第11話.カニバリスト


「さてさて、何やら不穏な名前でしたが……いったい何を食べたんでしょうね」


 視界が閉ざされている為に何を食べたのかは分かりません……ですが、この嗅ぎ慣れた血の匂いは人間のものですね。

 本当にこの方は殿下の教育に悪い事ばかりしてくれますね、忌々しい。

 前方から感じられる高密度の魔力と闘気を考慮するに、いざと言う時は私自身が盾となって殿下達をお守りせねばなりません。


「何を食べたかレシピを教えてやろう」


「教育に悪いので結構です」


 さて、どのタイミングで仕掛けますかね……出来ればこのまま時間稼ぎをして視力を回復したいところではあります。

 ですが殿下の教育に悪そうな無駄話に付き合うつもりは毛頭ありません。

 アーノルドの眉間を目掛けて水平に構えた細剣を突き出す。


「まぁ聞けよ、久しぶりに満腹感を覚えてこっちは上機嫌なんだ。人にレシピを教えるくらいにはな」


「ちっ!」


 やはり躱されますか……先に誓約を達成されたのは少し痛かった様ですね。

 紙一重で首を逸らされ、奴の薄皮一枚を切り裂くに留めてしまいます。


「お互いに自身の半身を食い合わせた魔獣達を腹の中に戻し、自らの胃液でぐちゃぐちゃに混ぜ合わせる」


「そんな汚いものは聞きたくないんですよ!」


 突きを躱された状態から水平に細剣を振り抜く事で首を狙いますが​──しゃがみ込む事で躱され、逆に私の首を狙って下から風切り音が迫って来る。

 それを対応する為に右脚を軸としながら斜め後方へと重心を移動させ、独楽の様に回転する事で攻撃を躱しながら再度アーノルドの首を狙って細剣を振り抜く。


「そうして出来た特製ソースを今朝の新鮮な採れたて冒険者へと掛け、自らの胃袋の輪切りを香辛料として添える」


「黙れっ!!」


 逆手に持ったらしい長剣によって斬撃を受け止められるのを認識すると同時に後方へと跳躍……直前まで自分が居た地面が円錐状に突き出る。

 これは恐らく魔術​──いや、魔力は感じられなかったのでいずれかの魔獣の能力ですかね。


「冒険者の肉は程よく筋肉が締まってはいるが粗野で野性的な雑味があるのが難点なのだがな、このソースと香辛料を振り掛けるとそれも最上の美食へと変貌を遂げる」


「黙れと言っているのが聞こえないのかッ!!」


 聞くに堪えない戯れ言を殿下の前でペラペラと……本当に憎たらしい騎士サマですね!


「悍ましいか? まぁそうだろうなぁ……俺もそう思うよ」


 アーノルドから放たれる圧力が増大していく……何かを発動される前に、その起点となる物を潰さなければ危ないですね。

 一撃の重さやりも速さを重視し、アーノルドが認識できないような速度で切り刻んでやる。

 さらに腕の振りを速くして奴の首や関節などを重点的に狙って​──動けませんね。

 何やら自分の影に捕縛されているかの様な奇妙な感覚を覚えます。

 これも魔獣の力ですかね、振りどけない事はなさそうですが数秒という致命的な時間が掛かってしまいます。

 その間に殿下達を狙われては堪りません……もっと力を込めなければ。


「​だってなぁ、任務よりもお前が美味しそうに見えて仕方がないんだもんなぁ」


 何故かアーノルドの気配はすぐ後ろに居る殿下達ではなく、私のすぐ目の前まで来ていて​──


「​──クロエッ!!」


 そんな殿下の悲痛な叫び声と、アーノルドの『いただきます』という声が耳元から聞こえたのは同時だった。


「​──ッ!!」


 首元を喰いちぎられる感覚と、すぐ傍から聞こえてくる咀嚼音に怖気が走る。

 被捕食者になるという、人間の根源的な恐怖を呼び起こしてしまうアーノルドの蛮行。

 それはこれまで相対して来たどの敵にも感じた事のない、全く別種の恐怖心を私に抱かせる。


「よ、よくも乙女の柔肌に……」


「あぁ、なんという美味​──ッ!!」


 私の憎まれ口を聞いちゃいないですね、何やら勝手に陶酔とうすいしちゃってます。

 それ程に美味しかったのは別に良いのですが、自分が食べられるという感覚は慣れそうにもありませんね。

 拘束を振りほどきながらそんな事を考えます……と、同時に敵から攻撃を受けたと見なされ、誓いが一つ達成された様です。

 ですが、それは相手も同じ様なものらしいですね……私を食べた事によってさらにアーノルドから感じられる圧力が増大していきます。


「ククク、やはり質の良い肉を食べると力が湧き上がる」


「本当にやりづらいですね、竜騎士の中でも古参なだけはあります」


 数十、数百、数千……秒間に数えるのも馬鹿らしくなるくらいの剣戟の応酬の最中に舌打ちを一つ打つ。

 こちらの細剣は紙一重でアーノルドに届きませんが、向こうの長剣は少しずつ私の頬や二の腕の皮膚を引き裂いていく。


「どうだ? まだ抵抗するか?」


「無論」


 お互いに眉間を狙った突きを躱す……アーノルドの頭髪がハラりと落ち、私のこめかみから血が流れ落ちる。

 今の状態の私ではほんの少しだけ、彼には届かない様ですね。

 しかも彼は何かを、誰かを食べる度にさらなる強化されるのですから、本当に厄介というものです。


「お前の最後の誓いが達成されても俺には届かないと思うがな?」


「……ふふっ」


 ですが​まぁ、なんと傲慢な事をほざくのか……思わず笑みが溢れてしまうじゃありませんか。


「……何がおかしい?」


「いやいや、迂遠で遠回しな策を好む貴方にしてはやけに迂闊な発言をするものだなと……」


「……」


「自らの目で確認もしていない事に対して決めつけをするなど……美味しい物で満腹になったからって、少し浮かれすぎでは?」


 アーノルドが居るであろう方向へと顔を向け、嘲笑してやりながら挑発を行う。

 それによって彼の気配に怒気が混ざるのを確認し、さらなる確信を得る……この騎士は魔獣の能力だけじゃなく、その性質まで引き継いでしまう様ですね。

 だとすれば、あれだけの傲慢や憤怒の獣を取り込んだせいで少し迂闊な発言や行動が多くなったのでしょう。

 未だにその強化された力は脅威的ではありますが​──まだ、私の敵ではありません。


「​──魔獣如きか妖精に対して大きく出すぎなんですよ」


 閉じていた目開けて・・・・・・・・・、しっかりと目の前のアーノルドを見据えながら言う。


「五条達成​──《聖痕顕現》」


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