第26話 腹ペコ令嬢は満腹をご所望です

 

 気づけば卒業パーティーの日です。

 わたくしは今日のために特注した、苦しくないコルセットで優雅にアークにエスコートして頂きました。


「わあ〜〜! 今日も美味しそうですわ〜!」

「たくさん食べると思って、席を用意しておきました。あちらに座ってゆっくり食べてくださいね」

「…………! いただきますっ!」

「クリス、こちらのお肉もお皿に取り置いておきますね」

「はい! アーク、ありがとうございます!」


 ぱく、ぱく!

 ん〜、美味しいですわ〜!

 後ろから「あれがなければ完璧な美男美女カップルなのに……!」という嘆きの声が聞こえるような気がしますが、お腹が空いている時の幻聴でしょう。


「クリス、ケーキ出来たぞ」

「ミリアムのケーキ!」


 なんという事でしょう!

 今日は卒業パーティーなので、生徒会長だったミリアムは生徒会長として、王族として、王太子としての挨拶があります。

 その前に、朝から焼いていてくださったホールケーキをわたくしに与えてくださいました!

 ショートケーキ、チョコレートケーキ、チーズケーキにフルーツケーキ……素晴らしい彩り!

 完璧なフォーム!

 興奮が抑えられません!


「ありがとうございますっ!」

「ふふふ、たくさん食べておけよ」

「はい! たくさん食べます!」


 頭を撫でて頂けました!

 これはますますたくさん食べなければいけませんわね!


「食べてる時のクリスは本当に可愛いですね、ミリアム」

「可愛いな……」

(((殿下たちが甘やかすから!!!)))


 ああ〜、ほっぺが落っこちそうですわ〜!


「美味しいです……美味しいですわ。これも、んん……もぐもぐ〜……」


 本当に、美味しいものを食べられるってなんで幸せなのでしょうか。

 前世は病気で最期の方はまったく固形物を受けつけませんでした。

 クリスティアに転生して、前世を思い出した頃も父に毎日叱られてなにも食べられない状態。

 おかげですっかり、骨と皮のガリガリ令嬢。

 しかし今ではいくらでも美味しいものが食べられます!

 チキン、ビーフ、ポークのステーキ。

 塩と胡椒で味つけされただけの、実にシンプルな料理です。

 けれどだからこそ、肉の旨味、脂の甘さが引き立ちますわ。

 焼き立てのそれらは噛めば噛むほど脂の旨味が口の中に広がり、塩と胡椒の風味が鼻を抜けていく。


「! はっ! この新鮮な緑の香りは——!」


 ああ、お肉だけではいけませんわね、サラダもちゃんと食べましょう。

 新鮮で瑞々しい、シンプルなレタスだけのサラダ。

 大根やにんじんの根菜を千切りにした、シャキシャキサラダ。

 葉物野菜の他にプチトマトやパプリカが添えられた、彩り鮮やかなサラダ。

 カボチャに生クリームを加えたクリーミーなカボチャサラダに、定番のポテトを煮込み、柔らかくなったものをすり潰したポテトサラダ。

 モッツァレラチーズとトマトのサラダに、フルーツサラダ!

 サラダは可能性が無限大です。

 同じサラダもドレッシングを変えただけで、別物に変身します。

 和風、シーザー、パプリカ、オニオン、ヨーグルトに胡麻、タルタル、レモン……さすが貴族の舞踏会の食事です!


「ご機嫌よう、クリス、ミリアム殿下、アーク殿下……って、やっぱりもう食べておられますの?」

「フィリー!」

「クリス、なにかお飲みになりなさい。ほら、まずは水」

「はい!」


 フィリーがお水を差し出してくれたので頂きます!

