第5話.眼石病


「もしもし、そこのお方?」


 少しだけ、ほんの少しだけ緊張しながら強面の男性に話し掛ける。

 いざとなったら殿下を逃がす為に剣を抜く覚悟です。


「あ? ……ハーフがこんな時に何の用だ」


 あらら、相手の方も相当に警戒しちゃってますね……彼の後ろでは一緒に組んでるであろう仲間達が武器に手を掛けて成り行きを見守っていますし。

 まぁ予想は出来ていた事ですし、話を聞いて貰えるだけ上々でしょう。むしろここからが本番です。


「おっほん。……甥御さんの病気は眼石病、赤下痢、捻れ骨のうちのどれかではないですか?」


「……何が言いたい?」


 うっ、周りの冒険者達も凄い睨んできてますね……正直に言って物凄くやりづらいです。

 ですがここは殿下の為にも怖気付いてなんていられません。


「んんっ! ……えっとですね、もしもその中のいずれかなら私が作ったこの薬で治せますよ?」


 うっわ、自分でやっておいて怪しさ満点ですよこれ。

 社会的信用のないハーフエルフが見慣れない薬を取り出して病気を治すとか言ってるの、控えめにいって不審者です。


「……最低レベルの依頼報酬で喜んでた奴らが薬なんか買えんのか」


「えっとですね、サプリ花で治せるこれらの病はアジャーラ草を原材料とする薬でも治せ​」


「​──コイツ毒を飲まそうってのか?!」


 大きな声に振り向くと別の冒険者の方が額に青筋を立てながら椅子を蹴飛ばして立ち上がっていました。

 その方が叫んだ内容を聞いた周囲が剣呑な雰囲気に包まれます。

 ……あー、これはヤバいかもですね。


「そもそも何でお前が病気の名前を知ってるんだ!」


「病気を流行らせたのもお前じゃないのか!」


「最初から怪しいと思ってたんだ!」


「ハーフは出てけ!」


「病人に毒を飲ませるとか何を考えてんだ!」


 皆さんこの一ヶ月で結構な不満が溜まっていたみたいですね……どんどんヒートアップしていっている様です。

 ハーフへの偏見や恐怖もあるのでしょうが、薬も手に入らないどうしようもない状況に対して溜まった鬱憤を晴らす対象を見付けたというところでしょうか。

 薬は底を尽き、領主の対応も何故か遅く、しまいには薬の原材料が消失した原因が自分達では解決できない存在が相手だった事がトドメになった様ですね。

 私が何かを言おうとしてもそれを遮る様に飛んでくる罵倒を聞き流しながら思案しますが……ここは手を出される前に逃げ出した方が​──


「​──うるさい!」


 私のすぐ横から発せられた幼い怒声にビックリして振り返れば、悲しそうな顔をした殿下が居ました。

 私は慣れているのであまり気にしませんでしたが、まだ幼い殿下には複数人に囲まれて罵声を浴びせられるという事は経験が無かったんでしょう。

 失敗ですね、もう少し殿下に配慮をすれば良かったかもかも知れません​。


「君たちにクロエの何が分かるんだ! 彼女は罪のない人を貶めたりする人じゃない!」


「……」


 あぁ、そうでしたね……殿下は強くなるんでしたね。


「この薬だって毒じゃない! ちゃんとクロエが自分の手で調合した薬だ!」


「……そ、そんな証拠が何処にあるってんだ! 毒じゃない証拠は!」


