第4話.不穏


「……中々仕事がありませんね」


 今私は殿下と一緒に冒険者組合に併設されたテーブル席にて突っ伏しております。

 薬草採取が出来なくなってから一ヶ月ほどが経過しましたが、未だに薬草採取の依頼が復活する事はありません……あれほど実入りの良い仕事はないというのに。

 今もっぱら貼り出されている依頼は薬草の群生地が消失した原因究明と、薬草が採取出来なくなって三日ほど経った辺りから流行り始めた病に関する物ばかりです。

 ……とても冒険者ランク青銅三位の私が受けられるものではありませんね。


「街中で出来る仕事も減ったしね……」


「そうですよでんっ、ジーク……バウ・バウの事を報告しても『ハーフと子供の言うことなんて信用できない』とか言われちゃいましたし……」


 まぁそれ以外の理由として、そもそもの私の冒険者ランクが最下位なのも影響してそうですけどね……今の私達の社会的信用度はそこらのゴロツキと何ら変わらないと言ってもいいでしょう。

 はぁ……王宮務めの騎士であり、陛下から『妖精剣』の銘を賜ったこのクロエも、今じゃ見る影もありませんね。


「毒草を採取して来ても買い叩かれますし……」


「薬の材料にならなくはないと言っても、ここら辺で採れるアジャーラ草は扱いが難しいらしいね」


「……まぁ、薬の予備も尽きていたので丁度良いですけどね」


 この辺境の街​──『グランゼル伯爵領・第二都市へレーゼ』にはこの毒草を取り扱える薬師は居ないみたいですけど、私は王宮で習っていた技術がありましからね。

 逃亡の旅の中でまだ幼く、身体の弱い殿下が度々倒れられますから、定期的に薬は作っておかねばなりません。


「にしても薬草が採れなくなったと同時に病が流行るなんて大変だね」


「……そうですね、どんな病かは知りませんが一応薬は飲んでて下さいね? 場合によっては早めにこの街を離れます」


 殿下の体力が持たないのと、また新しく借家を探すのが大変な為にあまり移動はしたくありませんが……もしも流行り病が凶悪なものであったならば話は別です。

 その場合は多少目立とうも直ぐにこの街から離れます。


「​──大変だ! 近くの森に暴食の獣が出た!」


「なんだと?!」


「それは本当か?!」


 苦笑する殿下に私の分の干しぶどうをあげていると、突然組合の入口が乱暴に開かれます。


「……どうやら冒険者の方も接敵したみたいですね」


「そのようだね。慌て方が少し気になるけど……別に大した相手じゃないんでしょ?」


「ん? そうですね、長い時を偏食に費やした個体なら多少は手こずるかも知れませんが……先日見かけた個体はそこまで脅威ではありませんね」


 はて、もしかして別の個体、もしくは別の暴食の眷属でも発見しましたかね?

 殿下と一緒に状況の推移に注目します。


「それは本当ですか?」


「あぁ、間違いねぇ! 森の中腹でサブリ花を偏食してるのを見た!」


 あぁ、どうやら私達が見掛けた個体と同一の様ですね。

 この辺りで最も採れる薬草はサブリ花くらいしかありませんし、組合に張り出されている採取依頼の対象もこのサブリ花です。

 それを偏食していたのなら、ある程度の進化をしていたとしてもそこまで戦闘能力は獲得しないでしょう。


「おいおい、ヤバいんじゃねぇか?」


「いつもと違って領主様の動きも遅せぇ……何かあったんじゃないのか?」


「……そうですね、確認の早馬を出しましょう」


 ……おや、何か相当慌てているみたいですね。

 やはりこの地域の薬の主原料となるサブリ花が暴食されているという事は不味いんでしょうね。

 それもバウ・バウを倒せばあとは時間が解決してくれますけど。


「クソっ、俺の甥が病に倒れたっていうのに……薬の材料すら手に入らねぇのか」


 あー、なるほど……ここ一ヶ月で流行し始めた病気にサブリ花が必要だからでしたか。

 病名はよく分かりませんが、サブリ花で作れる薬が効く病は……眼石病、赤下痢、捻れ骨……辺りですかね。


「……殿下、ここに三つほど選択肢がございます」


 組合内のやり取りを眺めていた殿下に向けて指を三本ほど立てて見せる。


「殿下がこれから復権するに辺り、非常に重要な事でございます」


「……聞こう」


 背筋を伸ばし、確りとした目で私を見詰める殿下に微笑みそうになるのを堪え、真面目な顔をしながら説明を始める。


「一つ、何も言わずにここから黙って立ち去る」


 何やら病が流行り始め、その病に効く薬の原材料も魔獣の被害を受けて入手が困難……ある程度の蓄えはあるでしょうが、そう日持ちする物でもありませんし、一ヶ月近くも続いているのならそろそろ底が見えてくるはず。

