第10話 決闘の日
さあ、それから瞬く間に一週間がすぎました。
お相手のご令嬢、フィリアンディス・プラテ伯爵令嬢から「決闘のご案内」なるお手紙を頂きましわ。
こんなお手紙くるものなのですわね。
すごい、決闘の日付と会場が記されております。
ご丁寧にありがとうございます。
「お嬢様、まさか決闘の日が決まったのですか?」
「はい。明日の放課後……学園のラウンジで行われるそうです。観客も招いて正々堂々やりましょう、との事ですわ」
「ほ、本当に決闘されるのですか? 負ければミリアム様に近づかないと約束なさるんですよね? そうなればお嬢様のお体が……」
「大丈夫です。勝ちますから」
手紙をたたみ、封筒に戻す。
ルイナが心配してくれるのは嬉しいけれど、わたくし楽しみで仕方ないのです。
だってたくさんお菓子が食べられる……。
ああ、楽しみです……早く明日の放課後になって欲しいです……。
***
そんな事を思いながらの翌日。
ラウンジに集まる多くの人々……と言っても学園の生徒ばかり。
ほぼ野次馬でしょう。
その人垣をかき分け、ミリアム様とアーク様がいつも通りニコニコ微笑みながら最前列に現れました。
アーク様が手を振るので、わたくしも手を振りました。
はーい、負けませーん。
「よく逃げずに現れましたわね」
「え? あ、はい」
フィリアンディス・プラテ伯爵令嬢がご友人三人を連れて現れました。
ステージのように設けられたウッドデッキに並ぶ長いテーブル。
そちらには二人分の椅子がある。
わたくしをその片方へ座るように促して、フィリアンディス伯爵令嬢も反対側に座った。
そしてご友人の令嬢がルールを説明していく。
用意されたカットケーキを、より多く食べた方が勝ち。
とてもシンプルで、分かりやすいですね。
わたくしの要望通り、色々な種類のお菓子をたくさん食べられるようにしてくださったのですねっ!
きゃあ、嬉しい!
「約束はお忘れないように! わたくしが勝ったら、絶対にミリアム様に二度と近づかないようにして頂きますから!」
「はい!」
「なんで嬉しそうなんですか!」
あ、いけません。
お菓子が楽しみすぎて満面の笑顔で答えてしまいました。
だって! だってとても楽しみなんですもの!
ああ! 運ばれて参りましたわ!
「「!?」」
すごいです、大皿にカットされたホールケーキが半分!
それがいくつもいくつも運ばれてきます。
えええぇ、す、すごおい! こんなに食べていいんですかぁっ!?
きゃー! 幸せ! すごく幸せー!
「な、なにこれ、どういう事ですの……」
「? フィリアンディス様、どうかなさいまして?」
「ちゅ、注文したものとは違いますわ……」
「え?」
「それでは、よーい!」
「ま、待って、サブリナ様! これはわたくしが注文した品では——」
「始め!」
奇妙な事もあるものですね?
フィリアンディス様が注文したのとは、違うケーキが目の前に置かれているという事なのでしょうか?
フィリアンディス様のご友人の方が容赦なく合図したのでわたくしは食べますけど。
「……!」
というわけでショートケーキを最初に頂きます!
一口ぱく!
……まあ! これ……このケーキ……間違いなくミリアム様のお手製ではありませんか!
ミリアム様を見ると、とても優しく微笑まれました。
まあ、まあ! ミリアム様……! ミリアム様が作ってくださったのですね!
お忙しいでしょうに……ではこちらのチョコレートケーキも? ぱく。
ああ! やっぱりミリアム様のお手製の味です!
ミリアム様を見るとニコニコしておられます。
やっぱり、このケーキたちは全部ミリアム様が作ってくださったのですね!
「美味しいです!」
「!」
そしてとても幸せです!
ミリアム様の作るケーキは、わたくしの命を繋いでくれました。
大好き……大好きです!
「……あら? フィリアンディス様、お食べになりませんの? とても美味しいですわよ」
「え、あ……」
「こちらのティラミスも絶品ですわね……タルトも美味です。お約束通りこんなにたくさんケーキを用意してくださりありがとうございます! 一体どうやってミリアム様に作って頂いたのかは分かりませんけれど……やっぱりミリアム様のケーキは別格ですよね」
ぱくぱく、もぐもぐ。
幸せです。
「え? ミリアム様の、ケーキ?」
「?」
なんとなくフィリアンディス様とお話がすれ違っている気配がしますがまあ、気にしません。
今はそれどころではないのです、わたくし。
ミリアム様のお手製ケーキを、存分に貪り食べられるこの好機……逃してなるものかと思いませんか?
