第10話.有言実行
「誓いをここに──」
自らの
「──一つ、百を数える間に何人たりとも後ろへは一歩も通さない」
私の右眼の下に妖精を象った様な痣が浮かびあがる。
「──二つ、百五十を数える内に獣を全て打ち倒す」
右眼の下にあった痣が拡がり、右眼の周囲を覆う。
「──三つ魔獣の殲滅に於いて魔術の全面的な使用を禁ずる」
右眼の周囲に存在する痣がさらに複雑な形をとり、顔の半分を覆い尽くす。
「──四つ、この戦いで必ず一回は敵の攻撃を受けなければならない」
顔の半分を覆っていた痣が首筋にまで至る。
「──五つ、三百を数える間私の視界は閉ざされる」
妖精を象った複雑な痣が右肩を侵食し、定着する。
「以上──この誓いが破られた時、自らの身体を以て償うものである」
私の
誓う行為が難しければ難しいだけ増幅量も上がっていく。
この
「クックック……フハハハハ、ハーッハッハッハッ!!」
「……」
唐突に笑い出したアーノルドが居るであろう方向へと冷めた視線を送りながら細剣を顔の横に水平に構え、刀身へと左手を添える。
「何か面白い事でも?」
「これが笑わずにいられるかぁ?! 随分と舐めた誓いを立ててくれるじゃないかぁ?! えぇ?!」
あぁ、笑っていたのは私の誓いが気に入らなかったからですか……何ともまぁ、器の小さい男ですね。
「分相応な誓いを立てた事、後悔しながら逝くがいい!」
まずは最初の誓いを破らせようと言うのか、アーノルドが剣を振り下ろす気配を感じ取るのと同時に感じられる気配の数が増大する。
……これは、再度分裂を繰り返しながら魔獣達が殺到しているんでしょうね。
それらの殺気は私ではなく、背後の殿下達を捉えていて──そちらこそ、舐めた真似をしてくれるじゃありませんか。
「ふんっ!」
思いっ切り足を振り下ろし、踏み込んだ事で地面に亀裂が走り、砕ける……それによって殺到していた魔獣達の足を止めて立ち往生させる事が出来た。
空を飛ぶ鳥や甲虫の獣も、衝撃によって倒壊した倉庫の壁や天井の崩落に巻き込まれて大地に叩き付けられる。
「ふっ!」
最初の踏み込みの勢いを殺さず、そのまま跳躍し、細剣に纏わせた魔力で刃を形作り間合いを延ばす。
そのまま空中で回転しながら魔獣を切り刻み、落下に合わせて地上に居る魔獣の首を落とす……この感触は獅子ですか。
「甘いです」
視界が閉ざされている今なら殺りやすいとでも思ったんですかね……音もなく這い寄って来た大蛇を雑に斬り払う。
いや、狙いはこっちですか……風切り音を追随させながら迫り来る投擲斧を細剣で弾き飛ばしながら、アーノルドが居るであろう方角へと首を傾げる。
今さらその程度の攻撃で何かが出来るとは思ってないでしょうに、何が目的なのか──っと、なるほど。
「本命は後ろですか」
確かに視界が閉ざされ、それ以外の感覚が敏感になっている私の注意を引くのに中々有効的な手段ではありますね。
あくまでも私の誓いを破らせる事が目的なよううで、周囲から鳥や虫の羽音がよく聞こえますね。
魔獣相手に対して魔術の使用を禁じたから小回りの利く奴を殿下達にけしかけようって? ……馬鹿にするのも大概にして欲しいものですね。
「──『鳳仙火』」
「──チッ!」
貴方の『
本当のデメリットとは空腹による脱力感と栄養を絶えず奪われる故の虚弱体質……そして戦闘中に腹を割いておきながら放置している事を鑑みるに、出す時と同様に入れる際にも穴が必要なのだと推測できます。
「貴方を狙う場合は魔術は使えるんですよ……そしてその攻撃を防ぐ為に鳥や虫を呼び戻したのは悪手でしたね」
「……気付いていて、確かめたか」
そしてこの場に出したのが分裂体のみで本体は奴の腹の中なのは分かりますが……それで積極的な攻勢に出ないのは魔獣達の力が上乗せされていない事を示します。
つまりは分身体も含めて取り込まないと自分の力として扱えないのでしょう。
私の知らない制約か、それとも誓約なのか……どちらかは分かりませんが少なくとも今のアーノルドは私と直接打ち合うのは避けている様です。
「私の誓いの内容にキレてみせたのもブラフ、ですかね」
「……ふむ、この街で観察していた時はもっとポンコツだと思っていたがな」
わざとキレてみせ、その後一度は纏めた魔獣達を一気に分裂させて襲わせる……誓いの内容もあって、何をするか分からない相手に突撃する事を本能的に避けてしまいましたか。
そしてチマチマと私の誓いを反故にする事を狙ってますよ、と言わんばかりの攻撃の小賢しい攻撃を目くらましに何かを成し遂げる、と……小賢しい攻撃が成功するのはそれはそれで良いですからね。
遠回りで迂遠な策略を立てるだけはあります。
「だが、もう遅い──
アーノルドの言葉と共に、分裂した魔獣達が予想外の気配を見せ始める……これはお互いに襲い合っている?
