幻想を奏づ~元魔王、学園にて『イルジオン』に乗り、空にて無双する~

流優

目覚め

第1話 死闘という名の


 ブシュゥ、と血が爆ぜ、俺の左腕がどこかへ飛んでいく。


「ハハハッ!! 痛ぇじゃねぇか、勇者ァッ!!」


「くっ……!! 全く、今ので左腕だけとか、勘弁してほしいね……っ!!」


 ここ数年でも、いや生まれてこの方味わったことがないようなヒリヒリする戦闘にテンションだだ上がりの俺は、高笑いしながら殺し合いの相手――勇者に向かって、大剣『禍罪マガツミ』を叩き込む。


 今の勇者の攻撃で俺の左腕が吹き飛んだが、そんなことは全く気にせずお返しに振るったその一撃は、奴の横っ腹へとクリーンヒットし、まるでボールが跳ねるようにバウンドしてぶっ飛んで行く。


 ……胴体真っ二つにしてやるつもりで放ったんだが、脇腹を少し抉っただけか。

 どうやら、ギリギリで奴の聖剣に受け流されたらしい。


 全く、と言いたのはこっちなんだがな。

 どんな反応速度をしていれば、今のを防御出来るんだか。


 だが、それでもまだ、こちらのターンだ。


 勇者がぶっ飛ぶのと同時に駆け出していた俺は、数歩でその懐へと飛び込むと、即座に追撃を仕掛ける。

 奴は反応が遅れ、その肩口へとモロに大剣が突き刺さり――何か、おかしい。


 違和感に気付くや否や、俺の目の前から、その姿が一瞬で掻き消えた。


 ――幻術かッ!!


「シッ――!!」


 鋭く息を吐く音と共に、横合いから振るわれる聖剣。


 ほぼ無意識下の動きで間に大剣を挟み込み、どうにか防御には成功するも、重い衝撃に押され俺の身体が数歩ズササ、と横にスライド移動する。


 細身で小柄な身体から繰り出される攻撃とは、とても思えないような力の強さだ。


 金髪で中性的な、スカートでも履けば女にでも見えそうな整った顔立ちの勇者。

 いつも浮かべているスカした笑顔はナリを潜め、ボロカスの身体で犬歯を剥き出しにし、獰猛な獣のような表情を浮かべている。


 いいじゃねーか、テメェもギアが上がって来たか。


「いつものスカした笑顔より、そっちの方がよっぽどいい男に見えるなァッ!!」


「悪いけど魔王、そういうのはお断りしてるんだ!! 他を当たってほしいね!!」


「そりゃあ残念、だッ!!」


 お互い軽口を叩きながら、俺達は剣をぶつけ合う。


 ――それから続くのは、終わることのない、剣の乱舞である。


 己が研鑽した技を、己が魂を以て相手へとぶつけ、そして相手は敬意と共にそれを受け、ぶち殺すための刃で返礼する。


 いったい俺達は、どれだけの間剣を交えていたことだろうか。


 少なくとも数度の昼夜が過ぎたことは確実で、俺達が決戦場に選んだ、『終焉の荒野』と呼ばれるこの平野は原型がない程にボコボコになっており、足元にも注意しておかなければ簡単に足を取られてしまうことだろう。


 お互いの身体は、もはや傷が無いところが存在しない程にボロボロ。

 俺は左腕と右足を失い、勇者は脇腹が抉り取られている上に右目が潰れ、指が何本か無くなっている。


 軽口も、叩き過ぎてすでに枯れてしまった。


 だが――それでも、俺達は。


 俺達こそが世界の中心であると、止まらない。


 失った器官を魔力で代替し、手足が吹き飛んでいようがまるで何事もないかのように攻撃を繰り出し、防御し、互いに互いを消滅させんと戦い続ける。


 そこにはもはや、『魔王』と『勇者』などという肩書は、存在しない。


 ボロ切れのような勇者は、いつの間にか笑っていた。 

 きっと、同じようにボロ切れのような俺もまた、笑っているのだろう。


 永遠に続くかのように思われた、もっと続けばいいとすら思ってしまう程の戦いは――しかし、唐突に終わりを告げる。


 勇者の、下段からの一撃。


 それに逆らわず、吹き飛ばされるようにして避け――瞬間、足元から感じる魔力の高まり。


「なん――」


 ビンビンに感じる危機感に従い、俺は慌てて回避行動を取るが、一歩遅く、爆発。

 

 耳をつんざく轟音と、全身がシェイクされるような強烈な衝撃。

 俺の周囲に張っていたはずの『対物障壁』と『対魔障壁』が破られ、霧散する。


 半分くらい黒焦げになりながらも、どうにか爆風の中から飛び出し――目の前に現れる勇者ッ!!


