第7話.魔獣剣アーノルド


「にしてもクロエがあの『妖精剣』とはなぁ……もっと冷酷な野郎かと思ったぜ」


「……いきなりどうしたんです?」


 バウ・バウの痕跡を辿りつつ森の中を進んでいると、唐突にダンさんからそんな事を言われます。

 もっと冷酷な野郎かと思ったぜ、と言われましても……そんなに私の評判は良くなかったのでしょうか?


「いやなに、事実かどうかは分からんが、手配書には『逃亡時に近衛騎士を八名、正騎士を五名、従騎士を十八名、その他多数を殺害した』って書かれてたからよ」


「あー、なるほど……」


 それは確かに冷酷な野郎だと思われても仕方ないかも知れませんね。


「で? 実際のところはどうなんだ?」


「まぁ、はい……事実ですよ」


 しかも全て本当の事ですからね。

 正確にはもうちょっと多いんですけど。


「……まじか」


「まぁ、殿下の命を狙って来たので……」


 陛下と前王妃様に託された大事な御子の命を狙うのですから、そんな相手の命にまで配慮は出来ません。

 万が一の事が無いように全力で排除にあたりました。

 ……と言いますか、近衛騎士まで殿下を裏切っていた事には少なからずショックがありましたから、それもあって余裕が無かったのかも知れませんね。


「まぁ、それなら仕方ねぇよな​──っと、居たぜ」


「……前見た時よりも大分進化してますね」


 まぁ一ヶ月以上は放置されていたんでしょうから当然ではありますが……背中に木を生やした巨大な輪にとか、中々にお目にかかれませんよ。

 それにデカいのはそれだけで脅威ですからね、私も一発喰らえば肋骨の一本や二本は折れるかも知れませんね。

 まぁ、当たらなければどうって事ありませんけど。


「それでは倒して来ますね」


「あ、おい! そんな堂々と前に!」


 私という臣下を信じて送り出してくださった殿下の期待に応える為にも、さっさと倒して凱旋しなければならないんですよ。

 今こうしている間にも殿下がお腹を空かせ、寒さに震えているかも知れません。


『ググッ、バゥアッ!!』


「お、おい!」


 私の様な小さな存在が堂々と前に出た事でプライドが刺激されたのか、低く唸り声を上げてからその巨体で飛び掛って来ます。

 ダンさんが何か叫んでいますが、気にせず腰に差した宝剣の柄を掴み​──抜き去ります。


「危ねぇ、ぞ……?」


 上から降ってくる巨体に合わせて前へと進み、そのまま何の面白みもなく斬り捨てる。

 刹那の時に振るわれた三度の刃によって首、胴体、尻尾へと三分割された死体が周囲に血飛沫を撒き散らしながら散乱するのを無感情に眺めながら剣を振るって血を払う。

 そのまま鞘に納めてからダンさんに向き直り、声を掛ける。


「さ、終わりましたので帰りましょう」


「お、おう……話には聞いてたが、騎士様ってのは本当に強えんだな……」


「まぁピンキリですけどね」


 騎士にも個人差はあるという事をダンさんに話していると、バウ・バウの死体が突如として煙となって消えていく。


「な、なんだ?」


「……やはりそうでしたか」


 困惑するダンさんの横で一人納得する……これで相手には気付かれたでしょうし、早く殿下の下へと戻らねばなりません。


「殿下、どうかご無事で」


▼▼▼▼▼▼▼


 ​──腹が減った。


「この量では足りんな」


 俺はある時を境に満腹感を覚えた事がない。

 自身に課した制約・・・・・・・・によって常に満たされる事のない飢餓感に苛まれてきた。

 とにかく腹が空いて仕方がない。

 そこら辺の屋台の食べ物を買い占めても全く足りない。

 むしろ食べれば食べる程に空腹感は増していく。


「……ここか」


 だがそれを満たしている暇は今はない。

 面倒臭いし、強烈な空腹感に気が狂いそうになるが仕方がない。

 俺が飯を食べ続ける為には仕事をしなければならない。


「……あん?」


「見ない顔だな」


 扉を開けて直ぐに突き刺さる煩わしい視線を無視しながら目当ての人物を探す。


「ようやく領主様の使いが来たのか?」


「でもそれだったら一人だけなのはおかしくねぇか?」


 ……居た。奥の方で何やら大人と会話をしているな。

 しかし見付けたのは良いが​──どっちだ・・・・


「お前が話し掛けてみろよ」


「ちっ、しゃーねぇなぁ」


 目標の人物は子どもと聞いたが……二人も居るな。


「おい、お前は領主様の​──えっ?」


 まぁ、いいか、分からなくて判別が付かないのなら両方攫えばいい。

 俺の目の前に立ち、道を遮った邪魔者の首を落として目標の子どもの下へと歩き出す。


「なっ?!」


「お前なにしやがる?!」


 一人死んだくらいで大袈裟に騒ぐ外野の野次に顔を顰め、耳に指を突っ込みながら二人の子どもの前へと進み出る。


「どっちがジークハルト殿下だ? ……まぁ、どっちでも良いが」


「っ?!」


 これで暫く飯には困らないなとほくそ笑んでいると、後ろから武器を抜いた痴れ者が襲いかかって来る。

 あー、本当に邪魔だな……俺はただ仕事の特別報酬で飯を食いたいだけなのに。


「てめぇ! よくもっ!」


「子どもに何をする気だ?!」


 佞臣シャザールから貰い受けた宝剣を抜き去りながらすり足で後ろへと下がる……狙いが外れ、俺がさっきまで居た場所へと仲良く武器を振り下ろす男達の背後から心臓を貫く。

 絶句して動けない者は捨て置き、愚かにも力の差も分からずに向かって来る女を斬り捨て、横に振り向く事で正面と背後から突き出された槍を回避する。

 背後に居た者の首を刎ね飛ばしながら正面の槍を掴み引き寄せ、前のめりになった男の鳩尾につま先をめり込ませる。

 そのまま無属性魔術の『衝撃波』で内部から心臓と肺を破壊しながら、悠長に魔術詠唱をしていた女の下へと蹴り飛ばす。


「な、なんなんだコイツ……」


「ば、化け物……」


 散眼で周囲を確認し、周囲の敵性存在がどいつも武器を抜いて構えるだけで、コチラへの恐怖心から特に障害にはなりはしないことを認識する。


「ジークハルト殿下、この『魔獣剣』のアーノルドがお迎えに上がりましたよ」


「……」


 毅然と俺を睨み付ける生意気な奴と、怯えきって震えるだけの奴……果たしてどちらがジークハルト殿下なのか。

 かの『妖精剣』に護られ続けているだけの子どもなら後者だろうか……しかし、王族としての矜恃なんかがあるのであれば、前者の可能性もあるな。

 まぁ、どっちが本物かは連れて行った後でシャザール辺りが判別してくれるだろう。


「一緒に来て頂きますよ」


 さて、帰ったら何を食べようか。


▼▼▼▼▼▼▼

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る