 ジェーンは去年卒業してしまったので、いないんですよね。

 結局フィリーはずーっと卒業までわたくしのお世話を焼いてくれましたわ……今日で最後だと思うと寂しいです。

 いえ、もちろんこれからも会う事は出来ますけど。


「フィリアンディス嬢は結婚が決まっているんですよね」

「はい、エーデ侯爵家に嫁ぐ事が決まりましたわ。わたくしのような者を見染めてくださり、ありがたく思っております」

「「…………」」


 殿下たちはにこりと微笑んでおられますが、内心は穏やかではないんでしょうね。

 フィリーの嫁ぎ先はいわゆるわたくしの元実家、ロンディウヘッド侯爵家の後釜です。

 思想もよく似ているので、殿下たちは警戒しているんですのよ。

 でも……。


「王家にとって替わろうなどという不埒者は、わたくしが中から鍛え直して差し上げますわ」

「……そうですか」

「まあ、お前ならば安心だな」


 わたくしの友人、という事で利用価値があると思われたのでしょうが……さて、エーデ侯爵家が取り込んだのは利用価値のある者なのか、それとも……どちらでしょうね?


「お嬢様、こちらを」

「まあ! ありがとうルイナ、ちょうど欲しかったんです」


 もちろん、スープも忘れてはいけません。

 オニオン、コンソメ、トマト、カボチャにコーン……まるでスープバイキングです。

 スープは使用人の方にお願いしなければ温かいものが飲めません。

 ここにあるのはすっかり冷めております。

 しかしやはりコンソメスープは優秀ですわね、冷めてもとても美味しいです。

 おっと、ここで頼んでおいた温ためて頂いたオニオンスープが運ばれてきましたわ。

 温かなオニオンスープには硬いパンを浸して、チーズを載せましょう。

 やはりこれがないとオニオンスープを食べている気分にはなりませんわよね!


「美味しいです〜」

「良かったわね」

「あ、ねえ、あちらに新しいケーキが並びましたわよ!」

「ま、まあ!」


 先にメインを頂いてしまったのでもうスイーツに移りましょう!

 はぁ、と、うっとり吐息が漏れてしまいます。

 わたくし専用のテーブルに用意されているのは、ミリアムの手作りケーキですもの!

 ホールケーキが十個! 所狭しと並んでおります!

 なんて! なんて素敵な光景なんでしょうか……!

 よだれが止まらなくなりそうですわ〜!


「やはりショートケーキから……」


 ミリアムのショートケーキ……わたくしとミリアムを繋いでくれた、思い入れのあるケーキです。

 いざ、とお皿を持ち上げる。


「クリスのこの食べっぷりを見るの機会も減ってしまうんですわね……」


 しみじみと、フィリーが呟きます。

 そうですね、とアークが同意すると、わたくしもなんとなく寂しくなってきました。

 寂しい、なんて……虚無だった頃のわたくしにはない感情。

 席に戻ってからフォークでケーキを一口サイズに切る。


「…………」


 これから、卒業したら……わたくしとミリアムはお城でそれぞれの仕事と勉強をする。

 アークは海岸沿いの町や村でココヤシの研究と調査。

 フィリーは侯爵夫人として結婚して家に入る。

 会える機会は減る……会えなくなるわけでは……ないですけれど……。


「…………やっぱり」

「ん?」

「「?」」

「誰かと食べるから……美味しいんですね……」


 食べるという事は──幸せなのです。

 食べられるという事は……幸福な事なのです。

 食べ物とは、愛なのですわ。




 卒業した数年後、『腹ペコ令嬢』は『腹ペコ王妃』と呼ばれるようになりました。

 けれど、それは彼女を蔑めての呼び名ではありません。

 毎日幸せそうに、愛する旦那様たちに囲まれて食べるその姿に、愛情を込めて呼ばれているのです。


「クリス、今日はなにが食べたい?」

「ケーキが食べたいですわ!」






 たくさん。たくさん。その愛を。

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腹ペコ令嬢は満腹をご所望です! 古森きり@『不遇王子が冷酷復讐者』配信中 @komorhi

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