第13話.決着


「殿下、終わりましたよ」


 証拠隠滅として火炎魔術の『蒼炎』で跡形もなくアーノルドの遺体を焼き払ってから、後ろで言いつけ通りに待っていた殿下へと振り返ります。

 本当に見せても大丈夫だったのか、殿下にはまだ早かったのではないか、人同士の殺し合いを見て嫌な思いはしていないか……そんな事ばかりが頭の中をぐるぐると巡る。

 それに今回は殿下だけでなく、レン君まで巻き込んでしまいましたからね。


「怖く、ありませんでしたか?」


 だからでしょうか……殿下の近くまで戻って最初の質問がそれだったのは。

 本来ならば先ず怪我がないかの確認が先であるというのに、自らの身から出た錆によって不安になってしまったのでしょう。

 騎士として、殿下の保護者として……本当に情けない話で​──


「​──いいや、クロエはいつも通りカッコよかったよ」


 真っ直ぐと、私の奥底を見透かすかの様な金色の瞳と私の視線が交わった​──瞬間、思いっ切り殿下へと抱き着く。


「で、殿下ぁぁあぁあぁぁぁあぁぁぁあぁあぁぁぁあぁぁあぁぁぁあぁぁあぁ!!!!!! ご無事で本当に良かったですぅぅぅぅぅうううう!!!!!!」


 緊張の糸が切れてしまった勢いのまま殿下に抱き着きながら、身体をまさぐって怪我がないかどうか確認をします。

 このクロエ、一生の不覚です! アーノルド相手に苦戦するなど、長い逃亡生活の中で騎士の誓いゲッシュを使う事すら本当に稀だったとはいえ、少しばかりカンが鈍っていたのでしょうか?

 ドブさらいや犬の散歩なんかも比率として多かったですし、これから竜騎士も刺客として送られてくるのであれば……本当にうかうかしていられません!


「レン君も巻き込んでしまってごめんなさいぃぃぃいいいい!!!!」


「お、俺はいいんだ! 怪我もないし! それよりもクロエさんの方が早く治療しないと不味いって!」


「そうだよ、クロエは自分の心配をしなきゃ! 僕も怪我はないから!」


「うぇっ、えぐっ……本当に本当にお二人共ご無事で何よりでぇぇえええ!!!!」


 声を上げて号泣しながらも、素早い手つきで殿下とレン君の身体をまさぐって怪我の確認をし、そのまま傷がある場所に魔力を送り込む事で癒していきます。

 尊き身の上であるご自身よりも、巻き込まれただけの被害者である自分よりも私なんかの身を心配してくれる二人の優しさが身に染みます……クロエ感激です!


「お二人共まだ幼いのに本当にご立派で​──ぐふぅ?!」


「く、クロエ?!」


「クロエさん?!」


 言葉の途中で限界が来たのか、そのまま地面へと『ズザァ!』という効果音と共に倒れ込んでしまいます。


「ひ、久しぶりにエーテルを解放したせいで筋肉痛が……このクロエ、一生の不覚でございます」


 なんという事でしょう……本当に本当に久しぶりだったとはいえ、戦闘の直後でまだ敵の第二波が来るかも知れないというこの段階で倒れ込んでしまうなど……一生の恥ではありませぬか!

 これでは私を信頼して殿下を預けて下さった王妃様や陛下に顔向けできません!

 失態です! これは紛うことなき完全なる失態です!


「だ、大丈夫なの?」


「だ、大丈夫でございますよ……全身の筋肉がプチプチしているだけですので……」


「ダメじゃないか?!」


 産まれたての子鹿の様にプルプルと震えながら何とか片腕を上げ、そのまま親指を突き立てて見せて大丈夫だと伝えます。

 全身の筋肉が断裂しているから何だと言うのですか、殿下は齢たった五歳にして両親を亡くし、そのまま身近に居たほとんどの臣下から裏切られているのですよ。

 それに比べたらこの程度の痛みなど無いも同然ではありませんか。


「お、俺ちょっと大人の人呼んでくる!」


 おー、レン君いきなり走ると危ないですよ。

 ここら辺は戦いの余波で倒壊しそうな建物がそれなりにありますからね……って、もう見えなくなってますね。

 本当に子どもというものは元気いっぱいです。


「さて、殿下」


「喋って大丈夫なの?」


「今のうちに話しておくべき事があります」


「……聞こう」


 私の懐から傷薬を取り出し、そのままアーノルドから付けられた傷に塗り込んでいく殿下の成長に感動しながらも、だらしなく緩んだ顔を見せない様にキリッとした表情で口を開く。


「あと三分程度したらまた動ける様になりますので、そのままこの街を出ます」


「レン君達は待たなくて良いの?」


「残念ですが、時間がありません」


 竜騎士アーノルドが本当に一人だけで来ていたのかどうかも怪しいですし、彼の者が居なくなった今……領主も動く事でしょう。

 現状は私達の戦いを見張っていたであろう者達の報告によって、アーノルドの仲間か領主の手勢のどちらが早く私達を捕捉するのか……そのチキンレースが開催されている状況です。

 来るかどうか分かりませんが、もしも二人目の竜騎士が来た場合この状態で相手をするのは難しいですし、領主の手の者だったとしても『恩を売り付ける』という当初の目的からすると捕まる訳にはいきません。


「じゃあこのまま逃げるの?」


「えぇ、そうです……ですがその前にきちんと責任は果たして参りましょう。エーテルを込める事で作成できる簡易エリクサーを、今回巻き込んでしまったお詫びと使い方を書いた手紙と一緒に置いていきます」


 本来ならば今のうちにきちんとした手順でエーテルを込め、貴重なエリクサーを量産したかったのですが……この身体と時間制限の中では仕方がありません。

 雑に作られた簡易エリクサーであっても、欠損は無理ですが重症程度なら直ぐに完治しますから妥協しましょう。


「クロエには使えないの?」


「無理ですね。自分の魔力やエーテルで自己治癒力を高める程度ならできますが……まぁ、今はその自分のエーテルで苦しんでるんですけど」


 基本的に自分の魔力などで作られた薬は自分自身には効き目がありません……私に出来る事は殿下の為に各種薬やエリクサー等を自らの魔力等で準備しておく事だけです。

 大量の魔力を解放すればその分だけ自分の治癒能力を高め、早く怪我や病気を治す事は可能ではありますけどね。

 今回はその自分のエーテルで全身の筋肉が断裂しているので、どうしても三分程度かかります。


「……クロエは強いね」


「……何を仰いますか、殿下の方がご立派ですよ」


「いつも助けられてるね」


「それが私の使命でございますから」


「僕も頑張るからね」


「ふふふ、殿下は本当に努力家でございますね」


 どうか、そのまま健やかにご成長なされて下さい……殿下が立派な竜王になれる日を臣下として、心より楽しみにしておりますので。

 それまでその御身に降り掛かる災厄は全て、この『妖精剣』のクロエが斬り捨ててみせましょう。

 だからどうか、どうか……必ずや自分の国と玉座を取り戻して下さい。


「さぁ、そろそろ逃げますよ」


 ……そう、クロエは願ってやみません。


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