「文字通り自身の半身を喰わせるんだ……これを使うと魔獣は死に、また一から育て直さねばならんが──その分同じ竜騎士にぶつけるに値する」
「本当に悪趣味ですね? 殿下の教育に悪いじゃないですか」
視界が閉ざされた私には見えませんが、今もしっかりと目を逸らさずにこの戦闘を見ている殿下にとっては未知の世界でしょう……本当に忌々しい敵です。
キレた振りをして魔獣を一気に分裂させたのもブラフだけでは無かった様ですし、この男は一手に何重もの意味を持たせるのが好きな様ですね。
「──まぁ、コチラも誓いが一つ果たされたんですけどね」
百秒が経過し、誓いが果たされた事で私が纏う闘気と魔力が膨れ上がるのを感じながら細剣を私の目の前に居るであろう魔獣達に向けて構える。
「ゴフッ──と、いけませんね」
久しぶりに
殿下も見ているというのに、これ以上の情けない姿は見せられません。
「おいおい、そのザマで本当にあと五十秒で魔獣を殲滅できると──」
「──余裕」
大地に思いっ切り足を振り下ろしては砕けた破片を巻き上がらせ、大きなそれを回し蹴りする事で石礫の散弾として前方に放つ……魔術が使えないなら代わりを用意すれば良いじゃない、なんてね。
もちろんその散弾は私の強化された魔力を瞬時に纏わせたもの、半端な耐久力では防げはしない。
「シッ!」
量、質、出力等が上昇した魔力を薄く広範囲に放出する……それによって微かな魔力の揺らぎによって見えていなくとも魔獣達の挙動が手に取るように分かる。
それを頼りに上から飛び掛って来た獅子の心臓を一突き──そのまま細剣から
魔術を使わずに遠距離から範囲攻撃をしたいのなら大地や岩などに自分の魔力を纏わせて投げ付けるか、同じ硬さはある同族の外皮を吹き飛ばせば良い。
少なくとも強化された同族の肉片は石礫よりも効果はあるのではないでしょうか。
そのまま石礫と肉片の散弾で牽制した魔獣達のド真ん中へと躍り出ます。
「──シャアッ!!」
気合いの掛け声一つと共に自身の魔力が捉えた魔獣達に斬り掛かる。
背中から抜刀する様に半円を描いた振り下ろしによって巨大な鳥の頭を落とし、振り抜いた姿勢のまま腕を引き──一気に解き放つ事で鰐の眉間を貫く。
「……これで終わりです」
風切り音と魔力の揺らぎに合わせて顔を横に逸らして銀閃甲虫の動脈を狙った攻撃を避けながら軽い腕の一振りで叩き落とし、足下から忍び寄る大蛇の頭に細剣を突き刺し、地面に固定します。
これでこの場に存在する魔獣達は共喰いの影響もあってか、もはや存在はしません。
「これで三つ、か……」
「そうです。残りの二つが達成された時が貴方の最期です」
自分の繰り出した魔獣達が尽く通用せず、それどころか私がさらに強化されたというのに少しも慌てる素振りを見せませんね。
それどころか、この期に及んで何かを食べる余裕すらある様です。
先ほどから何かを取り出しては口に含む音が強化された耳に届いていますね。
「……そろそろ食べる行為をやめたらどうですか?」
「それは無理だ。たとえ謁見の最中だろうと食べたくなったら食べる──特に戦闘中はな」
この魔力と闘気の高まりようは……いったい何を食べたらこんなに強化されるのでしょうか。
まぁ、竜騎士がこの程度で終わるとは思ってませんでしたが……これ、誓いが五つ程度で足りますかね?
「
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