第2話 我が家族



 ――何かが、繋がる感覚があった。


 断片的で、あやふやで、まとまりもなくバラバラに散らばったソレ。


 単体では何もわからないソレが、まるでパズルのピースであるかのように一つ繋がり、そして二つが繋がる。


 時間が経つにつれて繋がりは増え、意味の成さなかったソレが、少しずつ意味のあるものへと変貌して行く。


 ソレは、根幹を成すもの。


 魂と呼ぶべきソレは、ピースが嵌るごとに明瞭さを増し、定められた形へと収束して行く。


 ソレは、記憶。 


 やがて、バラバラであった記憶は全てが繋がり――。



   *   *   *



「――ユウヒー! ご飯出来たわよー!」


「へーい、今行くー」


 俺の部屋の扉を開き、顔を覗かせた歳若い女性――俺の母親・・・・に、そう返事をして自室を出る。


 この身体だと随分大きく感じられる、板張りの廊下。

 横幅は広く、我が家ながらもなかなかに洒落た内装が広がっている。


 と、その時、廊下に掛かっている一枚の鏡がふと俺の視界に入った。


 映っているのは、七、八歳くらいの見た目をした、目付きの悪い黒髪のガキ。


 ――ユウヒ=レイベーク。


 瞳は血のような濃い紅色で、肌は毎日外を走り回っているため浅黒い。


 顔付きは、ウチの両親の面影が半分くらい感じられるが、もう半分くらいは前世の俺の顔に近い。

 我ながら、どことなく吸血鬼を彷彿とさせるような、何とまあクソ生意気なツラをしていることか。


 うーん、紅色の瞳に黒髪という色合いがな。

 父親が黒髪で、母親が俺と同じ紅の眼をしているので、きっとそれを受け継いだのだろうが……両方揃ってしまうとヴァンパイアだ。


 俺の部下にもいたな、ヴァンパイア。

 アイツら、強いけど燃費悪いんだよなぁ。


 俺は、そんなことを考えながら鏡から視線を逸らし、二階の階段を下りて行った。



   *   *   *



「おう、我が妹よ。気付かれていないと思っているのなら言ってやるが、兄の皿に嫌いな野菜を置くのはやめろ」


 サラサラの綺麗な金髪をした、精巧に造られた人形のような幼女に、俺はフォークに刺した野菜を返す。


「…………」


「何だ、その嫌そうな顔は。そんなんじゃ一生チビのまま――イテッ、おま、蹴んなって」


「……バカにぃ」


「何を言いやがる。今のままじゃあ、今後確実に訪れるであろうお前の未来を語ってやっただけだ。そう言われるのが嫌なら、しっかり食うんだな」


「…………」


 俺の隣の椅子に座る幼女は、あまり表情には出さなかったが、しかし内心とても嫌がっているのだろうということが容易に想像出来るような動作で、俺が返した野菜にフォークを刺し、恐る恐ると自身の口に運ぶ。


 全く、食べられるだけでありがたいと思うこった。

 俺が一番ヤバかった時なんて、木の皮に土、石にこびり付いた苔食ってたんだからな。


 ……悲しくなるから、あの頃のことを思い出すのは、やめておこう。


 隣の幼女の名は、リュニール=レイベーク。愛称はリュニ。

 あんまり似ていないのだが、俺の実の妹であり、三つ下の現在五歳だ。


 きっと、将来は美人になるであろう整った顔立ちをしているが……壊滅的に愛想が悪いので、あんまり男は寄って来ないかもしれない。


 兄ちゃん、お前の将来が心配だ。


「ハハハ、お前達は本当に仲が良いな」


 と、その俺達の様子を見て、快活な笑い声を上げるのは、我らが父親――アルジオン=レイベークである。


 この国、『セイローン王国』において、中堅どころの『子爵』位を持つ貴族であり、俺達の住むこの片田舎、『レイベーク地方』の代官だ。


 そう、レイベーク領ではなくレイベーク地方であり、領主ではなく代官である。

 実質的に治めているのはウチの家だが、土地を所有しているのは国、ということである。


 この国では中央集権化が進んでおり、『貴族』という制度は残っているものの、ただ家柄が良いだけの名門の家、というくらいの扱いであり、尊重はされるが封建制時代程の特権階級ではなくなっているのだ。


