第6話.辺境の聖女


「クロエちゃん、良かったらこれジーク君と一緒に食べて」


「わわっ、ありがとうございます!」


 冒険者組合で薬の調合をしていたらダンさんの仲間の一人であるサラさんから焼き菓子を貰ってしまいました。

 ダンさんの甥御さんの治療をしてから一週間ほど……最初は懐疑的だった方達もダンさんの証言によって信じる事にしたらしく、それからはスムーズに事が進みました。

 今では私の薬に助けられた人達が差し入れをくれたりします。


「おう、クロエ! 俺のこれもやるよ!」


「あ、ありがとうございます!」


「クロエちゃーん! こっちにもあるよー!」


「わ、わーい!」


 何故でしょう……私はもう成人した立派な大人だと言うのに、皆さん私を小さい子どもの様に甘やかして来ますね。

 嬉しくはあるのですが、今まであまり無かった経験なので戸惑いの方が大きいです。


「遠慮すんなよ! クロエちゃんのお陰でこの街は何とか建て直しつつあるんだからな!」


「は、はぁ……」


 元々ハーフと子どもの組み合わせという事で避けられていた為にあまり情報とかが入っていなかったのですが、どうやら思っていた以上にこの街は危なかったみたいで……今では一部で私の事は『聖女』とまで呼ばれているそうです。

