第9話.妖精剣クロエ
『──シャアッ!』
大口を開けて迫り来る大蛇──バウ・バウと同じ暴食の眷属であるヘレーリオへと水平に細剣を構え、何を偏食したらそうなるのか、歪に捻れた黄金の牙に挟まれる前に振り抜いて口の端から尾の先端まで二枚に下ろしながら思考を巡らせる。
目の前の男が放ったであろうバウ・バウを討伐した後すぐに帰還した私達に待っていたのは組合内に広がる血の匂いだった……死者も数人出ており、ダンさんの仲間も重症を負って意識不明の重体という有様。
「……」
そして何よりも──殿下が攫われてしまったという許容できない事実。
「どうした? 顔が恐いぞ」
「……」
事態を認識して即座にこういう時の為に話し合っておいた通りに空へと爆音の花火を打ち上げ、それに呼応する形で殿下がまだ未熟な竜の力で咆哮を上げて下さったので見付けられましたが……既に殴られていた痕があった。
つまりこの男は陛下と前王妃様から預かった殿下を殴ったという事で……絶対に許せるはずもない。
「ふんっ!」
「シっ!」
魔獣達の隙間を縫って振り下ろされた長剣の腹を細剣で突き上げる事で弾き、返す刀で懐へと飛び込んで来た双頭の獅子カルカノスの首を高速の二連撃で落とす。
そのまま軸足から半回転しながら媒介鳥ラクシャと、羽ばたく
「……ちっ」
抜かりなく殿下達の下へと這い寄る大蛇を斬り捨て、殺到する甲虫の群れを腕を高速で振るう事で連続して始末する。
私の動き固定されたのを幸いとして殺到する獣達を見下しながら細剣を振るい、殿下やレン君には指一本たりとも触れさせまいと顔の横で水平に構えた細剣を突き出し、獅子の眉間を貫く。
「……『
「あぁ、そうだ。さすがに知ってるだろ?」
「えぇ、陛下から大体の事は教えて貰っています」
全員の能力を教えて貰った訳ではありませんし、内容にもそれぞれ穴がありますけどね……陛下はこういう時を想定して少しずつ教えてくれたのでしょう。
奴の、『魔獣剣アーノルド』の
自身の腹の中に魔獣を飼い育てる事でその魔獣を使役したり、魔獣達の能力を自分で扱う事が出来るという物……育てた魔獣達も通常種よりも十倍の能力を獲得し、最大五匹まで能力を落とさずに分裂できます。
だからこそ森のバウ・バウも一度ではなく、三度も剣を振るわなければ倒せなかったのでしょう。
そんな強過ぎる能力を得る代償として、彼は常に飢餓感に苛まれ続け、食べられる物もその時に腹に飼っている魔獣が好む物だけ……さらに取り出す時は自身の腹を引き裂かなければならない。
「物凄く趣味が悪く、燃費の悪い誓いですね」
「そう言うなよ、絶えず生産される魔獣に苦戦してんのはどっちだ?」
「……」
確かに厄介ではあります……最大五匹まで能力を落とさずに分裂できると言っても、能力を落とす事を許容すればそれい以上に分裂できる訳で、弱くなった獣など私の敵ではありませんが、殿下やレン君はそうではない。
元々の素の能力も十倍ですし、分裂体をいくら倒しても本体が健在なら意味はないです。
殿下やレン君へと差し向けられるそれらを排除しながら竜騎士を倒す……とんでもない難易度ですね。
「……ですが」
「あん?」
「ですが殿下を攫い傷付けたお前の死だけは確定事項です」
こめかみに青筋が立ち、目に力が入るのが自覚できる……殿下を攫い、殴り傷付けただけでは飽き足らず、コイツは魔獣までをも殿下にけしかけた。
もしも殿下に何かあったらと思うと腸が煮えくり返って仕方がありません。
なのでコイツは殺す。今ここで殺す。手駒が多い能力でもありますし、将来的に面倒になる前に殺します。
「……殿下」
「……なんだい?」
気丈に振る舞い、守るべき民であるレン君を庇う様に背に隠す殿下へと声を掛ける……本当に立派になられましたね。
「今からお目汚しするかも知れません……目を閉じて頂けますか?」
今も十分魔獣の血飛沫などが飛び交っていますし、レン君なんかは完全に怯え切っていますが……それ以上に凄惨な現場になりますし、何よりも人が死にます。
そんな場面なんて無理に見なくても良いのです。
「──いや、僕はもう目は瞑らない。瞑りたくない」
「……そう、ですか」
王宮から抜け出す時、私の言い付け通りに目を閉じて蹲っていた殿下の姿が脳裏に浮かんでは消えていく。
もうそこにはあの時の殿下は居らず、立派に成長し、強くなろうとする一人の男の子が居ました。
何時までも私の後ろで護られていて欲しいなんて思うのはただの我が儘なんでしょうね……恐れ多くも殿下の事は弟の様に思っておりましたので複雑な心境です。
「では、しっかりと見届けて下さい」
……本人には言えませんけどね。
「これが──貴方がこれから進む道にあるものです」
最後の獅子の首を落とした後、軽く剣を降るって血を吹き飛ばし、そのままの流れで陛下から下賜された宝剣を顔の前で真っ直ぐに構える。
「……来るか」
警戒からか、アーノルドはそれまで大量に分裂させていた魔獣達を全て一纏めにして自身の長剣へと纏わせ始める。
場に残ったのはそれぞれ四匹ずつ……本体はあの剣か、奴の腹の中ですかね。
「えぇ、簒奪者の側につき正当後継者である殿下に害を為した事……あの世で後悔しなさい!」
「いいだろう……騎士同士の一騎打ちといこうじゃないか!」
ビキビキと目の周囲に筋が立ち、瞳が淡く光り始める……自身の細胞一つ一つを闘気が包み込んでいく。
両手が肘の先まで罅割れる様に黒く変色し、罅から血が流れ出る。
「今は亡き主に代わり、この『妖精剣』のクロエが反逆者を誅する!」
宝石のオパールと同じ色をした私の魔力が渦を巻き、そして周囲へと飛散する。
「
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