第2話.ポンコツ騎士クロエちゃん
第一章.2.ポンコツ騎士クロエちゃん
「──ヘッブシュ!」
隙間風から吹く寒風に晒され、殿下の前で間抜けなクシャミをしてしまった……心優しい殿下は見ない振りをしていくれているけれど、それが逆に私の心を滅多刺しにする。
あぁ、何と不甲斐ない従者でありましょうか……こんな体たらくでは前王妃様や陛下に顔向けできませぬ。
「……クロエ、僕の分の毛布要る?」
「いけません殿下! 大切な御身が冷えて風邪を引いてしまいますれば、むしろ殿下が私の毛布をお使いください!」
あぁ、何と情けない事か……あの毒婦と簒奪者に国を追われた大事件からはや三年……追っ手を振り切り、祖国から遠い辺境の地に逃げ延びたは良いものの、私達は今極貧生活を送っています。
元々孤児だった私はスラムか王宮での暮らししか知りませんし、殿下はそもそも貴き出自です……つまり何が言いたいかと言うと、この場には世間知らずで生活能力が皆無の者しか居ないという事でございます。
三年が経ち、殿下の背も伸びて心做しか陛下に似てきたというのに……その暮らしぶりは全く似ても似つきません。
「クロエの方こそ寒そうだよ?」
「わ、私は良いのです! 騎士ですからね! 鍛えておりま──へキチッ!」
職の探し方も知らない小娘が幼子を連れ、刺客や暗殺者を警戒しながら何処かに定住する事も出来ない……そんな状態ではマトモな職に就く事も出来ません。
何回か心優しい申し出をしてくれる方が職を斡旋したりしてくれる事はありましたが、それらは何れも私を騙して娼婦にしようとする悪人ばかり……本当に親切な人でも、毒婦と簒奪者から放たれた暗殺者との戦闘に巻き込まれる形で死んでしまいました。
「うっ、うっ……誠に申し訳なく……本当は白いパンを食べさせて上げたいのですが、私の収入では硬く不味い黒いパンしか買えず……」
「い、いや良いよ、これも食べ応えがあるしお腹に溜まるから……」
「で、殿下の何とお優しい事か……それに比べて私の不甲斐なさたるや……」
貴き〝黄金の血〟に連なる殿下がクソ不味い黒パンと干し肉を齧る事でしか空腹を満たせないなんて……私を信頼して御子を預けて下さった前王妃様と陛下に顔向け出来ません。
ど、どうにかしなければ……せめて白いパンだけでも殿下に食べさせてあげたいのです!
「えっーと、今の全財産は──銅貨三枚」
ボロボロの板切れでしかない床に軽い音を立てて転がる三枚の鈍色。
「……」
「……」
この場に静寂を生み落とし、私たちの間で寂しく転がるその全財産では白パンはおろか、今夜の夕食の分の黒パンすら買えません。
それを見てとって、私の頬からホロりと涙が銅貨へと零れ落ちます。
「申し訳ありません殿下ぁぁぁああ!!!! 私の力が及ばないばかりに食事にすら不自由を……かくなる上は今度こそ路地の隅で花を売って参りますっ!!」
「お、落ち着いてクロエっ! 僕はそんなの望んじゃいないからっ!」
三年前から全く成長の見られないこの身体ではありますが、十四歳相当の見た目にしてそれなりに大きい方がであるこの胸を押し出せば割と稼げるのではないかと……そう割と真面目に考えますが、殿下が私の腰に抱き着く形で止めに掛かります。
あぁ、本当に殿下はお優しいのですね……いつの間にか路地の隅で花を売るという言葉の意味も理解してらっしゃいますし、聡明でもあります。
この歳でこれは将来が期待されますね……ますますここで殿下を空腹に倒れさせる訳には参りません。
「止めないで下さい殿下! 私は自分が不甲斐なくて情けないのでございます! このままでは殿下の父君と母君に顔向けできませぬ! 大丈夫です! 今夜の帰りが少し遅くなるだけです! それだけでお腹いっぱい食べられる様になりますよ!」
「だから落ち着いてってば! 僕はクロエにそんな事をさせるくらいなら何も食べずに死ぬからね!」
「そんなっ、殿下っ……私の為にそこまでっ……分かりました、一旦この案は保留に致します」
「……はぁ」
何と、何とお優しく成長なされたのでしょう……病に倒れた陛下を尻目に豪遊し、果ては陛下を毒殺して
私が知らない間に様々な事を学んでいるようですし、臣下として主君の将来を期待してやみません。
「それにしても、そんなに儲からないの──冒険者って」
「冒、険者……?」
はて、冒険者とは何でございましょう……どうやら殿下は私の収入源はその冒険者とやらだと思っておいでだったようですが、はて?
今日の私の仕事は確か……スラム街のいかついお兄さんから頼まれた白い粉の入った荷物を指定の場所まで届け、三番街のご婦人のペットのお散歩をし、八番街の子ども達と
私的には大冒険だったと思うのですが……これ以上何を冒険すると言うのでしょうか?
