第11話 愛称とアーク様
「たくさん食べました!」
「最高記録かもしれませんね。なのにまだ夕飯を食べるんですか」
「はい、夕飯は夕飯で美味しいです!」
「お前の胃袋どうなってるの?」
「分かりません!」
その日の夜、寮の食堂でいつも通り三人で食事を致しました。
あのあと、わたくしが普通に食べ続けたのでみなさんなにやらげんなりした顔のままラウンジを去って行ってぼんやりとお開きとなりましたが……。
「フィリアンディス様は大丈夫でしょうか。とても落ち込んでいらっしゃいましたが」
「サブリナ嬢、エナ嬢、ジェニー嬢に裏切られていましたからね」
ああ、やはりあれは裏切られていたのですか。
ご令嬢に限らず貴族あるあるとお聞きします。
自分が上に行くために、邪魔になる者の足を引っ張る。
必要ならばたとえ友人だろうと隙を見て陥れる。
なんとも恐ろしいお話ですわね。
「けれど、まあ……彼女たちが人を裏切る人だというのは分かったので。それはよい収穫だったのではないでしょうか」
「そうだな。アークの根回しのおかげで私も久しぶりに思う存分クリスティアにケーキを作ってやれたし、食べてもらえた。万々歳だな」
「まあ! やっぱりあれはアーク様が仕組まれたのですわね!」
「おや、クリスティアには気づかれたんですか? 意外です。絶対バレないと思いました」
「匂いがしたので!」
「「匂い?」」
「はい、ケーキからミリアム様とアーク様の匂いがしました」
「…………。それは体臭的な?」
「はい!」
「「………………」」
あら!? とても変な顔をされました!
なぜ!
「あ、そういえばフィリアンディス様はミリアム様とご婚約したかったそうですわ。ミリアム様はフィリアンディス様とご婚約されるつもりはなかった、という事でよいのでしょうか? 何度もお断りしておられるそうですが……」
「え?」
え?
なぜ聞き返され……?
「……クリスティア、もしかして、と思ってましたけど、覚えてません?」
「え? なにをですか?」
「小さな頃、出会った時に約束していたじゃないか! え! わ、忘れている!? 忘れているのか!? え?」
「え? え? な、なにをでしょう? なにをですか!?」
突然焦ったように立ち上がったミリアム様。
アーク様がそれを嗜めて、もう一度着席。
でも、ミリアム様は焦った表情のまま。
え、わ、わたくしがなにか忘れているんでしょうか?
小さな頃、出会った時に交わした約束? は、はて?
「ミリアム、この話は込み入った事になるので別の機会を設けましょう」
「うっ……た、確かにこのような場所でする話ではないが……」
「それになんとなく僕はそんな気がしていたので」
「…………」
「え? え?」
なんだかミリアム様には恨めしそうに見つめられてしまいました。
ええ? わたくしなにか変な事申しました?
あらあ?
「次の休み、城で話そう」
「? はい」
お二人がそうおっしゃるなら……?
***
そして瞬く間にお休みの日。
前世の世界は七日間が一週間。土曜日と日曜日がお休み、という感じでしたが、この世界は四日間で一週間。
火の日、水の日、土の日、風の日。
風の日がお休みとなり、本日はアーク様と一緒に帰城となりました。
アーク様はいつも通りなのですが、先に戻られたミリアム様は一体なにを気にされていたのでしょうか……うーん?
「クリスティア、本当に覚えていなさそうですね」
「え、あ、は、はい。すみません……。あの、なんのお話なのでしょうか?」
「うーん……まあ、普通に……僕たちの婚約の話ですね」
「? わたくしとアーク様の婚約のお話、ですか?」
「そう。僕と婚約した時の話、覚えています? クリスティア」
「…………」
アーク様と婚約した時……五年前、なので、記憶を辿る。
えーと、えーと……えーと……うん……。
「ケーキが美味しかったです」
「そうですか」
にこっ。と微笑まれましたが、なんとなくいい意味の笑顔ではない気がします……!
