第16話 勝利と報酬


 制限時間はありませんから、たくさんもぐもぐ出来ますね。

 元々ジェーン様との一対一予定でしたが、あちらは三人で一つの二段ケーキと添えられたオムレットを食べる事になりました。

 うふふ、分かっておりませんわね。


「お、おお、すごい」

「男三人相手に引けを取らない……」

「相変わらず見事な食いっぷりだ」

「さすがクリスティア様だわ……」


 まずは上の段を美味しく頂きつつ、下のチョコレートで味変しつつ、最もカロリーの高いレアチーズ生クリーム添えの上段を食べ尽くします。

 そのあと倍近い下の段を、オムレットで味変しながらもぐもぐもぐ……ああ、甘くて幸せですわ……。

 しかし、甘すぎて辛くなるので時折紅茶でリセット。

 それでも辛くなるのでミリアム様が開発した究極の『タバスコ生クリーム』で乗り越えます!

 うーん、辛いですわー!

 さて、お隣の皆様はお三人で挑戦しておられますけれど、このタバコクリームのオムレットにお気づきでしょうか?

 三つしかないので一人一個、食べてしまうと後々地獄なのです、が……あ……?


「…………ぅ……うえ」

「き、きつ……」

「お、お前、そっち食え、よ……」

「いや、もうなんか……口の中全部甘くて……」

「お、俺もだよ」

「な、なにしてるのあなたたち! ちゃんと食べなさいよ! いくら払ってると思ってるの! 勝てなかったらお金返してもらうからね!?」


 あらあら〜、やっぱり陥ってしまいましたか〜。

 素人初心者さんにはこの『甘味攻め』は厳しいですよねぇ。

 ふふふ、ではここで少し攻めてみましょう。

 制限時間がないので、早めに終わらせるべく心を折りますね!


「すみませーん、アイス追加でお願い致しますわー!」

「「「!?」」」

「はっ!?」


 男性三名とジェーン様が驚く。

 運ばれてきたのはバニラアイスです。

 我が国の学園地下は巨大な冷凍庫のような洞窟があって、そこで食糧を保存したりこのようにアイスが作られていたりするんですよ。

 冷凍庫は食糧難に備えて、王侯貴族用に食糧が溜め込んであるのです。

 ……わたくし、これを民にも使えないかと思っているんですわ。

 そのためにも……。


「チョコレートソースもお願いしますわー」

「「「!?」」」

「っ……」


 二段目はチョコレートケーキなので、その上にアイスを載せ、さらにチョコレートソースをかけます。

 ああ、なんというチョコレート尽くし……!

 完全なる罪の味わい……!

 でも、それがいい……!

 パクパクパクー! っと、一気に半分まで食べ進めました。アイスが溶けてしまう前に!

 それに、アイスは食べると体が冷えます。

 紅茶を飲み、体を温めつつスポンジを食べ進めると胃の中で調和するんですわ。

 え? わたくしだけ? そんなバカな?


「ああ、このカスタードクリームのオムレットも美味ですわ。少し苦味のあるティラミスも……モンブランも幸せの味わいですわ」

「「「…………」」」

「ぺろ」


 さて、チラリとみたところお三方、顔面が真っ青ですわ。

 ここは微笑んで勇気づけて差し上げましょう!

 甘いもの、美味しいですわよね! 二コー! っと!


「ひっ!」

「え、あ……も、もう……もう無理です!」

「俺も! 金は返す! あとは自分でなんとかしてくれ!」

「俺たちはギブアップだ!」

「なっ!」


 あらー。

 仮にも王子殿下お二人の婚約者であるわたくしの微笑みに怯んで逃げ出すとはどういう事ですのー。

 失礼すぎませんかー! ぷんぷん!

 ……ぱく。もぐ。……うふふ……チョコレートケーキ美味しいですわー。ぺろり。


「あ……」

「代理人がギブアップの上、逃走しましたが? ジェーン様。どうなさいます?」


 フィリーがここぞとばかりに追い討ちをかけておりますわ。

 ……それにしても代理人の方々軽く突いただけで立ち去ってしまわれるなんて、大食いに向いていなさすぎなのでは?

 これがアイスがふんだんに使われた、巨大パフェだったらどうしていたんですかね。

 甘さの以外で冷えも襲ってきますし、味の単調さはかなりの強敵でしてよ。

 わざわざタバコクリームのオムレットを用意してくださっていたミリアムに、土下座して感謝してして欲しいものですわ。

 ……って、よく見たら残っている……!?

 あのお三方、タバコクリームのオムレットを食べなかったのですか!? バカですか!?


「うっ、ぐっ、ぐっ……!」

「負けを認めるのなら——」

「やるわ! 食べるわよ!」


 フィリーに煽られたからなのか、どうしても負けたくないのか、ジェーン様が残されたケーキの前に座る。

 なぜ半泣きなのでしょうか。

 甘いものが食べられるのに、そんなにしょっぱそうな涙を流すのはいかがなものかと……。


「そうですわ、ジェーン様」

「な、なによ。ちゃんと食べますわよ」

「わたくしが勝ったら約束、お忘れなきようお願いしますわね」

「っ……も、もう勝った気でいるの……!? 馬鹿にしないでくださいませー! 私だって……私だってこのくらい!」


 三十分後——……。


「負けました……」

「勝者、クリスティア・ロンディウヘッド嬢!」

「「「わーーーー!」」」


 わたくし、勝ちました!