「……え? 待って」
「ク、クリスティア嬢、食べるの早くないか?」
「早いというか、早いけど早い以前にあんなに食べられるもんなのか?」
「え、めっちゃ食べるな?」
「食いすぎじゃないか?」
「いや、でもこれ大食い勝負だろ?」
「あ、そうか……」
「そもそも令嬢同士で決闘内容が大食いって誰も突っ込まないの?」
「そ、そういえば……」
「時々水飲むけどクリスティア嬢マジ止まんねーなぁ……」
「フィリアンディス嬢、負けるんじゃないか?」
「男の俺でも勝てるかどうか……」
「「「…………」」」
あむあむ、もぐもぐ、ごっくん。
ぱく、ぱく……。
いろんな種類のケーキがあるので飽きませんね!
どれも美味しいです! 幸せ!
「……なんとなく予想してましたけど容赦ありませんね」
「まあ、クリスティアだしな」
「対するフィリアンディス嬢はまだホール一つの半分も食べ終えていませんね。まあ、あれが普通のご令嬢ですよね。うん」
「うん……」
ミリアム様とアーク様がそんなお話をされているとも知らず、わたくしそろそろ三つ目がなくなります。
おかわりはあるのでしょうか?
「ま、参りましたわ……」
「え!?」
その時、隣から聞こえてきた声に思わず驚愕の表情を向けてしまいました。
な、なんという事! もうお腹いっぱいなのですか!?
ああ、フィリアンディス様本当に顔色が悪い!
食べすぎてしまわれたのかしら!?
……あら? そういえばわたくしミリアム様のケーキを食べるようになってから、満腹感を感じた事がありませんわ!
これがミリアム様のケーキの奇跡!?
ではなく!
「わたくしの負けです……」
「フィリアンディス様……」
「っ……で、では、フィリアンディス様が負けを認めたので……この決闘はクリスティア様の勝利となります! 皆様、勝者クリスティア様に拍手を!」
「「「おお〜!」」」
わっ、とラウンジに集まった人たちから歓声が上がります。
どことなく先程よりも人が増えている気がするのですが、気のせいでしょうか?
いえ、それよりも……フィリアンディス様……。
「サブリナ様……わたくしを、裏切ったのですね」
「…………」
ほんの少し涙を滲ませて、司会と審判を務めたご友人を詰るように呟く。
その視線を追ったわたくしが見たのは、サブリナ様という少女が肩越しに浮かべた笑み。
初めて背中がぞわりとしました。
いやだ、あの方……わたくしのお姉様……メアリお姉様のようだ。
メアリお姉様とはここ数年会っていませんけれど……お母様よりもわたくしに意地悪だったように思います。
歳が離れているせいで、ご自分がミリアム様とアーク様の婚約者候補になれなかった事を、とても悔しがっているように見えました。
あの父ならば、メアリお姉様にそういう愚痴を言っていてもおかしくないですし。
「っ……」
ご友人だと思っていたけれど、フィリアンディス様が敗北したのを見るや否や彼女たちは嘲笑のようなものを浮かべて、ラウンジに集まる人の波に消えて行きました。
それを見送って、フィリアンディス様は俯かれる。
歯を食いしばって、拳を握りしめて。
とても強い方ですね。
この場から、本当なら一秒でも早く逃げ出したいはずなのに……。
「フィリアンディス様はもうお腹がいっぱいですか?」
「?」
「わたくし全部食べたいのですが、お待ちになって頂けます? それから、フィリアンディス様の分のケーキもわたくしに頂けませんか?」
「…………は? ク、クリスティア様、まだ食べるつもりですの!?」
「もちろん。残すなんてもったいないですもの!」
ミリアム様のケーキ!
食べ切れないのなら今日の夕飯、明日の朝ご飯に致します。
ひとかけらだって残しませんわ。
「「…………」」
そこで見ていてくださいね、ミリアム様。
ミリアム様が作ってくださったケーキは全部わたくしが食べちゃいますので。
あなたの気持ちがたくさんこもったケーキですから。
「では改めていただきます!」
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