第4話 元魔王の日常《1》



「……お母さん、お腹空いた」


「はい、今作りますからね~。ちょっと待っててね」


「……リュニも手伝う」


「ホント? じゃあ、手伝ってもらおうかな。リュニは偉いね」


「我は冥界を守護せし地獄の番犬、ユウヒ=ケルベロスである。無垢なる幼き者達よ。我にも早く贄を用意するがよい」


「……にぃ、イヌはそんなに、喋らない」


「にえ?」


「フッフッフッ、我は犬の中でも最上位に君臨する種である。我くらいになれば、喋りもするのだ、幼き妹よ。あと、贄っていうのは、捧げものとか、そういう感じのものだ。飯のことだと思ってくれていいぞ」


 不満そうに頬を膨らませるリュニと、可愛らしく小首を傾げるフィルに、俺は至って厳かな声音で言葉を返す。


「番犬さんも、お腹空いたんだね。それなら、はい、どうぞ」


 そう言ってフィルは、木の枝と草でサラダっぽく盛りつけたおもちゃの皿を、俺の前に置く。


「うむ、感謝する、幼き幼馴染よ。――おぉ、美味い料理だ。お前にはどうやら、料理の才能があるようだな」


「えへへ、そうかなぁ。それだったら嬉しいな」


 食べる真似をしながらそう言うと、パァっとまばゆいばかりの笑顔を浮かべる我が幼馴染。


「……お前は素直で可愛い奴だな」


「え!? な、何さ、急に……」


 途端に彼女はかぁっと頬を赤く染め、恥ずかしそうにもじもじとする。


 子供の純真さとは、やはり可愛いものだ。


 だがな、きっとお前も、もっと大きくなったら子供の無垢さが薄れ、「ファッキン、ソサイエティ!」と両手で中指を立てるような日も来ることだろう。


 いや、流石にそこまではないだろうが。

 むしろそれをやるなら俺の方か。


 まあ、大人になるとは、そういうことだ。

 せめて、その純真な心が長く続くよう、幼馴染として見守っていてやろう……。


「……にぃ、リュニは?」


「はいはい、お前も可愛いよ」


 俺は無造作に妹の頭をワシャワシャと撫で、おままごとへと戻る。


 実は若干興が乗って来ていることは、否めなくもない。


「さあ、腹ごしらえは終わりだ! 我は散歩を所望する! 無垢なる幼き者達よ、共に散歩に行こうではないか!」


「……ん。さんぽいく」


「いいね、今日はお天気も良いし、とっても気持ち良いと思う」


 そして俺達は立ち上がり、森の散策を始めたのだった。



   *   *   *



 ――昼飯を食い、午後。


 疲れてリュニが昼寝に入ったのを見届けた後、俺は、中庭で木剣を振るっていた。


 このガキの身体では、素振り一つ取っても難しい。


 というか、難しいを通り越して、普通に怪我をする。


 恐らく、実際の俺の身体能力と自身で考えている身体能力の間に大きな隔たりがあるにもかかわらず、「これくらいは行けるだろう」と思って限界以上の力を出してしまうからだろう。


 これが普通の子供だったらそんなことにはならないのだろうが、俺の動きは、どうしても魔族時代の自分が基本だ。


 魔族は、身体的なポテンシャルが人間に比べ圧倒的に高い。


 勿論、今の自分がただの人間のガキであるということを加味し、十分に制限しているつもりなのだが、それでも脱臼して「いってぇ!」と喚くことが何度あったことか。


 人間の、何と脆い生き物であることよ。


 今では大分慣れ、自身の肉体が有する出力もある程度把握はしたが……何と言うか、そのせいで少し窮屈に感じるところがある。


 やはりもっと、力が欲しい。力が。

 抽象的なものではなく、単純に筋力が。


 身体強化魔法なんかも使えはするが、アレは素の身体能力に依存するものだしなぁ。


 例えば、『100』を『500』に出来るならば強いと言えるが、『1』を『5』にしたところで、意味がないとは言わないものの根本的な解決にはならないだろう。


 故に今のところは、俺が効率的な力の出し方を覚えるしかない。

 筋トレしようにも、ガキの身体じゃあ限度があるしな。


「……お前の振るう剣は、一見無茶苦茶なようでいて、一本筋が通っているように見える。不思議な剣だが……無茶をしていることに違いはないな。その振り方では身体を傷めるだけだと、何度も言っているだろう」


 俺の剣の教師役である、フィルの父親――デゴルト=エルメールがそう注意してくる。


 無茶苦茶か……一応この剣術で、世界最強と言われた勇者と渡り合っていたんだがな。

 