 ***


「くっ、それで? 私になにをさせるつもりなの!」

「ジェーン様のご実家にご協力頂きたいのですわ」

「私の家……?」

「はい」


 大食い勝負……もとい決闘で勝利したわたくしは、本日フィリーとジェーン様、ルイナを後ろに従えて昼食です。

 とはいえ、いつもはミリアムとアークにたくさん食べさせてもらいながら昼食を摂るので、この二人と食べると物足りないんですわよねぇ。

 まあ、後ほどラウンジでおやつでも食べましょう。

 今はジェーン様におねだりの時間ですわ。


「ジェーン様のお家は大型の冷凍洞窟をいくつかお持ちだそうですわね。それを貸し出して益を得ておられるとか」

「え、ええ、そうね」

「その冷凍洞窟をお国に一つ譲ってくださいな」

「は!?」


 大型と言っても、王城地下にあるものとは比べるべくもない大きさでしょう。

 しかもいくつかを丸ごと国に貸し出す。

 一定の利益は得られても、貴族や豪商相手に貸し出すのとは価格が違います。

 国から彼らほどのお金は出せない。

 だって『予算』というものがあるんですもの。

 それに冷凍洞窟を持っているのはジェーン様の家だけではない。

 けれど、やはり食糧確保には冷凍洞窟が欲しいのです。


「実はわたくしアイスが大好きなのですが……」

「は? ア、アイス?」

「アイスは他国にはない食べ物なのですわ。冷凍洞窟がないので。冷凍洞窟はこの国の建国の王が守護精霊獣から賜った恩恵で、この国にしかないんだそうです。ですから、わたくしアイス……もとい、氷を隣国に出荷するのはどうかと思っておりますの」

「……氷を?」

「ええ」


 前世でテレビを観ていた時、大きな氷を一年通して売る……みたいな番組を見た気がするんですわ。あ、病院のテレビの話です。

 世の中にはこんな商売があるのか〜、と感心したものですが、とても歴史が古いんですわね。

 あと、話題のデ○ニー映画の冒頭シーンでも氷を切って売る、というお仕事がありましたもの!

 氷は大きければそう簡単に溶けませんし、大きく切り出して売れば儲けになる。

 その儲けで、他国から食糧を買うのです。

 西のロンディニア辺りは魔獣が出ないので飢饉がない限り食糧を輸出してもらうのは難しくないと思うんですわ。

 珍しい食べ物もきっと増えると思います。

 その中で、我が国の風土でも育つものがあれば積極的に取り入れていけばいい。

 我が国は魔獣が出るので、なかなか大変かとは思いますが……。


「そ、そんなのどうやって……」

「もちろん洞窟の中に穴を掘って水を溜めたり……」

「洞窟を壊すつもり!?」

「そうならないように試行錯誤はもちろんしますわ。利益の一部はジェーン様のご実家にも還元するように配慮します。けれど、王室御用達になるのですからジェーン様にも悪いお話ではないと思いますの。いかがかしら?」

「くっ……!」


 目先の利益よりのちの利益の方がよろしいのでは、と言うと散々「うー」を繰り返し、最終的に「父に相談します」と折れてくださいましたわ。

 はい、よろしくお願いします。

 けれど、決闘の際代理人を立てたり、負けたのにわたくしの要求を突っぱねたと噂になれば瞬く間に立場は悪くなるはず。

 下手をすれば失脚して家が没落する事態も考えられますね。

 脅すつもりはないのですが、ご自分でなさった事なのでわたくしとしても助けられません。

 それに……。


「色良いお返事お待ちしておりますわ。でもお早めにお願いしますわね。ジェーン様のご実家がダメなら、他の冷凍洞窟をお持ちのお家にお伺いしなければなりませんので」

「……っ!」


 代わりはいる。

 彼女の実家でなくとも構わないのだ。

 多分、わたくしの姉……メアリからも散々脅しを受けていただろう。

 けれど、彼女はわたくしに負けてしまった。

 姉がどこからどんな手で彼女の実家に手を出してくるか分からないけれど、彼女はきっとそれが嫌だったはずなのです。


「ねぇ、ジェーン様……メアリお姉様はあなたが思っているほどお力はなくてよ?」

「えっ」

「だって一伯爵夫人ですもの。人心掌握はお得意なようだけれど、姉の嫁ぎ先は落ち目です。姉の存在で保っている状況と聞きます」

「う、嘘! 私は、メアリ様はあなたの姉だから王家の権威を持っていると……」

「まあ……」

「あら」

「!」


 本当にそんな話で周りの人たちを操っていたのですか。

 ちょっとびっくりですわ。

 フィリーとも顔を見合わせて改めてお姉様には色々注意しなければと思います。


「残念だけれどメアリ様と王家の方々は面識すら怪しいですわ。お年がひと回りも違うのですもの」

「え……っ!」

「えぇ……わたくしがお城でご厄介になっていた間も、わたくしの家族は誰一人手紙はおろか、会いにもきませんでしたわ……」

「……!」


 それが寂しいと思う事は一度もなかった。

 けれど、世間一般……それこそ貴族の中でもフィリーのように仲の良い家族はいる。

 やはりわたくしのうちが特殊なのでしょう。

 十歳の娘が婚約者のいる家に……王族の城とはいえ、一人で預けられて心配もしないなんて。

 前世から一人だったので、そこになんら疑問はありませんの。

 でも……。


「……いえ、やはりお姉様には……大人しくなって頂かなければ困りますわね」


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