第8話.攫われた殿下
「あー、夜になったら迎えが来ますのでね、それまで大人しくしてて下さいね」
「……」
そのまま『あー、腹減ったなぁ』などと巫山戯た事を抜かしながらアーノルドと名乗った男が遠ざかって行く。
まだ街の中だとは思うけど、こんな路地裏の入り組んだ場所にある倉庫なんて存在すら知らなかった。
多分だけど、クロエも場所が分からないだろう……ちょっと不味いかもね。
「な、なぁジーク、お前大丈夫なのかよ」
「いや、その……そっちこそ大丈夫?」
「いや別に怪我とかはしてねぇけどよ」
不味いと言えばレンの存在だ。
彼は無関係の民なのに巻き込んでしまった……護衛を買って出た冒険者という訳でもないのに命の危機に晒してしまった。
いくら僕が無関係だと言っても『俺はそれが嘘かどうか判別できん』とあしらわれてしまった……いや、対象の顔くらい知っておけよ。
「巻き込んでしまってすまない」
「気にすんなよ、お前らが居なかったらどうせ病気で死んでたんだし」
「あはは……」
一応、謝罪してみるけどこれだよ。
病み上がりで、さっきまで怯えて震えていたっていうのに……レンは大物だね。
「それに、あれだろ? クロエさんが助けに来てくれるんだろ?」
「……うん。クロエは助けに来てくれるよ」
絶対に彼女は僕を助けに来てくれるという確信がある。
今までだって何度も僕を救って、護ってくれたしね……今回は僕の判断ミスが原因だからあれだけど。
でもクロエがいつも僕に付きっきりなんて状況は有り得ないし、冒険者としてお金を稼いでいくなら遅かれ早かれ似たような状況になっていたとは思うけどね。
「で、これからどうすんの?」
「うーん、どうしようか……」
こういった状況に陥った時にする行動は予めクロエと打ち合わせはしてあったけど……まだ彼女からの合図はない。
大声を出して失敗してしまったら、今度は手足を縛られるだけでなく、口まで塞がれてしまうだろう。
広い倉庫の入口近くで大量のご飯を黙々と口に入れ続けるアーノルドを観察しながら時を待つしかなさそうだね。
「今のところ打てる手は無さそう」
「そっか……みんなアイツに殺されたんだよな」
「……」
組合の中に居た冒険者の半数がアーノルドに殺されてしまった事を言ってるんだろう。
僕たちを守ろうと、また仲間の仇を討とうとした人達はみんな殺られてしまった。
確かアイツは自分の事を『魔獣剣』と名乗った……つまりはそういう事だろう。
「……あのアーノルドって奴は騎士だ」
「? それはもう分かってるけど?」
「じゃなくて、この国の竜王に認められ、王の懐刀の一振と認められた本物の『竜騎士』の一人だ」
神聖エル・ドラド王国の騎士階級は全部で七つある……下から従騎士、正騎士、近衛騎士の一般階級と、有事の際は王国の盾となる白騎士に、王国の剣となる黒騎士、それら二つを束ねる聖騎士……そして最後に王直属の指揮下にある竜騎士。
クロエは王宮勤めだった当時は未成年だった為に身分自体は一番下の従騎士だったけど、扱いは竜騎士のそれと何ら変わりなかった。
「竜騎士はこの国の騎士達の頂点に立つ、名実共にこの国の最高戦力だよ」
「そ、そんなに強いの……?」
「竜騎士一人が国境地帯に赴くだけで他国が緊張状態になるくらいには」
「そ、その例えは俺にはよく分かんねぇけど……」
あー、そういえば平民に他国との関係とか言っても分からないかぁ……知識は力だけど、それを手に入れる環境がないから仕方ない。
レン君も理解できるくらい、もっと分かりやすく説明をしないとね。
「具体的にはどんな事が出来るんだよ?」
「えっーと、竜騎士はそれぞれ自身に課した制約によって様々な特殊能力を得たり、身体能力を上げたりして戦うんだ」
「つまり?」
「……アーノルドの能力は知らないから分からない」
「……」
そんな目で見ないで欲しい……僕だって王宮に居た頃はまだ五歳だったし、竜騎士を全て把握出来ていた訳ではないんだ。
クロエは傍に居てくれたけど、彼らはいつも何か重要な任務を与えられているからね。
「とにかくヤバい奴らなんだよな?」
「うん、この街の冒険者では歯が立たないだろうね」
「……じゃあ助からないんじゃ」
あ、不安にさせてしまったかも……今にも泣きそうな顔をしたレン君が俯いてしまった。
「大丈夫だよ、こっちにも竜騎士は居るんだから」
正式に任命される前に父が死に、僕と一緒に追われる身になったから身分も剥奪されて正確には竜騎士相当の騎士だけどね。
「……あ、そっか、クロエさんて」
思い出してくれたみたいだね。
そうだよ、クロエはとっても強いんだから。
「そう、最年少で僕の父上から『妖精剣』の銘を与えられた天才騎士さ」
レン君を安心させる様に笑ってみせると同時、外から激しい爆発音が聞こえてくる……どうやらクロエが街に帰り着いたみたいだね。
これが終わったら『心配しましたよ殿下〜!』って、また泣き付かれるかな。
「よし、レン君耳を塞いでて」
「? お、おう?」