 そうなった時、遅かれ早かれ必ず領主が医師団や調査隊などを派遣して問題の解決を試みるでしょう。


「そうなった場合、指名手配されている私達の存在が領主という国の上層部に近い人物に知られてしまいます」


 見付かってしまえば戦闘は避けられないでしょうし、襲って来る全てを撃退してしまえば面子を保つために領主のグランゼル伯爵も本腰を入れて私達を追うでしょう。

 中央政府だけでなく、地方領主までも敵に回してしまえば殿下の復権は遠のくばかり……なので見付かる前に離れる。


「二つ、今から私がバウ・バウを倒して来る」


 多少目立つでしょうが、上手くいけばこの街での私達の待遇も良くなるかも知れませんし、冒険者ランクも上がるかも知れません。

 原因を取り除けば後は群生地の回復を待つばかりになりますし、領主側もとりあえずの凌ぎに薬単体と医者を派遣すればそれで済みます。


「何もしないよりは派遣される人員も少ないでしょうから、ほとぼりが冷めるまで潜伏しましょう」


 領主の一団をやり過ごせれば後はこっちのものです……得られた信用と上がった冒険者ランクでさらに実入りの良い仕事をこなし、お金を稼ぐ。

 もしかすれば殿下に白パンを食べさせる事も出来るかも知れません。


「そして三つ​──こちらから領主に恩を売る」


「恩?」


「えぇ、そうです。こちらから病の薬を提供し、ついでに魔獣も倒してしまいましょう」


「サブリ花は採取できないよ?」


「ですが幸いにして、サブリ花はアジャーラ草で代用できるのです。……扱いは難しいですがね」


 扱いが難しいというか、魔力を持たない者には加工すら出来ないんですけどね。

 そもそも加工が出来なければただの毒草ですし、加工が出来てもそれを薬へと成すには割と高度な技術が必要です。

 辺境の、それも領都ですらない街では扱える薬師が居ないのも仕方がありません。

 数だけは沢山あるので、恐らく中央への輸出用でしょうね。


「どうやら辺境の戦力ではバウ・バウは脅威の様ですし、それらの功績をもって領主に恩を売ります」


「……僕の復権のため?」


「そうですね、味方に付ける事は出来なくても、殿下が行動を起こした時に静観して貰える様にです」


 それさえ無理でも手心を加えてくれるというか、やりづらいな〜って空気を相手が持ってくれれば良いでしょう。


「交渉は?」


「さすがにこれだけの材料で交渉は無理ですね、足元を見られてしまいます。……だから恩なのです」


「……なるほど、交渉によって僕達の働きに決まった価値を付けずに対価を要求せずに『貸し借り』へと持っていくんだね」


「そうです。さすが殿下は聡明ですね」


 薬の提供と魔獣討伐だけではそれなりの褒賞を貰えるだけで終わるでしょう……いや、指名手配されている事を鑑みるに、領内に留まる事を黙認するだけで終わるかも知れません。

 ですが、こちらからは特に何も要求せず『ハーフエルフの女と、幼い男の子が領民の危機を救った』という認識を広める事が出来ればどうでしょうか……街の人々だって、領主から依頼されてというよりも、善意からの施しの方が印象は良いはずです。


「これらを領主の一団が派遣される来る前に先んじて行います。……失敗した場合はまた逃げる事になりますがね」


「ふふっ……逃げる事には慣れてるし、三番目でいこう」


 茶目っ気を出しておどけながらそう言うと、殿下は苦笑しながらもハイリスクハイリターンを選択します。

 いや、自分で提示しておきながらあれですけど、殿下も中々に博打打ちですね。


「社会的な信用のないハーフエルフが提供する原材料が毒草の薬……しかも冒険者ランクが最下位でありながら何か魔獣を倒すとか言ってる」


 あ、口に出すと絶望感が半端ないですね。


「やばいね、もしかしたら追い出されるかも」


「それだけで済めば良いですね〜」


 私がハーフエルフじゃなかったら少しは違ってたんでしょうけどね。


「まぁ、やれるだけやってみましょう」


「……僕に出来る事はあまり無さそうだけどね」


「殿下はどっしりと構えてれば良いのですよ」


 本当に真面目な殿下に思わず苦笑してしまう……まだ八歳なのですから、これからですよ。

 私は殿下の剣なのですから気にせず使えば良いのです。


「それでは​──まずはあの人の甥っ子さんから救ってみましょうかね」


 登録初日に絡んで来たですけど、大丈夫ですよね?


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