第14話.幼き日の夢


「伯爵様、これが今回の顛末になります」


 家令から資料を受け取り、それを読み込んでいく……今回起きた一連の事件について詳細に書かれたそれを。


「……さて、どっちに付くのが得策か」


 心情的には中央はいけ好かん……上から圧力を掛けて我が領地に病を蔓延させ、さらには手を出すな等と要求してきおったしな。

 それに大義という面に於いても簒奪者には道理も何もなし、与する理由もない。

 その逆に第一王子達はどうか? 無償で病を癒す薬を配って周り、さらには原因であった魔獣の討伐までも行った。

 その上かの竜騎士、『魔獣剣』アーノルドさえも討ち取り、迷惑を掛けたとの書き残しと共に伝説上の秘薬でしかないエリクサーの劣化版を置いていったという。


「……妖精と竜王、か」


 しかしながら……まだ足りん。

 確かに中央からの理不尽な要求を飲むしかなかった我が領地は救われたが、それだけでは足りんのだ。

 もっともっと力を、味方を、場を整えなければ簒奪者から王位を取り戻すなど夢のまた夢。


「……」


 先ほどま読み込んでいた『妖精剣クロエ』の生い立ちについて調べた資料に視線を落とす。


 ​──曰く、五歳の時に初めて握った木剣で剣術指南役を叩きのめした。

 ​──曰く、六歳の頃には近衛師団に勝てる者は居なくなった。

 ​──曰く、七歳の頃に魔獣の群れを一人で討伐せしめた。

 ​──曰く、八歳の頃に騎士の誓いゲッシュを発動し、邪竜を討ち取った。

 ​──曰く、九歳の頃に当時竜騎士であった『泥濘剣』のクルスを『王妃様を侮辱された』との理由で殺害。その二週間後に陛下より『妖精剣』の銘と従騎士の位を賜った。


 この様な、俄かには信じ難い事実がつらつらと並べられているコレを真実として盲信するべきか否か。

 これが本当の起こった出来事であるならば、この様な化け物に守られている殿下は安泰と見ても良い。

 殿下が死ぬ事がないのであれば、竜王として覚醒するまで無事で居られるのであれば……勝機はあるかも知れないが、果たして。


「……グランゼル伯爵家は裏から殿下を支援する」


「よろしいので?」


「今の中央は信用ならん​」


「御意」


「決して簒奪者共には勘づかれるなよ」


 大々的に味方になるにはまだ足りん、が……その為の場を整える手助けを微力ながら行おう。

 直接的な支援は無理だが、今の中央を不満に思っている同士は多い。

 水面下で彼らに働きけ、殿下とその剣に味方して貰える様に動こうではないか。


「……まぁもっとも、殿下達に上手く立ち回って貰えねば意味がないがな」


 私にできる事は彼らの選択肢に殿下を加えるという事だけ……そこから選んで貰う為には殿下達自身の努力が必要になってくる。


「さて、見ものだな」


 もしも上手くいなかなかった場合は……私は自分の領地を守る為に敵に回る事も厭わないぞ?


▼▼▼▼▼▼▼


 ​──夢を見ている。


『く、クロエぇ……』


『お待ち下さい殿下、すぐに薬を作って参ります』


 はっきりとそう確信できるのは、これが過去の映像だからだ。

 僕がまだ一人で何も出来なかった頃の、王宮からクロエに連れられて逃げ出したばかりの頃の記憶を夢として見ている。

 逃亡中の森の中で発見した猟師小屋の中で、冬の寒さに負けて高熱を出した僕をボロ布で必死に包みながら『すいません殿下』とひたすら謝るクロエに胸が締め付けられてしまう。


『行かないでぇ……』


『少しの辛抱ですから、クロエは絶対に殿下を裏切りませんからね』


 そう言って、冬の森で見付かるかも分からない薬草を探しにクロエが出て行くのをこの時の僕は泣きながら見送るしかなかった。

 それが酷く悔しく、また同時にこんな体たらくではクロエに子どもとしか見られないのも仕方がないとも納得してしまう。

 クロエが僕を守る為に結界を張った事にすら気付かず、ただ『寂しい』と泣くばかりでは本当にただの子どもじゃないか。


『殿下! 薬草を見付けて来ましたよ!』


 そうして数十分が過ぎた頃、クロエが帰ってくる。

 頬を蒸気させながら『ついでに冬胡桃もありました!』と純粋に喜ぶ彼女のなんと愛らしい事だろうか。

 そして逆に、行きとは違って少量の返り血を浴び、自らの頬や二の腕に小さな傷を負って帰ってきたクロエの様子に気付かずに喜ぶ僕のなんと愚図な事だろう。


『さぁ、冬胡桃を食べて薬を飲んだらもう寝ましょうね』


『ねぇ、クロエ』


『なんでございますか?』


『な、なんで父上は死んだの? どうしてみんな僕の命を狙って来るの?』


 ……やめろ、それ以上クロエに負担を掛けるな。


『なん、ででしょうね……私にも分かりません……』


『やだよ、寂しいよ』


『どうか、どうか泣き止んで下さい殿下……クロエは、クロエはずっとお傍に居りますゆえ』


 泣くなよ、やめろよ……そんな事を彼女に喚き散らしてもししょうがないだろ?

 お前はまだ把握している事は少ないから良いけどな、クロエはお前が何も考えられない分一人で頑張ってるんだぞ?

 それなのに……それなのに感情面でも彼女に寄っかかるつもりなのか?


『父上に会いたいよ……』


『私も、私です殿下……私も陛下や王妃様に会いとうございます……』


 あぁほら、クロエまで泣き出してしまったじゃないか……人よりも少しだけ強いと言っても、この時のクロエはまだ十四歳で成人前なんだから。

 泣きじゃくる僕を胸に抱き、その頭を撫でる彼女自身も辛いからこそ涙を流すんだ……決してお前だけじゃない。

 そんなんだから、そんな醜態を晒すから……お前は何時まで経っても彼女にとって庇護するべき存在なんだよ。


『クロエは居なくならない?』


『えぇ、クロエはずっと殿下のお傍に居りますよ』


『本当に?』


『えぇ、殿下が国を取り戻すまで私は殿下の剣としてずっとお傍に……』


 ……あぁ、そうか、この時からだったか……僕が彼女の負担を減らそうと努力をし始めたのは。

 常に周囲を観察し、クロエが出稼ぎに行っている間に街の図書館や冒険者組合の資料室で本を読む毎日を始めたのは。

 彼女の、涙が伝う綺麗な慈愛の篭った横顔を見上げた時から……僕は。


『僕もクロエとずっと居る』


『ふふ、殿下にそう言って貰えて嬉しゅうございます』


 本当に、クロエは泣き笑いの顔ですら美しいんだから。


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竜王暗殺 ~王国を第一王子と共に追放された少女騎士は最強の竜王として目覚めるまで殿下を溺愛します~ たけのこ @h120521

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