「そう避けると思ったよっ!!」


「チィッ……!!」


 防御が間に合わないと判断した俺は、右腕を犠牲にすることで勇者の剣速を鈍らせる。


 毛程の差だろうが……俺の腕をぶった斬ったために、一瞬動きの鈍った聖剣と俺の身体の間に魔力を収縮させ、暴風を発生させる。


 防御魔法を破壊された以上自分自身もダメージを食らってしまうが、物理的に互いが吹き飛ばされることで、態勢を立て直すだけの距離が稼げるはず――。


「何ッ!?」


 だが、その捨て身の回避は、読まれていたらしい。


 勇者は、襲い来る風を聖剣で斬って無効化し、力強く前へと一歩を踏み込むと、更なる斬撃を放つ。


 その剣は、これまで見せた奴の攻撃の中で最も洗練され、最も剣速があり、最も美しく、防御の間に合わなかった俺の身体を深く斬り裂いた。



   *   *   *



「ゴフッ……何、しやがった、んだ?」


 地面に転がり、血溜まりを作り上げ、血反吐を吐き出しながら問い掛ける。


 ――俺は、常に自身の周囲に対物障壁と対魔障壁、合わせて『対物魔障壁』と呼ばれる超硬の防御魔法を張っていた。


 にもかかわらず、勇者が起こした爆発は、俺の敗北を決定付けたあの攻撃は、それを貫通してこちらに大きなダメージを与えてきた。


 聖剣による攻撃ならば、まだわかる。


 俺の大剣『禍罪マガツミ』と同じく世界最高峰の斬れ味を誇り、世界最高峰の魔法士達が作り上げた魔術回路が仕込まれているため、鉄鋼艦隊の斉射を浴びても無傷でいられる俺の防御魔法は、紙でも破るように簡単に斬り裂けることだろう。


 だからこそ俺も、勇者の聖剣による攻撃だけは、全神経を尖らせて禍罪で防御したり避けたりしていた訳だが……ただの魔法ならば、話が別である。


 どれだけ威力の高いものであろうと、聖剣のような補助が乗っていない魔法は、脅威になり得ないはずなのだ。


 対物魔障壁を張っているのはコイツも同じで、故に魔法ではダメージを与えられないということを互いに理解していたため、ここまでの戦闘で攻撃魔法はロクに使うこともなく、剣技のみで戦っていたのだ。


 息も絶え絶えにそう聞くと、勇者は俺が何を聞きたいのかすぐに理解し、男にしては高めの声で言葉を紡ぐ。


 疲れた顔で、にこやかに。


「あの爆発ね、君の障壁を解析して、ピンポイントで貫く構築にしておいたんだ。察知されないよう、爆裂の罠を張るのも大変だったよ」


「あ……? 解析、されないよう、常に術式を変化、させていたはず、だが?」


「うん、そうだね。だから、その不規則性を解析し続けて、次に何が来るか、予想したんだ・・・・・・。いやぁ、当たって良かった。これで失敗したら、全部無駄になるところだったよ」

 

 ……マジか。


 コイツ、俺と殺し合いをしている間、ずっとそんなことをしてやがったのか。


 ここ数時間は、確かに俺が押し気味に戦闘を進めていたが……全ては、俺を罠に嵌める一手のための時間稼ぎだった、と。


 そこに全額ベットし、見事ジャックポットを引いた、という訳だ。


「ったく……化け物、かよ。お前と、チェスが、やりたくなってきた」


「あはは……相変わらずだね、君は。今度機会があったら、やろうか」


 そんな日など、決して訪れることがないとわかっていながら、勇者は苦笑を浮かべてそう答える。


 ――いつの間にか、空には陽が昇り、俺達を照らしている。


 まるで勇者の勝利を祝福しているかのような、憎たらしい快晴だ。


 ハン、そりゃあいい。

 思うがままに生きた魔王が死ぬには、ちょうどいい塩梅だろう。


 心残りは、それはもうたくさんあるが……ま、いいさ。


 やれるだけ、俺はやった。

 ここが、俺の限界だったということだ。


「……死ぬんだね、魔王」


「あぁ。是非とも、悲しんで、くれ」


「……魔王」


「あ、ん……?」


 全身の感覚がほぼ無くなりかけ、どこかに連れ去られそうになる意識に逆らいながら、目の前に立つ勇者へ顔を向けると――。




「楽しかったよ」




 友に語りかけるような親しさで。

 だが、少しだけ、寂しそうに。


 透き通るような綺麗な笑みを浮かべ、勇者は拳をこちらに突き出した。


「……そう、かい。そりゃあ……良かった」


 俺はニィ、と笑みを浮かべ、なけなしの力を振り絞って右手で拳を作り、コツンと勇者の拳にぶつけ――視界が、暗く、見えなくなっていく。

 

 急速に、ゼロになる。

 抗うことの出来ない絶対なる力によって、意識がどんどんと薄れていく。


 これが、『死ぬ』ということなのだろう。


 だが――あぁ。


 最高だった。俺の人生は。




 そして、全てが暗闇に呑まれた。

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