 まぁ、原材料自体は毒草ですからね……毒じゃない証拠を出せと言われても知識のない方に説明するのは難しいですね。

 それに殿下が矢面に立ってくれたのは嬉しいですが、危険な事には変わりありませんし、この場はもう諦めた方が良いかも知れません。


「証拠ならあるさ!」


「ジーク?!」


 何をするのかと思えばその場で私が取り出した薬をグイッと思いっ切り呷りましたね……殿下ってばワイルドですね。

 突然の事態に目を白黒させているうちに事態は進んでいきます。


「ぷはっ……どうだ! クロエは毒なんか作ってないだろ!」


 空になった容器を前に突き出しながら殿下が叫ぶ。


「僕はハーフでも何でもない。その僕が目の前で飲んで見せたんだから、これで文句はないだろう?」


「でもお前らが病を流行らしたって疑惑は晴れてねぇぞ! そうやって自分達しか作れない薬で儲かる算段だったんじゃねぇのか!」


「お金なんて要らないさ、アジャーラ草は腐る程にあるからね……でしょ? クロエ」


 お金を取ればそれで白パンが買えるかも知れませんのに、殿下はそれを捨ててまで私の事を……クロエ、感動しました!

 得意気に私を見上げる殿下の成長に涙が溢れそうになるのを堪え、頷きます。


「えぇそうですね、量だけは沢山ありますので後はいっぱい作るだけです」


「まぁ、別に要らないなら僕たちは構わないけどね……どうする? 要る? それとも要らない?」


 数だけなら本当に沢山ありますし、足りなくなってもまた採取しに行けば良いだけですからね。

 冒険者達を挑発する様な表情で見渡す殿下に続き、私も何となくドヤ顔をしておきます。


「……分かった、薬を貰えるか?」


「おいダン!」


「本当に時間がねぇんだ、アイツの命が助かるなら悪魔の手だって取ってやる」


 あ、悪魔……まぁ良いでしょう。

 とりあえずこの方の甥御さんが助かれば周囲の皆さんも信じるでしょう。


「ではその甥御さんの所に案内して貰えますか?」


「……あぁ、悪いな」


 何やら複雑そうな顔をした強面の男性冒険者​──ダンさんに案内されて甥御さんの元へと移動します。

 私達のさらに後ろにはダンさんの仲間達が着いて来ていますね、挟まれた形ですが仕方ないでしょう。


「……警戒されてるね」


「まぁ、そこは仕方ないですよ」


 目の前に居るダンさんは分かりませんが、後ろから着いて来ている彼の仲間は分かりやすいくらいに警戒していますね。

 いや、多分ですが態とですね……何か妙な真似をしたら許さないと言外に伝えているのでしょう。

 どうやらダンさんは仲間にとても慕われているようです。


「ここだ。……おい! 俺だ! 開けてくれ!」


 どうやら目的地に着いたようで、ダンさんは集合住宅の一室へと声を掛けながら扉を叩きます。


「……ダン?」


「義姉さん、薬を作れる人を連れて来たよ」


 中から現れた疲れ切った女性と目が合う。


「ハーフ……でも、ダンが連れて来たなら……」


 うーむ、この対応だけでダンさんがとても信頼できる人柄なのが伝わって来ますね……私がハーフだと判明してもなるだけ関わらない様にするだけで攻撃とかは特にして来ませんでしたし。

