第11話 入学試験《1》
機体の準備が終わった後、俺を含む受験生達が連れて行かれたのは、学園の敷地内にある海辺の訓練場だった。
今回行われる実技試験はそこで実施され、数多の障害物が置かれた陸地と、海上の一定範囲までもが移動可能範囲となっており、三十人近くが同時に試験を受けることになるようだ。
評価基準は公開されておらず、幾つかの技能を見るとだけ言われているのだが、ただ撃破数は確実に評価されるだろうと聞いているので、とりあえず他の受験生を多く撃墜すればどうにかなるだろう。
背面に手を回し、大剣の柄を握り締めると、自動で鞘のロックが解除される。
そのまま前に構えてゆっくりと振り、今日の相棒の重さと間合いを確認する。
数度の素振りで、大体の感覚を把握し終えた後――俺は、空を見上げた。
広い、とてつもなく広い、どこまでも繋がっている大空。
すでに戦闘は開始しており、多くの受験生が戦っている様子がここからも窺え、剣戟の音や連続する銃撃音が聞こえてくる。
――あぁ、ようやく。
ようやく、だ。
イルジオンの存在を知ってから、七年。
ようやく、コイツに乗ることが出来るのだ。
「ハハ……ハハハッ!!」
抑えきれない笑いを溢しながら俺は、イルジオンの背面にある可変式ウィングにしこたま魔力を流し込み――瞬間、爆発するかのような勢いで、一気に中空へと躍り出る。
風圧。
風切り音。
コイツの原動力は、魔力である。
通常だと、機体内部に備わっている魔力バッテリーの充填分を使用して飛ぶのだが、搭乗者自身が己の魔力を流し込むことによって、高出力の加速が可能となるのだ。
まあ、普通こういう加速はここぞという時のみに使用するもので、今みたいにウィングに備わっているスラスターを自重無しで噴かし続けている場合は、あっという間に魔力切れになってしまうそうだが、物心付いた時から毎日欠かさず続けてきた魔力トレーニングによって、俺の総魔力量はアホみたいな量になっている。
恐らく一時間くらいならば、何の問題もなくかっ飛び続けられることだろう。
日々の鍛錬は、決して裏切らないのだ。
「う、うわっ――」
「な、なんっ――」
「オラァッ!!」
まずは、目の前で争っていた二機。
欠片も速度を落とすことなく、中段に構えた大剣を通り過ぎザマに横薙ぎに振り抜く。
腕に伝わる、重い衝撃。
彼らがこちらに気付いた時にはもう遅く、速度の乗った俺の一撃は簡単に
彼らが墜落していくのを後目に、俺はそこで止まらず、最高速のまま更に別の機体へと突撃していく。
「いいぞいいぞッ!! もっとだッ!! ハハハハハハッ!!」
「な、なんかやべぇ奴がいるぞ!?」
「いっ!? た、弾が当たんねぇ!?」
「きゃっ!?」
やたらめったらにエネルギー弾が飛んでくるが、ただばら撒かれているだけの狙いの定まっていない弾に当たってやる道理もない。
右に左にと余裕を持って回避し、速度で相手を翻弄し、射線に捉えられないようにしながら距離を詰めていく。
そうして懐まで入ってしまえば、もうこっちのものだ。
一機、二機、三機と続けて大剣を叩き込み、他の受験生達が操るイルジオンを次々と撃破する。
彼らはまだ、機体を動かすことで手一杯なのだろう。
中等部で訓練を受けてはいるだろうが、挙動がぎこちなく、周囲への注意が散漫になっている上に、足が止まってしまっている。
緊張している、というのもあるのかもしれない。
ぶっちゃけ、カモである。
こういうものの扱いは、実は前世の経験で慣れている。
俺が死ぬまで愛用していた、じゃじゃ馬の呪いの大剣で得た経験でな。
悪いが、イルジオンを動かすのが楽しくて仕方がない俺の、入学試験のポイントになってくれたまえ。
ちなみに、全く遠慮なく他の受験生達に攻撃をぶち込んでいるが、彼らがそのまま自由落下で墜落することはない。
機体が飛べなくなる程の損傷率になると、全ての機能が停止して搭乗者の生命維持に魔力が回され、どんな高度から墜落しても衝撃を緩和し、搭乗者を守る機構がイルジオンには組み込まれているのだ。
仮に、何かしらのアクシデントでその生命維持機構が壊れたとしても、至るところに教員と思われる者達が立ってこちらを見守っているので、その場合は彼らが何とかするのだろう。
まあ、銃器の弾丸は全て訓練用の非致死性エネルギー弾だし、刀剣類もしっかり刃引きされているので、機構の中で最も硬く造られているそれが壊れるようなことは滅多にないだろうがな。
むしろ、重量で圧し潰すような攻撃をする俺が一番気を付けなきゃならんかもしれん。
骨折程度だったら回復魔法を使えば一週間くらいで完治するので、それくらいは我慢してもらおうと思うが、攻撃する箇所は多少気に掛けておかないといけないだろう。
