第3話.王子の想い
「──おかしいです殿下っ! 薬草が全くありません!」
組合の資料室で調べた通りの場所で間違いはないはず……そもそも昨日も一昨日も同じ場所に来たというのに、何故今日になっていきなり無くなってしまうのか。
もしや殿下に白パンを食べさせてあげたいが為に張り切り過ぎましたかね……そのせいで薬草達が逃げたとか?
……
「……確かにいきなり群生地が突然消えるのは変だね」
……おおう、殿下が『群生地』なんていう難しい言葉を使用していますし、しかも意味が分かっているようです。
臣下として主君の成長を喜ばずには居られません。
「僕の知らないところで乱獲とかしてないよね……?」
「も、ももも、勿論ですとも! 多少採り過ぎたかなぁ〜とは思ってはいましたが、決して殿下の忠告は無視しては──殿下、後ろへ」
何者かが近付いて来る気配を感じ取るや即座に殿下を背後へと庇う。
感じ取れる気配の大きさからして大したことのない敵だと思われるが、地面を伝わってくる足運びの様子がどうもおかしい。
手練にしては拙く、素人だとしても無駄が多過ぎるというか……そんな歩き方をする人間が居るのか、という違和感を覚える。
「「……」」
殿下と二人で息を潜める……こういう敵の正体が掴めない時は無闇にその場から動かず、相手の正体を探るに限ります。
時折わざと目立つ様にコチラに近付き、私が殿下を連れて逃げた先に気配を断つのが得意な暗殺者が待ち伏せしている事がありますからね。
「あれは──
「……鰐?」
「えぇ、このような場に居るのは珍しいですが、騎士時代に何度か討伐した事があります」
なるほど、どおりで知っている様な気がした訳です……最初から暗殺者を想定していまたしたし、個体によって大きく特性が違って来る魔獣ですので気付くのが遅れました。
……まぁ、今目の前に居る個体は原型に近いので特に危険性はないでしょう。
「正式名称はバウ・バウ、暴食の獣ですね……これら暴食の眷属は特定の物を
「へぇ……」
「見てください。姿形が何となく鰐っぽいでしょう?」
「本の挿絵でしか見た事はないけど、確かに似てるね」
私と殿下の目の前で木彫り細工と見紛う様な木目に似た
四つある深い新緑の目をギョロギョロと動かし、
「さ、今日は薬草は諦めてこの場から離れますよ。幸いにして奴は私達に気付いておりません」
「? クロエなら倒せるんじゃないの?」
「殿下を無駄な危険に晒す訳には参りません」
「……そっか、ありがとう」
確かに発展途上段階であるバウ・バウ一匹程度は私の敵ではありませんが、この場には殿下が居ます……避けられる危険があるのに、わざわざ飛び込む訳には参りません。
この近くに気配を隠すのに長けた刺客が潜んでいないとも限りませんしね。
……それに、あの程度の獣なら冒険者達でも簡単に対処できるでしょう。
「組合には報告しておきましょう」
「うん。……ねぇ、クロエ」
「? はい、なんでしょう?」
とりあえず毒草もお金にならない訳ではないので、薬草と同じく十本で一束として纏めた物を袋へと移してから街へと歩き出す。
そのまま鰐の事は冒険者組合に丸投げしてしまいましようという事を話すと、不意に殿下に呼ばれます。
「僕も、強くなるから……だから待ってて」
「……殿下はお強いですね」
殿下を守る事は私の使命でしかないのに。
殿下はただ守られるだけを良しとせず、私の負担を減らそうとしている。
「絶対に強くなるから」
殿下は気にしなくても良いですよ──そう言えたらどんなに楽だろうか。
けれど私は臣下として、主君が望む事を全力で応援する……それが自身の成長の為ならば尚更だ。
であるならば、殿下の決意に対する私の答えは決まっている。
「仰せのままに──」
──我が王よ。
後半の言葉はそっと、自身の胸の内にしまい込みながら私は跪く……いつかそう呼ぶ日が来ると信じて。
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「毒草も高く買い取って貰えるといいですねぇ〜」
顔を上に向ければ『もう少しで白パンが食べれますね!』なんて、無邪気に笑うクロエの綺麗な顔が映る。
淡く
栄養のある食べ物は優先的に僕に回すせいなのか、三年間前から身体が少しも成長していない彼女の表情は酷く幼い……なのに時折見せる大人の顔が凛々しくて魅力的だった。
「……でも毒草ですからねぇ」
そんな彼女はたまに深夜に僕を起こさないよう静かに外に出て行き、そして返り血を浴びて帰って来る。
時折その白い肌に傷を負ってくる事もある……その度にクロエは誤魔化すけれど、昼間でも刺客に襲われる事があるんだから嫌でも察しはつく。
「いや、私の分を我慢すれば現状でも……?」
「そんな事したら僕は食べないからね」
「は、はい……」
ほら、油断するとこうだ……産まれて直ぐに母を亡くし、三年間に父を亡くしたと同時に周囲の人間が突然自分の命を狙い始めた絶望的な状況の中で唯一僕の味方をしてくれた女の子。
普段はどこか抜けてるけど、ひとたび剣を抜けば鬼神の如き強さを魅せて僕に向けて放たれた暗殺者や刺客を全て返り討ちにしてとても頼りになる。
……けれど、気が付いたら僕に王宮と変わらない暮らしをさせようと花を売ろうとしたり、食事を抜いたりと自分を蔑ろにする事がよく目立つ。
「何度も言ってるけど、僕はクロエの事を大事に思ってるんだからね?」
「そんな、殿下っ! 臣下の一人でしかない私にそこまで言って下さるなんてっ……!」
あー、これは何も分かってないパターンだ。
もうこの後に続く展開はほぼ察しがつく。
「本当に立派に成長なさいましたね……クロエ、涙が出て来ます」
「……」
そう、この様に好きな女の子から発せられる『私が九歳の頃に殿下のおしめを変えた事もあるのですよ』という恥ずかしい思い出話を無の境地で聞く羽目になる。
ハッキリと言えない僕も悪いし、事実としてまだ幼い子供でしかないけれど……自分はクロエにとって守るべき小さな存在でしかないというのは嫌だった。
「初めて殿下が言葉を喋った時はそれはもう王宮中が──」
僕にも〝黄金の血〟が流れているのなら、強くなれるはず……せめて僕の為に血を流すクロエを護れる様になるくらいの強さは欲しい。
……今はまだ、僕は彼女にとって『庇護するべき子供』でしかないけれど……それでも、いつか、必ず……必ず彼女の横に立てる様な、そんな大人に成りたい。
「ねぇ、クロエ」
「殿下が初めて立ち上がった時は──はい?」
「僕が強くなるまで、待っててね?」
「? そうですね、殿下が逞しく成長するのを楽しみにお待ちしております!」
ま、今はこれで良いかな……どうしたって僕はまだ子供なのだから。
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