 この一ヶ月で細かい嫌がらせや直接的な攻撃は数多くあっただけに新鮮ですね。

 やはり冒険者として登録した事で少なくとも目立ってしまった事が原因でしょうけど。


「すいません、ボロい家ですが……息子はコチラです」


 そのままダンさんの義姉という方に案内されて奥の部屋に案内されます。

 その一室に置かれたベッドの上には、まだ殿下とそう歳の変わらない男の子が伏していました。


「じゃあ、頼めるか」


「えぇ、診ますね」


 男の子のすぐ側へと歩み寄り、目元に被された布を取って患部を露わにする。

 その子の眼球は半分程が石へと覆われ、瞼を閉じる事もできずに痛みから流したであろう涙は鍾乳石の様に固まって目元から流れ落ちていますね。


「もし、痛いですか?」


「……あっ……うっ?」


 眼球の石になった部分を触ってみますが、もはや痛みが酷すぎて触覚はほぼ無いようですね……これはもう末期でしょう。

 このまま放っておいたら完全に石となった眼球から徐々に拡がり、全身が石像へと至るでしょう。……まぁ大抵は石像になる前に死にますけどね。


「すぐに治してあげますからね」


 男の子の頭をそっと撫でてから作業に取り掛かります。

 作成済みの薬を用意して貰ったお湯で薄め、それを少量だけ手で掬い取って垂らす様に男の子の目へと振り掛けます。


「うっ! がぁ?!」


「抑えてて下さい」


 困惑しながら痛みに悶える男の子を抑えるダンさん達を横目に確認しながらどんどん作業を進めていきます。

 本当は素手じゃない方が良いんですけど、仕方ありません。

 そのまま薬を垂らし続け、柔らかくなったところで固まった涙を取り除き、それを砕いてまた新しい薬と混ぜてから男の子へと飲ませます。


「ごほっ、ごほっ……!」


「ゆっくり、ゆっくりで良いですからね」


 全てを飲ませ終わったところで処置は完了です……後は解熱剤と痛み止めを飲ませれば良いでしょう。

 それくらいならば確かまだ普通に手に入ったはずです。


「このまま三日ほど安静にすれば治ります。また何かあれば仰ってくださいね」


 さて、これで治ったという実績が出来ればあとはなし崩し的にこの街中に薬を配る事が出来ますね。

 そうなれば少しは私のイメージも改善しますかね……まぁ、特に悪い事はしてないと思いますけど。


「あ、あぁ……その、本当にありがとう。すまなかった」


「……俺たちも変に威圧して悪かった」


「息子の為に貴重な薬を……本当にありがとうございました」


 と、そんな事を考えていたら次々とお礼やら謝罪やらを頂いて動揺してしまいます。


「あの、まだ完治はされてませんよ……?」


「いや、あれだけ真摯に真剣な表情で処置してくれとんだ……今さら疑わないさ」


「貴女はハーフだけれど、特に何かをされた訳でもないしね……むしろ何もされてないのに疑ってごめんなさいね」


「あ、はい……それは良いんですけど……」


 まぁ、元々偏見は少ない方だったみたいですし、コチラとしても悪い事はないので良いんですが……少し慣れませんね。

 そんな風に戸惑っていると、殿下から服の袖を引っ張られたので振り向きます。


「良かったね、クロエ」


「……そう、ですね……殿下もありがとうございました」


「少しは協力できたかな?」


「えぇ、それはもちろん。とても頼りになりましたよ」


 まさか人前で啖呵をきり、自分の身で毒ではないと証明するとは思いませんでした……ハーフではない殿下がしてくれた事で周囲も納得してくれましたからね。

 臣下の一人でしかない私の為にここまでしてくれて、本当に嬉しかったですよ?


「それでは三日後、ちゃんと治ったら教えて下さいね。他の方達にも薬と処置の方法を配りますので」


「あ、あぁ……でも本当に良いのか? 金を受け取らなくて」


「えぇ、でんっ、ジークがそう決めましたからね」


「そうか……代わりと言っちゃなんだが、何か困った事があったら言ってくれ。力になる」


「はい。その時は是非とも」


 そうですね、薬を配り終わったらバウ・バウが居るであろう場所へと案内して貰いましょうかね。

 それでやっと私達の稚拙な計画は完遂です! ……まぁ、その後でさらにもう一戦ありそうですけど。


「一つ質問を良いですか?」


「なんだ?」


「甥御さんが病気になる前に見慣れない方と接触とかしませんでしたか?」


「どうだったかな……義姉さんは何か知ってるか?」


「……確か、病気になる二日くらい前に息子は『騎士様から飴を貰った』と言っていましたね」


「……なるほど、ありがとうございます」


 はぁ、これで確定ですね……どうやらこの街を巻き込んでしまったようです。


「それがどうかしたのか?」


「いえ、何でもありませんよ」


 まぁ気にしないでおきましょう……バウ・バウを倒せば嫌でも向こうから接触してくるでしょうし。


「それでは私達はもう行きますね」


「あぁ、今回は助かった」


「ふふっ、気にしないで下さい」


 さぁて、三日後に備えて薬を沢山作りますかね……クロエ、頑張りますよ!


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