――と、高笑いをかましながら調子良く他の受験生を撃破して回っていると、俺の視界の端に映る、エネルギー弾の光の軌跡。
即座に回避行動に移ることで、攻撃を避け――だが、いつの間にか放たれていた二発目がヒット。
やる。
一発目を見せ弾にし、俺の避ける方向を予測して、正確に偏差射撃をしていたのだろう。
数発食らったくらいではイルジオンの魔力障壁は破壊されないが、この射撃精度を持つ相手に距離を取られたままでいるのは危険だろう。
連続して飛来するエネルギー弾を無軌道回避しながら、最優先に迎撃すべき相手としてライフルをぶっ放している受験生へと距離を詰め――その先にいたのは、
「お前か!!」
「あ、バレちゃった?」
不敵に笑い、構えていた魔導ライフルを背面装甲に固定して収納すると、我が幼馴染は次に腰に差していた長剣――『マキナブレード』と呼ばれる剣を抜き放ち、向こうからもこちらに突っ込んでくる。
マキナブレードとは、対イルジオン用に製造された、幾つかの機構が内部に組み込まれた武器であり、それによって通常の剣よりも斬れ味を上げたり、何かしらの魔法を発動したりが可能になる。
機械剣、などと呼ばれることもあるそうだ。
俺の大剣も一応マキナブレードで、魔力を流し込み、柄に仕込まれたトリガーを引くことで重量を軽くする魔法が発動するため、降り抜く途中までは剣を軽くし、インパクトの瞬間のみ発動を切ることで破壊力を上昇させている。
フィルのあのアレにも、何かしらの効果があることだろう。
アイツは器用なため何でも使えるが、それでもやはり、一番得意なのは銃ではなく剣なのだ。
……いや、けど、剣だけを使うと思い込んじゃダメだな。
表と思ったら裏、裏と思ったら表、表も裏も警戒したら真ん中と、常に人の思考を逆手に取った策を繰り出してくるのがフィルだ。
トラップが仕掛けられているのは当たり前で、一手でもミスれば詰みと思って戦わなければならないだろう。
両方から距離を詰めたことにより、刹那の後に俺達は剣を交差させる。
俺が勢いに乗せて放った一撃を、フィルは剣身で滑らせることで受け流し、そのままクルリと回転して的確に首筋へ斬撃を放ってくる。
まともに食らえば、簡単に魔力障壁を突破するであろうその鋭い斬撃を――俺は、避けなかった。
キン、と硬質な音が鳴り、彼女の剣が弾かれる。
「うわっ、硬過ぎでしょ!?」
思わずといった様子で、驚愕の声を漏らすフィル。
「オラァッ!!」
そうして彼女の動きが鈍った一瞬に、ブゥンと大剣を振り抜く。
背後へと飛ぶことで直撃は避けられたようだが、しかし魔力障壁を貫通し、装甲の一部を破壊することに成功する。
「……なるほど、魔力障壁、
そう、先程フィルの攻撃を跳ね返したのは、イルジオンが常時展開している魔力障壁の術式に、前世で俺が使用していた対物魔障壁の術式の一部を組み込むことで、通常よりも堅固なものに変えておいたのが理由だ。
これも、ウィングで高出力の加速をするのと同じように搭乗者自身の魔力を大量消費するのだが……フィル相手に出し惜しみは無理だ。
そんなことをしていたら、秒で撃墜まで持って行かれることだろう。
「お前とやるんなら、これくらいはしないとなぁッ!!」
一瞬の交差の内に行われる、数度の打ち合い。
俺は一撃に全てを込めて攻撃するタイプだが、逆にフィルは手数で攻めるタイプだ。
完全に真逆のタイプである俺達だが、ただ注意しないといけないのは、手数で攻めるフィルの一撃一撃が十分に重く、下手に食らうと致命傷になってしまうという点だ。
剣速も威力もある、厄介な剣術である。
「シッ――!!」
俺の一閃。
フィルは距離を取っての回避を選択し、その攻撃は空振りに終わったが、しかし彼女がそう避けるであろうことを予測していた俺は、瞬時に左手でソードオフショットガンを抜き放つと、そのまま二連射。
広範囲にばら撒かれた散弾は――だが、一発もヒットしなかった。
その瞬間、目の前にいたはずのフィルの姿が、
――コイツの得意魔法の一つである、幻術だ。
精度が高いのは勿論のこと、彼女が使う幻術の真骨頂は、
相手の瞬き、剣を振るって視線が切れた一瞬、銃器のリロードに気を取られた刹那の間に発動することで、目の前で発動されても気付けないのだ。
前世からコイツは、こういう精密な魔法の運用が得意な奴だったが、相変わらずちょっと気持ち悪いくらいの器用さである。
「この機械はいいねっ!! いつもより魔力の制御がやりやすいよっ!!」
気付いた時にはフィルは左側面に回り込んでおり、すぐ眼前にまで迫り来る刃の煌めき。
これでダメにしてしまうだろうが、俺は左手のショットガンを合間に挟むことで防御を――いや、フィルから受けるこの魔力の感じ、これも幻術かッ!!
