。もう一人の子も凄かったし、多分ドラグナー関係の二、三年生のほとんどが、君達の戦いの映像を見てるんじゃないかな」


 マジか。


 あのフィルとの勝負は俺もメチャクチャ楽しかったが、結果を見れば負け試合だしな……それをすげー見られているというのは、微妙に複雑な気分なんだが。


「あ、紹介しておこうか。そっちの背の高いのがアルヴァン=ロードレス。三年で、君と同じ機龍士科。そっちの小っちゃくて可愛い子がカーナ=レイン。二年で、こっちも機龍士科ね。だから、機龍士科で何かわからないこととかあったら、二人に聞くといいわよ」


 アルヴァンと紹介されたのが、金髪に体躯の良いキッチリとした感じの男子生徒で、カーナと紹介されたのが、どことなく小動物っぽさのある小柄な黒髪の女子生徒だ。


「ユウヒと言ったな。これからよろしく頼むぞ、後輩。一つアドバイスしておくと、デナは怒らせるとすんごい怖いから、なるべく逆らわないようにした方がいい」


「せ、先輩、その紹介の仕方は、やめてほしいんですけど……えっと、よろしくね、ユウヒ君」


 男前にニッと笑う男子生徒、アルヴァン先輩に、ちょっと困ったように笑う女子生徒、カーナ先輩。


「とりあえずアルヴァン、アンタの機体調整は最後に回すから」


「……こういうことになるからな。俺達機龍士ドラグナーは機工科の連中には逆らえないから、お前も出来る限りで仲良くしておくといいぞ」


「うす! よろしくお願いします、先輩方。あと、デナ先輩には絶対服従することにします。デナ先輩、缶ジュースでも何でも、言ってくれれば買って来ますんで」


「あぁ、良い心がけだ。ちなみに言っておくと、デナは鉄の女、という感じの雰囲気を醸しているが、味覚に関して言うと甘党だ。コーヒーやパンなら、一番甘いのを買うといいぞ」


「よし、二人とも、ケンカを売っているんなら成功よ。是非とも買ってやろうじゃないの」


「あはは……」


 右手に握ったレンチを左手にパシパシさせるデナ先輩の横で、俺達のやり取りを聞いていたカーナ先輩が苦笑を溢し――その時だった。

 



 Boooo、と、ブザーが格納庫内に鳴り響く




 瞬間走る、ピリッとした空気。


 格納庫内にいた生徒達全員がキビキビと動き出し、今までやっていた全ての作業を中断させ、イルジオンの何かしらの調整を開始する。


 やっているのは……出撃準備・・・・、か?


「! このタイミングで……」


「デナ! 何番から何番までを出す!?」


 機工科らしい生徒の一人が張り上げた声に、デナ先輩が答える。


「整備中の三番、七番は除いて、一番から十一番までのは全部出せるように! 専用機は私がやる!」


 慌ただしくなる格納庫内の様子を見ながら、俺は顔に緊張の色を覗かせる二年の少女へと問い掛ける。


「カーナ先輩、今の警報は?」


「……今後ユウヒ君も教わると思うけど、今のは魔物・・が近くに出現した時の警報です。陸の魔物の棲息域は付近にはないから、十中八九海からの侵入ですね」


 ――魔物。


 ヒトと同じように、魔法が行使可能な野生生物。

 生物故、敵対的な種も共存可能な種もいる訳だが……警報が鳴っているということは、少なくとも今回に関して言うと、後者ではないのだろう。


「なるほど……魔物の襲来は、よくあるんすか?」


 次に答えたのは、手際良く出撃準備を進めているデナ先輩。


「二ヶ月に一回くらいね。訓練も兼ねて、学園近辺に魔物が出現した際はウチが向かうことになってるの。それで、学生だけで倒せるレベルならそのまま討伐、無理そうなら軍に連絡って感じなんだけど……アルヴァン、どう?」


「少しマズいな。レーダーを確認したが、魔物自体はそこまで強くなさそうだが数が多めだ。脅威度『Ⅳ』はありそうなんだが、タイミングが悪いことにほとんど入学式の方に行ってしまって、すぐに出られる人員が少ない。俺とカーナと、あと二年が二人だ」


 脅威度というのは、そのまま魔物の強さを表す基準である。


 全部で『Ⅰ~Ⅹ』の十段階が存在し、大雑把に分けると、確か――。


 Ⅰ~Ⅲ:イルジオン単騎~分隊相当

 Ⅳ~Ⅵ:イルジオン小隊~大隊相当

 Ⅶ~Ⅹ:旅団~???


 ――となっていたはずだ。


 脅威度『Ⅶ』以上の魔物となると、もはや戦力が未知数過ぎるため、正確な戦力表記が出来ないのである。


「軍に連絡して任せたいところなんだが、残念ながら近付き過ぎている。何を焦っているのか知らないが、かなり飛ぶ速度が速いようだ。このままだと、応援が来るより先に学園に到達するだろう」


「……どうするにしろ、迎撃は必要って訳ね。けど、四人か……ちょっと難しいわね」


 険しい表情を浮かべる、デナ先輩。


 ……ほう。


 人が足りないと。


「――俺、行きますよ」


 その時、自然と俺の口から、そんな言葉が漏れていた。


 彼らの視線が、こちらに向けられる。


「人、足りないんでしょ? 俺も出ますよ」


 そう言うと、少し考える素振りを見せてから、デナ先輩が聞いてくる。

 

「……魔物の討伐経験は?」


「実家が田舎なんで、それなりに」


 それなりどころか、前世を含めれば、この国で俺の魔物討伐数に肩を並べられるのは、フィルくらいだろうがな。


「……危険だよ?」


「この科に入って、今更危険がどうのってのも無いっすよ」


 ジッと俺の目を見詰める、姉御肌の少女。


「……あの映像での動きを見る限り、戦闘は全く問題ない、か……わかった。すぐに君の分のイルジオンを準備する」


「デナ、いいのか?」


 心配そうな様子で聞く、アルヴァン先輩。


「実力があるのは間違いないし、ドラグナーになる以上遅かれ早かれ実戦を経験することになるんだから、問題ないでしょ。――その代わりユウヒ君。そんなカッコ付けて出て行って、ケガでもしたら笑ってやるから」


「うす!」


 不謹慎ながら、踊る心とともに、俺はニヤリと笑みを浮かべていた。

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