いけません、ケーキは関係ないみたいです。
もっとちゃんと思い出さなければ……ケーキではない。ケーキでは……ケーキ以外……。
ぐううううぅ……。
「「………………」」
……こんな事ありますかね?
このタイミングで、お腹鳴ります?
どうなってるんですか、わたくしのお腹。
朝あんなに食べてきたのに。
「(話題を変えよう……)そういえばフィリアンディス嬢とはお友達になれたのですか?」
「! はい、フィリーとお呼びしてよいとお許しを頂けました!」
「へえ、愛称、ですか……」
「はい! わたくし、お友達は初めて出来るのでなんだかドキドキして参りましたわ」
あんなに興味ありませんでしたのに!
一昨日のお昼にお話しして、昼食をご一緒して、その時に「フィリアンディスは呼びにくいので、フィリーでよろしくてよ」とちょっとツンとしながら言って頂けたのです。
なのでわたくしも……。
「もしかして、クリスティアも愛称で呼ばせる事にしたのですか?」
「はい。クリスとお呼びください、とお伝えしましたわ」
そうしたら、耳が赤くなっていたのです。
なんだか、フィリーは意外と可愛らしい方なのかな、と思いました。
あんなに興味ありませんでしたのに!
「…………。僕もクリスと呼んでもいいですか?」
「え?」
「だって五年も婚約者をしているのに、昨日今日出来たご友人に先に呼ばれるなんて……少し妬いてしまいます」
「え……?」
にっこり。しかし、目が、あんまり笑ってないような……?
「……あ、え、えーと……は、はい。では、その……」
「僕も愛称で呼んでもいいんですか?」
「は、はい。アーク様が、お嫌でないなら……」
「お願いしたのは僕なので」
「は、はい……」
どうしましょう。
今のアーク様、少しだけ怖いです。
顔が見られません……俯いてしまうのは失礼だと思いますけれど……。
怒られるのは……怖い。
「クリス」
「…………」
「……クリス、顔を上げて」
「…………っ」
あ、あら?
とても、なんで、こんな……甘い、声?
「は、は、はい」
「クリス、僕を見てください」
「…………む、むりです……」
「なぜ?」
おかしいです。
アーク様のお声がとても近い。
俯いている脳天に、息が吹きかけられているような……そんな温もりまで感じます。
「!」
て、手……手、に、握られ……えっ。
アーク様が、わたくしの手を、握っ……?
「……クリス、僕は君が好きですよ」
「!?」
「この五年で、僕は君が好きになりました。今、それだけは伝えておきますね……」
「…………、……アーク、様?」
アーク様の手が離れていく。
その様子が、声が、空気が……なんだかおかしくて顔を上げた。
柔らかな微笑みはいつもと変わらなさそうなのに、なにかが、決定的に違うような……。
「さて、着きましたよ」
「……は、はい」
ヴィヴィズ王国、王城。
ミリアム様がここでお待ちなのですね。
一体なんのお話なのでしょうか?
「さて、クリスティア……若干、まさか忘れているとは思わなかったんだが……今日は婚約の話をしよう」
「は、はい」
通されたお部屋でミリアム様が若干疲れたお顔で切り出しました。
なお、お部屋にはアーク様とそのお母様のジーン様。
ミリアム様とそのお母様のエリザ様。
わたくしとルイナの六名がおります。
お城で暮らしている間はほぼ毎日一緒にいたので、なんの違和感もないのですが……今日はちょっとピリッとしておりますね……エリザ様はいつものにこにこほわほわ空気ですけど。
「結論から言って、覚えていないんだな?」
「…………ケ、ケーキが美味しかったのは覚えております……」
「うん、まさかそれをいうとは思わなかったです」
「す、すみません……」
アーク様に呆れられてしまいました!?
「……そうか。本当に忘れていたのか」
「色々と限界だったのでしょう。仕方がないわ。……当時の事は思い出すのも辛いんじゃない?」
エリザ様がそうおっしゃりながら紅茶を口にする。
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