 何だか分不相応でむず痒いですね……私はそんな清廉な人格者ではないのですが。


「おーい、ジークは居るかー?」


「おや、レン君ではないですか」


「レンか、どうしたの?」


 皆さんからと甘やかしと賛辞に頬を引き攣らせていると、今度は私が一週間前に治療したばっかりのダンさんの甥御さんが入って来ましたね。

 もう外を出歩く許可が出るまでに快復したのですか……子どもは強いですね。


「こぅら! 病み上がりなんだから走るな!」


「げっ! ダン叔父さん!」


 あらら、怒られちゃってますね。


「そ、そんな事よりもジーク! これお母さんがお礼だってさ! 内職の給金が入ったから、クロエさんと一緒に食べてって」


「……いいの?」


「遠慮せず受け取れよ、そんなに生活が楽じゃないんだろ?」


「ふぐぅっ……!」


 レン君の何気ない一言が胸に刺さってしまい、胸を抑えます……くっ、確かに生活は楽ではないので助かりますが、色々とキツいものがあります。

 陛下や前王妃様から殿下を預かっておきながらこの体たらく……クロエ、自分の不甲斐なさに涙がで出来そうです。


「お、おい、急に大丈夫か?」


「うっ、はい……大丈夫です。私が不甲斐ないだけなので……」


「そ、そうか?」


 うぅ、ダンさんの優しさが身に染みます……って、こんな事をしている場合ではありませんね。


「おっほん……そんな事よりも、ダンさんにお願いがあります」


「……なんだ?」


「私をバウ・バウ​──暴食の獣の所へと案内して貰えませんか?」


 私の薬によって急場は凌ぎましたし、そろそろ倒しても良いでしょう……というかむしろここらで倒してサプリ花も採取出来るようにしないと不味いです。

 倒すならば早ければ早いほど良いですし、私個人の力じゃどうしても街一つ分の人数を救う事は出来ません。

 恩を売りつつこの街の薬師にも仕事をして貰いましょう……それに彼らの食い扶持を奪い続けるのも忍びないですし。


「……お前が行って何が出来る?」


「倒す事ができます」


「薬を調合するのとは訳が違うぞ?」


「私なら倒せます」


 私とダンさんの会話を横で聞いていた他の冒険者達が何事かと振り返って来ますが、無視します。

 険しい顔をした目の前の強面の冒険者へと真っ直ぐ向かい合い、視線を交わし合いながら自身の主張を述べます。


「急場は凌ぎましたし、ここら辺で一気に解決してしまいましょう」


「……」


「少なくとも領主様が救援を寄越してくれるまでは持つでしょう」


「クロエ、お前は死ぬつもりか?」


「? いえ、死ぬつもりは毛頭ありませんよ?」


 私が死んでしまったらいったい誰が殿下を守るというのか……そんな身勝手な真似は許されませんよ。


「お前はあれがどれ程の脅威なのか分かっているのか?」


「そうよ、クロエちゃん無理しなくて良いのよ? 薬を配って貰っただけでも凄く助かってるんだから」


「いえ、そうではなくて……もう何体も倒した事があるので大丈夫ですよ?」


「……は?」


 カードを切るならここでしょう……もはや私はもう社会的信用が皆無のハーフエルフではありません。

 少なくとも『聖女』と呼ぶ声が一部であるくらいには信用を勝ち取ったはずです。

 直に接した事で、殿下も優秀で頭の良い善なる人柄の子どもだという事も周知されていますしね。

 そして今ここに必要なのは彼らでも倒せない存在を見た目が小娘でしかない私が倒せるという明確な説得力です。

 それに領主にそれとなく『妖精剣クロエとジークハルト殿下』が自分の領地を救ったと伝えなければなりません。

 で、あるならば……取れる選択肢は一つです。


「​──『妖精剣』のクロエ、って聞いた事がありませんか?」


 腰に差した宝剣の柄を爪で弾きながら、陛下から賜った自身の銘を告げる。


「銀髪のハーフエルフに、金髪の子ども……お前らまさか?!」


「えぇ、そうです。絶賛指名手配中の騎士と王子様です」


 さぁて、吉と出るか凶と出るか……もしも普通に犯罪者として対応されるのであればこの計画は失敗として逃げねばなりません。

 ……なんだか博打要素の多い計画ですね、途中で失敗すれば逃げるしか無い所も悲しいです。


「どうしますか? 私と殿下を然るべき場所へと突き出しますか?」


 緊張で滲んだ手汗を気付かれないの様に服で拭いながら表情を作ってダンさん、そしてその周囲に居並ぶ冒険者達や組合職員達を見渡します。

 今までの街で裏切られ、何度も窮地に陥った事を思い出しながら逃走経路を脳裏に描く。

 人を助けたところで、その人が味方になるとは限りません……今回は思いがけず『聖女』なんていう名声が手に入りましたが、あまり期待はしていません。

 失敗したとしても、実績さえあればハーフエルフであっても少しは街に馴染めると判明しただけでも収穫です。


「……やめろ、お前らが悪人じゃねぇ事はもう分かってる。試す様な事はするな」


「……それは失礼致しました」


 知らず張っていた肩肘から力を抜く……周囲を再度見渡せば困った子を見るような視線が突き刺さります。

 これは……賭けに勝ったと見て、良いんですかね。


「クロエ、お前が本当にあの『妖精剣』なら……倒せるんだな?」


「えぇ、問題なく」


「そうか……案内は任せろ。ここら辺の森は庭みてぇなもんだ」


「それは心強いですね」


 ダンさんの返答に小さく微笑みながら最大の懸念が晴れた事に安堵する。

 後はバウ・バウを倒してしまうだけですね。


「……殿下、私が森に行っている間どうしますか?」


「……」


 その私の問い掛けに殿下は黙って考え込みます……本当は一緒に居た方が安全なのですが、戦闘を行う事が確定していますからね。

 これまでの道中で急に襲われ、殿下を庇いながら戦った事は数多くありますが、危険な事が分かってて連れていくのとはわけが違います。

 ですが離れている間に何かあるかも知れない可能性も無視は出来ません。


「僕は​──ここに残るよ」


「……そうですか」


 正解・・を選んでくれた殿下の成長が喜ばしくもあり、少し寂しくもあります。


「うん。何時までもクロエに守って貰える状況があるとは限らないし、幸いにして僕達の味方をしてくれる冒険者はこんなにも多いんだ……臣下を信じて送り出すのも僕の務めだろ?」


「えぇ、その通りです。立派に成長なさいましたね」


 何ならバウ・バウの討伐報酬で冒険者達を護衛として雇ってしまえば良いんです……報酬の前借りになりますが、確実に倒せる相手なのですから構いません。

 あれでしたら借金や花を売ってでも殿下の身の安全は確保します。


「クロエはいつもそればっかりだね」


「そうですか? ……そうかも知れませんね」


 殿下に苦笑しながら指摘され、私も釣られて笑ってしまいます。


「それではダンさん、案内をお願いします」


「おう、大事な王子様の護衛は仲間達がしてくれるぜ」


「えぇ、任せて」


「……よろしくお願い致します」


 ダンさんの仲間であるサラさんや、ケニーさんに頭を下げて殿下の事を頼みます。


「殿下、もしも何かあって拐われたら大きな声を出すんですよ」


「うん。……クロエも気を付けて」


「それでは、行って参ります」


 名残惜しさを振り払いながらダンさんの案内の元、街を離れて森を目指します……あぁ、私が離れて殿下は大丈夫でしょうか。

 この一週間ほどで大分冒険者の方達と馴染んだとは言え、不安は残ります。


「……よし」


 仕方ありません……ここは本気を出してサクと終わらせて殿下の下へと帰りましょう。


「待っていて下さい、殿下」


 クロエ、頑張ります!


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