それともあれでしょうか、もしかして私は既に冒険者だったのでしょうか。
「……冒険者組合って知ってる?」
「……お恥ずかしながら存じ上げません。無知な私めにどうか罰をお与え下さいませ」
「あー、うん……まぁ罰は一旦置いておいて」
「はい」
後日下されるであろう沙汰に息を飲みつつ、無知な私に殿下が『冒険者組合』なるものをご教授して下さる様ですので、背筋を伸ばしてしっかりと聞きましょう。
忠誠を誓う主君の言葉です……一言一句たりとも聞き逃しはしませんよ!
………………
…………
……
「──要するに何でも屋みたいなものですね」
「まぁ、だいたいそんな感じかな」
半刻ほどのご説明の結果、冒険者とは報酬次第でどんな依頼も請け負う何でも屋の様なお仕事らしいですね。
犬のお散歩や子守りから、魔獣討伐や蛮地の開拓までやると言うのですから驚きです。
「ですが、それでは私が今までやってたことも冒険者と言えるのでは?」
「だから、てっきり冒険者として下積みしてるものとばかり思ってたよ」
最初は大した稼ぎにはならないそうですが、凄腕の方ともなると下手な貴族や豪商よりも財をなすのだとか……素晴らしいですね。
「クロエくらいの実力なら上位には食い込めると思うけど」
「なるほどなるほど……確かにこんな貧相な身体を売るよりも、自分の腕で稼いだ方が良いですね」
「貧相……うん、まぁいいや。とりあえず明日にでも登録に行ってみようよ」
どんな時でも肌身離さず腰に差している宝剣の柄へと、そっと触れる。
毒婦から差し向けられた刺客を斬り殺すよりも、殿下の健やかな成長の為に振るわれる方がこの相棒も嬉しい事でしょう。
「そうですね! 私、頑張って殿下に白パンを食べさせてみせます!」
「白パンは良いけど、気を付けてね?」
「はい! 勿論ですとも!」
「……大丈夫かなぁ」
殿下にお腹いっぱい白パンを食べさせる為……クロエ、頑張ります!
▼▼▼▼▼▼▼
「で、殿下? ここが冒険者組合で合ってますか?」
「うん、そのはずだよ」
話に聞いていた『何でも屋』というイメージからは想像も出来ないくらいに大きく、絢爛な建物の前に殿下と二人で立っていますが……本当にここがそうなのかと不安が拭えません。
もしも殿下が間違えてしまっていた時は、精一杯にお慰めせねばなりません。
「あとそろそろ殿下じゃなくてジークと呼んでよ」
「殿下を愛称で呼び捨てにするのは恐れ多いですが……致し方ありませんね」
「うん、早く慣れてね」
二人きりの時ならばいざ知らず、この様な人の多い場所での『殿下』呼びは拙いですからね……ここは我慢しなければなりません。
初めての場所だというのに、恐れずに建前の中へと入っていく肝が据わった殿下の後を追って、私も冒険者組合とやらへと足を踏み入れましょう。
「『……』」
……私がハーフエルフだからなのか、入って直ぐに屋内に居た方々から不躾な視線を貰ってしまいます。
そこから殿下へと視線を移し、露骨に顔を顰める方まで居ますね。
煩わしい視線の群れから殿下を守るべく、一歩前に踏み出して背に庇いつつ窓口と思われる場所へと向かいます。
「失礼。私クロエと申す者です。お仕事を頂きたいのですが」
「冒険者登録は成人してからです。またのお越しをお待ちしております」
「「……」」
……門前払いとはこの事を言うのだろうか? 私と殿下を一目見て『また来たよ』と言わんばかりのおざなりな対応です。
もしや私の他にも子どもの身でありながら冒険者を目指す者は多いのでしょうか……いや、私は子どもじゃないですけど。
「ダッハッハッハッ!! 残念だったなぁ?! ここは子どもの遊び場じゃねぇんだ!!」
「……失礼ですがどちら様でしょうか?」
「俺か? 俺も一応お前らが憧れる冒険者様だぜ?」
「……そうですか」
確かに『何でも屋』だけあって、酷く野卑な印象を受けますね……王宮暮らしの私や殿下にはあまり馴染みのない方々が多く在籍しているようです。
上手く彼らと付き合えるかどうか今から不安しかありませんが、ここは我慢して歩み寄る場面でしょう。
「一つ勘違いを訂正させて頂きたく……私は十七歳の成人でございます」
「あん? ……ちっ、ハーフか」
……露骨に態度を変えましたね。
先ほどまでは粗野ながらも、ただ子どもを揶揄って遊ぼうという思惑しか感じ取れませんでしたが、今は嫌悪感を露わにしてそのまま自分が居た席に戻ります。
ま、わかり易くて良いですね。
下手に危害を加えようとしないだけ、この方はマシかも知れません。
「……と、言う事で登録させて貰っても宜しいでしょうか? それともハーフは登録を出来ないのでしょうか?」
「……いえ、その様な事はございませんので登録させて頂きます」
やはり王宮での私の扱いは特別だったんだと実感する……まぁ、それも陛下が私を取り立てたから表立って行動に起こさなかっただけで、みんな嫌悪感があったらしい事が判明したけどね。