 まあ、前世は剣を習う機会がついぞ訪れず、最後の最後まで我流だったので、そう言われても仕方がないのかもしれん。 


 ちなみに、技術の発展しているこちらの世界でも、剣術は未だ有効であるようだ。

 遠距離攻撃手段として銃が大幅に発展し、そちらの方が主流ではあるようだが、それでも魔力を乗せやすく魔法強化のしやすい剣もまだまだ現役であるらしい。


「おっさん、俺、もっとゴツい木剣がいいんだが」


「馬鹿言え、ソイツでも十分ゴツい。それ以上のものを使ったら、身体の方が振り回されるぞ。また怪我をしたくなかったら、今はそれで我慢することだ」


 うーん……けど、俺が前世で振るっていた剣は通常の長剣じゃなく、刃が肉厚で極太の大剣なんだよなぁ。


 どうしてもそこに、やり辛さがある。

 剣を上段から下段に振り下ろすという単純な動作一つとっても、身体の動かし方が変わってくるからだ。


 まあ、その大剣を振るう時の感覚のままに木剣を振るったら、脱臼したというのも事実なのだが。


「うー……よくユウヒ、そんな重たいのを振れるね……僕、そんな力強く振れないよ……」


 隣でそんな弱音を吐くフィルに、しかし俺は、否定の言葉を返す。


「いや、お前はそんなこと、気にしなくていいんだぞ。俺とお前は、方向性が違う。むしろ、俺の真似をしない方がいい。そこはおっさんの話をよく聞くんだな」


「ふむ、よくわかってるじゃないか、ユウヒ。――フィル、お前の中には、確かな才能がある。それは誰も持っていない、自分だけのものだ。他者を見て学ぶことは大切だが、模倣だけじゃ成長は出来ないぞ」


 そう、フィルに剣の才能は、ある・・

 それこそ、天才と呼ばれる類のものではないだろうか。


 子供だからこそすぐに疲れてしまうが、素人とは思えない非常に綺麗なフォームで、力みのない美しい素振りが出来ているのだ。


 刃筋を立てるということは、訓練であっても難しい。

 それこそ、一生を掛けて鍛錬を積むものであり、それを幼女も幼女であるフィルが出来ているというのは、才能という他にないだろう。

 

 最初はただ木剣を触らせるくらいで、特に娘に剣術を学ばせようとしていなかったおっさんが、フィルにも真面目に教え始めたのは、まず間違いなくコイツに秘められた才能の大きさを感じ取ったからだ。


「そうなのかなぁ……? でも、僕と比べてユウヒは、本当に何でも出来ちゃうし、それに比べたら――あれ……?」


「……? どうした?」


 突然頭を押さえ、少し様子がおかしくなるフィルに、俺は怪訝に思って声を掛ける。


「この感じ、前にも……僕だけど、僕じゃなくて……いや、僕なんだけれど、えっと……」


「お、おい、どうした?」


 しばしボーっとした後、彼女はフルフルと頭を振り、口を開く。


「ううん、何でもない。何だかちょっと……おかしな気分になっただけ」


「……ふむ、少し疲れたんだろう。一度ここらで休憩にしようか」


 幼馴染の様子に気になるものはあったが……特に深く聞くことはせず、おっさんの言葉に続いて口を開く。


「お、それはいいな。よしフィル、昼寝でもするか」


「え? う、うん」


「いや、ユウヒ、お前はまだまだ元気が有り余っているだろうが。だから、今から模擬戦するぞ」


「む、幼児虐待だ! 児童保護の観念に基づいて、適切な休憩を所望する」


「……お前は本当に、どこでそんな言葉を覚えたんだ?」


 おっと、しまった。

 幼児は確かに、こんなこと言わないか。


 コホンと一つ咳払いし、俺は、この子供生活で覚えた子供らしい声音で、元気良く言った。


「僕もつかれた! きゅーけーしたい!」


「気持ち悪いから却下」


 ひでぇ。


 おっさんは一つ苦笑を溢し、言葉を続ける。


「ほら、やるぞ、ユウヒ。フィルは、そこで見ているんだ」


 木剣を構える彼に対し、俺もまた間合いを取って同じように木剣を構える。


 ――さて、ふざけるのはここまでだ。


 俺は、極限の状態の中で大切なのは、『視る力』だと前世で学んだ。


 相手の目線、相手の挙動、相手の思考。

 視ることで、相手が何を考えているのか、どう動こうとしているのかを察知し、クセを見抜くことが出来るのだ。

 

 そう、どんな達人でも、クセは存在する。

 無限の技を持ち、変幻自在の剣術をしていても、その者が好んで選択する型というのは確かにあるのだ。

 

 前世の勇者のような、剣の上手い奴程それを隠すのが得意な訳だが……悪いがおっさんは、勇者程強くない。


 すでに、そのクセは見抜いた。

 今まで、この身体に慣れなかったこともあってボコボコにされ続けてきたが、今日こそは俺が勝つ……!


 あくまで打ち込まれるのを待っているようなので、まず俺はおっさんに向かって突撃を敢行し、上段から真っ直ぐ木剣を振り下ろす。


「シッ――」


 その攻撃は難なく防がれ、肩口を目掛け飛び出てくる反撃。


 非常に鋭い、アンタホントに子供を相手にしていることをわかってんのか、と言いたくなるようなその一撃を、受け流すように自身の剣でいなしてから一歩後ろに下がると、逆におっさんはこちらに一歩踏み出し――ここだ。


 間合い管理が徹底しているおっさんならば、俺が退けば確実に詰めてくると思った。


 俺は幼児の柔軟な身体を生かし、倒れるくらいにまで体勢を低くすると、その軸足に足払いを掛け――あれっ。


 体勢が、崩せない。


 ……どうやら、俺の貧弱極まりないキックでは、重心が移動している最中の軸足すら崩すことが出来ないらしい。

 

「ぶへぇッ!」


 そんな隙だらけの姿を晒した俺は、当然の如く頭部に木剣を食らい、マヌケな声を漏らして地面に転がった。


 俺の負けである。


「狙いはいいが、動作が遅い。攻撃はもっと素早く、だ」


 そう言って彼は、何事もなく再度構え、「ほら、もう一度だ」と俺を促す。


 ぐ、ぐぬぬ……どれだけ相手のクセを見抜けていても、身体が追い付かなければ意味がないということか。


 クソッ、やっぱ早く大人に戻りてぇ!

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