 まあ、それでも普通より良い暮らしをさせてもらっていることは否めないんだがな。


 まさか、魔族を治める王だった俺が、人間の貴族になるとは……もし、今の俺の姿を前世の知り合い連中にでも見られたら、指を指されてゲラゲラ笑われることだろう。


 やべぇ、想像したらぶん殴りたくなってきた。


「だが、リュニ。お兄ちゃんの言う通りだぞ? 大きくなりたかったら、好き嫌いせずにしっかりと食べることだ」


「…………」


「何か反応示さないと、親父が困ってるぞ」


「……やさい、きらい……」


 そうぶーたれる我が妹に、親父は思わず苦笑を浮かべていた。


 俺の妹は、あまり喋らない。


 無口ではないのだが、基本的に口数が少なく、こっちの言葉に反応する時は小さく「……ん」と言葉を溢すか、コクリと頷くくらいである。 


 ――かと言って、大人しい性格をしているのかと言うと、全くそうでもないのだが。


 どちらかと言えば、かなり活動的な奴だろう。


 ほとんど喋らないし表情には感情を出さないものの、好奇心は非常に旺盛だ。

 一緒に外に出て行った時など、その時その時で興味を惹かれたもの、例えば川の流れだったり、何かの虫だったりに釣られてフラフラとそっちに向かうこともしばしばで、割と目が離せない。


 感情を表に出すのが苦手なだけで、その中身は普通の子供なのである。


「――ご馳走様! じゃ、遊びに行って来る」


 俺はフォークとナイフを置き、食べ終わった皿を台所まで運ぶ。


「あら、ユウヒ、もう遊びに行くの? 森の方に行くなら、気を付けなさいねー?」


「あーい」


 我が母――ロンナ=レイベークののんびりした言葉に返事をし、俺は家を出た。



   *   *   *



 ――俺が、俺としての・・・・・意識・・を確立したのは、八歳である現在より二年程前のことだった。


 その時は、流石に驚いたものだ。

 魔族の魔王として生き、そして死んだ俺が、人間の貴族のガキに生まれ変わっていたのだから。


 しかもここ、地図やら何やら色々確認してわかったことだが、どうも前世とも違う世界のようだし。


 前世で俺が戦争起こしてた時には、海には鉄製の戦艦が浮いて、空には戦闘機が飛んでいたが、こちらの世界だともっと技術が進んでいることがわかっている。


 技術水準的に見れば、恐らくだがこっちは、俺の生きた世界よりも百年くらい先の時代なんじゃないだろうか。


 オーガどもに魔導ガトリングや大砲を武装させて移動砲台にしたり、龍族どもに魔導式誘導爆弾を乗っけて高高度爆撃やらせたりと、そんな感じでやっていたドンパチが化石みたいな戦術だとわかった時は、なかなかに悲しくなるものがあったぜ……。


 異世界という概念自体は、俺も知っていたし研究もされていたが、まさか自分がそんな環境に置かれるとは、予想外もいいところだろう。


 ただ――驚いたとは言っても、そこに違和感はあまり感じなかった。


 意識が確立したのが、この世界ですでに数年過ごした後であったということと、前世に俺が、勇者と殺し合いをしてぶっ殺され、死を迎えているということをしっかりと認識していたからだ。


 そのため、『俺』という存在の自我が形成された後も、特に混乱することなくすんなりと受け入れ、通算二回目となる子供生活を割と自由に楽しんでいたりする。


 前世のガキの頃は、それはもう酷いモンだったからな。


 親の顔は一切知らず、物心付いた時には肥溜めみたいな貧民街の中を這い蹲って暮らしていたので、毎日が生きるか死ぬかの瀬戸際だった。

 今の生活と比べたら、天と地なんて言葉じゃあ言い表せないくらいの差があることは確かだ。


 ホント俺、よくあの環境で生き残ったもんだ……自分で自分を褒めてやりたい。


 何故前世の記憶が残っているのか、というところは疑問だが、まあ残っているのだから仕方がないと、正直あんまり気にしていない。


 輪廻転生の仕事をしている、いずこかの神様にでも感謝することにしよう――。

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