とりあえず関係ない第三者が見ても不快だし、まだ子どもの殿下に見せるには毒が強い光景なので、そのまま自分を壁にして殿下から視線を遮りながら差し出された書類に必要事項を記入していく。
「こちらが貴女の冒険者証なので無くさない様にお願いいたします」
「どうも」
えーと、なになに……
====================
冒険者ランク:青銅三位
名前:クロエ
性別:女
種族:ハーフエルフ
年齢:十七
活動実績:無し
====================
……なるほど、簡単な情報で個人を識別してるだけなのか〜、多分一番重要なのはこの『冒険者ランク』っていうのと、活動実績の欄なんだろうね。
一応殿下にも見せて問題ないと頷いておきます。
「冒険者ランクには青銅階級、黒鉄階級と各階級毎に三段階へと別れております。階級で受けられる依頼にも制限がございますので、是非とも一番上の金剛一位を目指して頑張って下さい」
「なるほど、理解致しました」
冒険者のランクは下から青銅、黒鉄、魔銀、朱金、金剛の五階級あり、そこからさらに三段階の細かい上下関係があるらしい。
とりあえず詳しく事は一先ず置いておいて、階級をさっさと上げてより高難易度、高報酬の仕事を受けられる様に頑張りましょう。
「さてはて、青銅三位の私が受けられる依頼は何がありますかね……?」
殿下の手を握り締めながら掲示板の前へと行きます。
「……」
えっーと、薬草採取が十束毎に銅貨二十枚に、犬の散歩が銅貨三十枚、さらに子守りが銀貨一枚と……なるほどなるほど、ここら辺が私の受けられる依頼になるんですね。
「……は? え? は? ……ほぇ?」
間抜けな声を出す私に対して向けられる失笑の声すら気にならず、震える手で依頼書を剥ぎ取ります。
まさかとは思いますが、そんな事があって良いのでしょうか……嘘ですよね?
「でんっ……ジーク、これ……」
「あー、うん……」
剥ぎ取った依頼書を殿下へと見せます。
動揺から思わず素で『殿下』呼びをしそうになったり、テーブル席からの『残念だったな! 最初は安いんだよ!』という野次すら耳に入って来ません。
「こ、これ──めっちゃお金貰えるじゃないですか?!」
「『……は?』」
この際今までの私のお散歩や子守りという仕事に対して正当な報酬が支払われていなかった事はどうでもいいです……冒険者という正規雇用ではなかった訳ですからね。
ですが、この報酬の高さはなんなのでしょう! まるで夢の様ではありませんか!
「銅貨が十五枚を超えるのなんて初めてですし、銀貨なんて見た事もないですよ!」
「う、うん……そうだね」
正確には騎士だった時代には金貨も触れた事がありますが、この三年間の逃亡生活で銅貨十五枚以上の大金なんて得た事はありません。
「何という失態……もっと早く冒険者組合とやらについて知っていれば、こんな……こんな……でんっ、ジークを空腹に晒す事もありませんでしたのに……」
逃亡生活の最初の頃なんて、初めて食べる黒パンのあまりの硬さに殿下の乳歯が折れるなんていう事件もございました。
ちゃんと新しい歯が頑丈に生えて来る様に下の歯は遠く空へと投げ、上の歯は地面に埋めたとはいえ、許されない事です。
「も、申し訳ございませんでんっ、ジークぅぅぅぅう!!!! わ、私がもっとちゃんとしっかりとしていれば、週に一度は白いパンを食べさせてあげれたかも知れないのにぃい!!」
「も、もう良いから! 分かったから! クロエは立ち上がって? ね?」
「申し訳ございましぇぇぇぇん!!!!」
情けなくも仕える主であるはずの殿下に慰めらてしまつ始末……組合に入る前の『もしも殿下が間違っていたら私が慰めねば』とちう決意も何処へやら。
間違っていたのは私の方でごさいました……齢八にして聡明に成長なされた殿下が間違えるはずもありませんのに。
自身の不明を恥じ入るばかりであります。
「ほら、とりあえず薬草採取にでも行こ? ね?」
「はいっ、はいっ! 頑張って白パン食べましょうねっ!」
せめて薬草採取を頑張りましょう。
殿下に白パンを食べさせる為なら百束でも千束でも採取してみせますよ!
「……あ、一応言っておくけど採り過ぎには注意してね?」
訂正! たとえ百束でも千束でも採取出来たとしても、程々に抑えてみせますよ!
──ヒソヒソ
他の冒険者の方々から向けられる哀れみの目を振り切りながら、私は今夜の夕食を想像して笑みが漏れてしまいます。
「今夜は白パンですよ!」
さぁ! 張り切って参りましょう!
▼▼▼▼▼▼▼
この前話との落差よ……クロエちゃんにお腹いっぱい白いパンを食べさせてあげ隊。
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