違和感を感じ取り、可変式ウィングにしこたま魔力をぶっ込むことで、何もない前方へ緊急回避する。
強化した魔力障壁での受けは、選択しない。
こっちの防御の固さを見た後で、こうして策を練った攻撃を仕掛けてきたのだ。
ならばフィルは、確実に何かを仕込んでいるはず。
幻術と判断したのは正解だったらしく、姿が見えていた左側面からではなく、背後の可変式ウィングに剣先の掠る感触。
一撃を避け切ったところで、俺はグルリと回転して大剣を振り抜く。
やはり後ろにいたフィルは、一時的にスラスターを切り、自由落下することで避け――。
「――って、おまっ、それ、
見ると、彼女の持つマキナブレードが淡い光を放っており、そこに肌で感じ取れる程の莫大な魔力が込められているのがわかる。
アレ、多分戦艦でも真っ二つに出来るんじゃないだろうか。
食らってしまえば、魔力障壁もイルジオンの装甲も、ダンボールくらいの防御力しか発揮してくれないことだろう。
「すぐに融解しちゃうだろうから、一瞬しか発動させられないけどね。全く、今のも避けるのか」
ニコニコと、本当に楽しそうな笑みを浮かべるフィルの言葉の途中で、マキナブレードが放っていた淡い光が消えていく。
……幻術、幻術、と来て聖剣化か。エグいってもんじゃねーぞ。
というか、下手に食らったら普通に死ねるんだが、ソレ。
ただ、フィルの言う通り普通の剣で聖剣並の威力を出すのは無理があるらしく、今の一瞬だけで彼女のマキナブレードに相当なダメージが出ているのが見て取れる。
あの様子からすると、恐らくあと一回聖剣状態にさせれば剣が使い物にならなくなると思われるので、今のように空振りさせるか、受け流して無駄に発動させることで、俺に大幅に有利な状況となるだろうが……どこで発動させ、どこで発動させないか、みたいな心理戦は、コイツの十八番なんだよなぁ。
「本当に……お前と戦ってると、処理しなきゃならないタスクが指数関数的に増えて行く、なァッ!!」
「それはこっちのセリフさっ!! 君との勝負は、考えることが多過ぎて頭がパンクしそうだよっ!!」
そして俺達は、交差し、斬り結び、離れ、また交差する。
空という広大な戦場を利用し、有利な上を取るため互いが位置取りに全力を尽くし、牽制し、次の次の次の一手までをも読み合う。
――あぁ……最高だ。
知らず知らずの内に、口角が吊り上がる。
やっぱり、コイツとの勝負は胸が躍る。
瞬きをする間もない攻防に、震える魂。
焼き切れんばかりに加速する知覚。
フィルの仕掛けを見抜くために酷使し続けている脳細胞が、悲鳴をあげているのがわかる。
こんな、肌がヒリつく戦闘が出来る相手は、この世でフィルくらいだろう。
俺にとって好敵手と言える存在は、たとえ世界が変わろうとも、彼女だけなのだ。
「ハハハ、楽しいなァおいッ!! もっとやろうぜッ!!」
「いいよ、どこまでも付き合ってあげるっ!!」
止まらない高揚のままに、俺達は笑みを浮かべながら、それぞれの剣を構え――。
『試験終了です。お疲れ様です、まだ戦っている受験生は戦闘を終え、格納庫へ。怪我をした方は救護室へ向かってください。次の組の受験生は準備を――』
何かのブザーが鳴った後、そんなアナウンスが周囲一帯に響き渡る。
一瞬、それが何かわからず、俺は振り上げた大剣を止めて怪訝な顔を浮かべ――。
「……あっ、そう言えば今、試験中だったか」
「えっ……あ、そっか」
フィルもまた、熱が入り過ぎてそのことを忘れていたらしく、ハッとしたような顔を浮かべる。
「……つーことは、これで終わりか?」
「あー……そうみたいだね」
「「…………」」
上がりに上がったテンションで、互いに格好付けたことを言い合った直後に止められたせいで、不完全燃焼の、大分居心地の悪い思いで顔を見合わせる俺達だった。
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