第12話.ティターニア


「なん、だ……それは……」


 俺の目の前に立つ少女の、成人十五歳前を思わせる小さく華奢な身体からは想像も出来ない程の膨大な量の未知のエネルギー・・・・・・・・が高密度に体表スレスレで纏まっている。

 そんな少女の異質は変化はそれだけではない……顔や腕などの、目に見える範囲で晒された肌に浮き上がる夥しい数の傷痕。

 子どもの様な見た目には全く似合わないそれらが、彼女をただの少女ではなく騎士なのだと確信を抱かせるには十分だった。


「同時に五つ以上の誓いを果たした時にのみ解放される神の息吹エーテル​──それによって浮かび上がる聖痕は私が歩んで来た道そのものです」


 そう言って細剣を構える彼女の気迫は、まるで〝竜の眼光〟を想起させる。


「私が今ままで主君の為に受けてきた傷の分だけ、この力は応えてくれる」


 魔力でもなく、闘気でもない……竜騎士として長年戦い続けて来た俺ですら知らないまったく未知の力に気圧され、後退る。

 今までだって理解不能な能力や力など……それこそ同僚の竜騎士達を見てきた筈なのに、何故かこの静謐な激流という矛盾した感想を抱かせる力を前に俺は怯えてしまっているらしい。

 ……この俺が怖気付くなど、なんて馬鹿馬鹿しいんだ。


「いやぁ、最初は一つや二つ、いっても四つも達成させられれば倒せるかなとか思ってたんですけどね……エーテルの解放をしたのは本当に久しぶりですよ」


 思わず奥歯を噛み締める……『さすが古参の竜騎士ですね〜』などとふざけた事を抜かす女に芽生えた殺意。

 今まで食べて来た人間の中で、あれだけ俺の舌を満足させた食材に対して食欲以外の感情を抱くなど本当に珍しい。


「さぁ​、妖精の宝物に手を出した罰を受ける覚悟は宜しいですか?」


「……っ、馬鹿馬鹿しいッ!!」


 絶対に認めてなるものか! 目の前に居るコイツは極上の食材であって、断じて俺を断罪する者でも狩る側でものない!


「クソがっ!」


 穴が開いたままの自身の腹へと左手を突き込み、そこから臓腑を引きちぎっては自らの口へと運ぶ。

 自分を食べるという最高の同族喰らいを為した事によって、さらなる力が急激に自身の内から沸き起こる。

 ここまでして勝てなかった者は今まで居なかった……そして、これからもだ。


「​──ッ?!」


 妖精剣を剣を交え、そして直後に感じる自らの不調​に眉を顰めてしまう。

 そしてその不調は直後の二度目の剣戟で確信へと至る​──俺の魔力が減っていると。

 これは通常ありえない事だ……魔力が何もしていないのに勝手に減少するなど聞いた事もない。

 魔力とは気体の様なものだ。その場に留める力がなければ四方へと分散してしまうが、だからといって高密度に折り重ねたそれが急に消滅する事はない筈だ。


「貴様、いったいなにを……」


「今ごろ気付きましたか? エーテルとはこの世界を構成する絶対的な力の一つであり、魔力を上書きする性質・・・・・・・・・・を持ちます」


「馬鹿な……他人の魔力に干渉するどころか上書きだと?」


 それも竜騎士である俺の魔力を、騎士の誓いゲッシュを発動している俺の魔力を……いいや有り得ん!

 この俺の騎士の誓いゲッシュによる強さが全て奴の養分になるなど認められるか!

 養分になるべきは貴様! 貴様が俺の糧となるべきだろう!


「エーテルを扱う術を知らなければ、どの様な誓いを果たそうともただ私へと蜜を献上する下僕に成り果てる​──お前ら裏切りの騎士共を殺す為の力だ」


 ​──ティターニア。


「……っ」


 不意に脳裏を過ぎるその異名……先王から贈られた『妖精剣』という銘とは別に、奴にはその様な異名があった事を思い出す。

 齢たったの九歳にして俺と同じ竜騎士相当として認められた奴の前ではどの様な騎士も膝を付き、頭を垂れると……馬鹿馬鹿しいと一笑に付してそれっきり忘れた話。

 しかし目の前の奴はどうだ? 溢れ出る静謐で厳格な威圧感と、他人の魔力でさえ関係なく従え自分色へと塗り替えてしまう目の前の女はまさに​──


「​──竜殺しの妖精女王ティターニア


「……その呼び名、あまり好きではないんですが」


 人よりも多く持つ魔力を誓約と制約によってさらに増幅させ、それを元に身体能力を強化したり特殊な力を扱う我ら竜騎士の天敵……力の根源だる魔力を喰らい、自らの糧とする傲慢な力。

 もはや『私なんかが王を名乗るなど、ましてや竜殺しなんて不吉な二つ名なんて要りませんよ』などという、奴の呑気な発言を指摘する気にもならない。

 こんな者、どうやって倒せと……いや、最初から正面から戦っても勝算は低いと分かっていたではないか。

 だからこそ、病を蔓延させるという迂遠な方法で弱体化を測ったのだ……それが失敗した時点で退くべきだったのだ。


「引き際を見誤ったか!」


「やっと冷静になりましか? ではそのまま殿下を害した事を悔いながら死んで下さいね」


 何とかして体勢を立て直し、奴の情報を持ち帰らなければならない。

 何としてでも退却しなければ……俺はここで死ぬ訳には​──


「​──ゴフッ?!」


 ​──音すら置き去りにする神速の突き技。


「み、見え……っ……」


 無造作に細剣を払い、そのまま顔の横で構えたと認識した時にはもう俺の心臓は魔獣達の魔石と一緒に貫かれていた。

 一拍遅れて周囲一帯へと響き渡る甲高い破裂音、そして伝搬する衝撃波。

 空気の壁すらも突破した神速の突き技は音すらも自分の後ろへと付き従えさせ、とっぱされた空気の壁は四散して近くの建物を破壊する。


「がっ、は……」


「まぁ、そうですね……貴方の魔力はそこそこ美味でしたよ……」


 細剣をさらに突き込みながら耳元でそんな事を囁く女に思わず苦笑が漏れる。


「い、しゅがえし……か……」


「まぁ、それなりにムカついたので」


「そう……か……」


 魔力を生み出し、全身に送る役割を持つ心臓を破壊されてはもはや何もできん……いや、そもそも奴がエーテルとやらを発動した時点で俺に出来る事など何も無かったのだ。

 胸から細剣を引き抜かれると同時に後ろから地面へと倒れ込みながら、太陽の光を背負う奴の……『妖精剣クロエ』の顔を仰ぎ見る。


「言い残す事はありますか?」


「ない」


「では最初の宣言通りに​──」


 なるほど、確かにこれは跪きたくなると……大人になり掛けの少女の危うい蠱惑的な美しさに、圧倒的な強者としての確かな実力。

 ここ最近ずっと観察していたポンコツ具合からは想像も出来ない様な変わりっぷりには素直に賞賛の念を抱く。


「​──妖精は約束を違えない」


 自らの首へと振るわれる細剣を見ながら、最初に口にした『殿下を害した俺を殺す』というのがただの挑発でも何でもなく、本気だった事に苦笑しながら​──宙で回る視界を最後に意識が落ちる。


▼▼▼▼▼▼▼

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る