レン君が器用に縛られた両手を掲げるように上げて二の腕辺りで耳を塞いだのと、面倒くさそうに立ち上がってコチラに歩き出すアーノルドを同時に確認してから息を大きく吸い込む。
怪訝そうな顔をするレン君とアーノルドには悪いけど、もしかしたら鼓膜破れるかも。
「『───────ッ!!』」
吸い込んだ空気と共に勢いよく声を吐き出す……竜神の血を引く僕だからこそ放てる『竜の咆哮』は目に見える衝撃波となって倉庫中を駆け巡り、高い位置にあった明り取りの窓や空の木箱を破壊する。
未だに幼く、力も未熟で覚醒していない僕ではこんな大声を出す事が精一杯だけど……同じ街に居るならクロエには確実に届く救難信号となる。
「うおっ、ぐっ……!」
「チッ……お行儀が悪いですよ、殿下?」
「むぐっ?!」
直ぐに口を塞がれてしまったから目を白黒されるレン君に謝罪が出来ないのが残念ではあるけれど……僕の勝ちだね。
目を細めるアーノルドに向かって勝ち誇る様に見下してみせる。
「……少し、おいたが過ぎるようだ」
「……っ」
痛いじゃないか、何も無抵抗の子どもを殴る必要はないだろう? ……まぁ声を上げた事でレン君が無関係だと分かってくれただろうし、良いけどね。
どうやら基本的に面倒くさがりで、食べる事しか興味がなく、口封じに殺す様なタイプでもなさそうだし。
「予定を変更して、もうこのまま運びますかね」
「……っ」
縛られたまま乱雑にアーノルドに担がれ、その衝撃が切った口に染みて思わず顔を歪ませる。
「おい! ジークを何処に連れて行く気だ!」
「……あー、この子どもも居たんでしたね」
「お、おい! 何をする?!」
……レン君が僕じゃないって分かった筈なのに、なぜ彼まで? 人質のつもり?
「んんっ!」
「おっと、暴れないで下さいよ」
せめてもの抵抗としてレン君と暴れるけれど、子ども二人くらい抑え込めない竜騎士じゃない。
僕らの小さな抵抗は彼にはなんの痛痒も与えてあないようだった。
「もうこのまま直接王都まで護送しますのでね」
倉庫から出た事によって頭上から降り注ぐ太陽の光に顔を顰め──陽光を背負い、アーノルドの真上から現れた影を認識して思わず安堵の笑みが溢れる。
「──殿下から離れろ痴れ者が」
「──ッ?!」
惜しい、アーノルドの首筋へと振るわれたクロエの剣閃は寸前のところで弾かれてしまった。
そのままアーノルドは後方へと飛び上がり、距離を取る……まぁ油断していたとはいえ、竜騎士が簡単に背後を取られたんだから警戒するよね。
「申し訳ございません殿下。迎えに来るのが遅れてしまいました」
「ぷはっ……別に良いよ、ちゃんと来てくれたし」
「レン君も巻き込んでしまって、本当にごめんなさい」
「あ、あぁ……別に良いけど……」
ちゃんといつも通りに助けに来てくれたし、僕としては気にしてないんだけど……この泣きそうな顔を見る限り、許すと言っても意味ないんだろうなぁ。
縛られていた縄を解きながら僕とレン君にしきりに謝り倒すクロエにはもう苦笑するしかない。
「……思ったよりも元気そうだな、妖精剣」
「やはりバウ・バウと病の流行は貴方の仕業でしたか、魔獣剣」
縛られていた手足を動かし、問題がない事を確認してからレン君の手を引っ張って下がる……ここからは邪魔にならない様にしなくちゃ。
「あぁ、上から圧力を掛けて領主には手を出さない様にさせていた筈なんだかな……いつの間にか病は終息し、放ったバウ・バウも倒されてしまった」
「いったい何の為に?」
「決まってるだろ? 安全にお前を排除する為だよ」
そう言ってアーノルドは自分の腹に剣を突き立て、そのま引き裂く。
「じ、ジーク? アイツなにやってんだ?」
「さ、さぁ?」
突然の狂った行動に僕とレン君は動揺するしかない。
「
そう呟いた奴の引き裂かれた腹からバウ・バウと、見慣れぬ鳥、獅子、大蛇、甲虫……他にも様々な魔獣達が這い出てくる。
あまりの衝撃的な光景に気分が悪くなる……レン君と一緒に顔を青ざめさせ、口元を抑える。
「媒介鳥ラクシャで病を広め、バウ・バウで薬の原材料を消失させる……この街には加工できる薬師が居ないからな、痺れを切らしたアホがにわか知識で毒薬を作って街に広める事も期待していたんだが」
「それは残念でしたね」
「あぁ、とても残念だ……病に倒れたお前を楽に殺し、そのまま同じく病に倒れて動けない殿下を連れ去る計画だったんだが」
……なるほど、一連の出来事は全部コイツが仕組んだ事か。
つまりは僕らがこの街に滞在していた事で起きた問題だった訳で……うん、領主に恩を売るのは無理そうかな。
というか、恩なんて売れないよ。むしろ巻き込んで申し訳ないという気持ちでいっぱいだ。
「こうなってしまっては仕方がない……覚悟はいいか?」
「そちらこそ、殿下の玉体を傷付けた罪、万死に値しますよ」
そう言葉を交わし、合図もなく二人揃って剣を構え──
「「……死ね」」
──人外の戦いが始まった。
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