第3話 王妃様と王子様
「…………ん……」
目蓋を開けると、またも知らない天井だ。
天蓋? わたくしの部屋はそんなのないわよ?
「お嬢様! 目が覚めましたか!」
「ルイナ……ここはどこ?」
「お城の一室をお借りしました。お医者様は栄養不足だとおっしゃっておりましたよ」
「あ……ああ、まあ、そ、そうよねぇ……」
ケーキばかり食べていたものね。
笑ってごまかすが、まあ、ですよね。
「! ……あれ、体が……動かない……」
「まだご無理なさらないでください。覚えておいでですか? お茶会のお庭で倒れられたんですよ」
「あ、あ……ああ、思い出したわ……」
王妃様にご挨拶して、王子様に手を引かれて……そのまま倒れてしまったんだ。
「…………やってしまったわね」
「はい……しかし、仕方ありません」
「もう屋敷には連絡……」
「しました。迎えが来るそうですが……」
「今日は泊まってお行きなさい」
「「!」」
優しい声色に顔を向ける。
ルイナの奥……部屋の出入り口の扉の前にいたのは王妃様!
うえええぇ……なんで主催の王妃様が!?
「よくお話出来るようになられたのですね」
「……?」
「良かったわ。ずっとあなたの事が気がかりでしたの。ミリアムもなんだかんだ、あなたの事を一番気にしていたのよ」
「……え、ええと……」
なんだろう?
わたくしの知らない話をしているようだ。
と、いうか!
「あ、あの、わたくし……すみません……体が動かなくて、起き上がれそうになくて……王妃様の御前で……」
「まあ、そんな事気にせずとも良いのよ。今夜は城に泊まっておいきなさい」
「え! し、しかし……」
家族は……父はなんて言うだろう?
お茶会で倒れ、城に泊めてもらうなんて……きっとめちゃくちゃに怒るわ。
考えただけで体が震えてしまう。
「…………。ロンディウヘッド侯爵は厳しい方だものね。でも大丈夫よ、ミリアムの相手をさせていたと伝えましたから」
「……!」
ルイナが下がる。
そこに王妃様が座り、わたくしの髪を撫でた。
なぜ? なぜ王妃様がわたくしに優しくしてくださるのだろう?
その眼差しは、あの夢の……『友人』……彼女を彷彿させる。
「大丈夫。大丈夫よ。……ゆっくり休んでいいの。ここは安全だから」
「…………」
気がつけば、涙が溢れていた。
ひっく、ひっくと嗚咽が漏れる。
泣いて、泣いて、ひたすら泣いて……知らぬ間に泣き疲れて眠っていたらしい。
わたくしが次に目を覚ましたのは、翌朝になっていたのだ。
「……やってしまったわ……」
「大丈夫ですよ、お嬢様」
ルイナは相変わらずわたくしを慰めてくれるけれど、お茶会の目標をことごとく失敗してしまった。
お父様抜きにしても、自分で打ち立てた目標の失敗は普通にへこむ。
「それよりもケーキです。お城の方に頼んで作って頂きました」
「わあ、美味しそう……!」
さすがはお城のシェフだわ。
三段に重ねられたスポンジ。色とりどりのジャム。
そして、ふんだんに使われている瑞々しいフルーツ。
「いただきます……ん〜っ」
家で食べているケーキも美味しい。
でも、新鮮なフルーツケーキ……ああ! なんて豪華なのかしら!
ほっぺが落ちてしまいそうだわ〜。
「他のものは食べられそうですか?」
「……食べてみるわ」
用意されていたのはサラダ、ポトフ、普通のパン。
まずはサラダ……。
「……っう! げほっ、げほっ! ……ごめんなさい……」
「いえ、ご無理はなさらないでください」
「…………なぜケーキは平気なのかしら」
サラダを一口。
けれど、どうやっても喉を通らない。
結局は吐いてしまった。
しかし、ケーキなら食べられる。
ルイナはまるでそれが分かっていたかのように、別な種類のケーキを持ってきてくれた。
ケーキの載ったお皿を受け取り、口に運ぶ。
うん、普通に咀嚼して食べられる。
なぜケーキだけは大丈夫なのだろう?
……あの夢の最後で、ケーキを食べたいと思ったから?
あの夢を見る前までは、ケーキすら食べられなかっただろう。
逆にあの夢のおかげでケーキだけは食べられるようになった、と思うべき?
「そうですね。ですが、ケーキにすればお嬢様はお肉もお野菜も食べてくださるので、こちらとしてはそれで十分です」
「ルイナ……ありがとう……。わたくしもっと食べられるように頑張るわ」
「はい。ですが、くれぐれもご無理はなさらないでください」
そんな時だ。
扉がコンコンと鳴る。
ルイナが返事をして、扉を開く。
入ってきたのは王妃様と銀髪青眼の……ミリアム王子!?
「食事は摂れたか?」
「は、はい……あ、いや、その……作って頂いたケーキは、食べられました」
「……」
ちら、とトレイを見る王子様。
そして首を傾げる。
まあ、それはそうだろう。
というか、わたくしもこればかりはよく分からない。
「ケーキは食べられるの?」
「は、はい」
王妃様がわたくしに目線を合わせて聞いてくださる。
なんで優しいのだろう。
そして、その優しい笑みが……やはり、あの夢の『友人』を彷彿とさせる。
「……なら、私がお前の食べるケーキを作ってやろう」
「へ?」
そんな王妃様の隣に座る王子様。
満面の笑みでなにか言い出したぞ?
今、なんて? 聞き間違い?
「それはいい考えね、ミリアム」
「えへへ!」
いやいや、いやいや。
なに言い出してるんでございますかこの王族。
王子が? ケーキを? 作る?
こんなガリガリ令嬢のために?
はあぁぁぁあ?
「い、いえ、そんな! 王子殿下に料理を作らせるなんて……!」
「気にする事はない。私は料理が好きなのだ」
「!?」
「むしろこれで堂々と厨房を使う口実が出来る。クックックッ……まあ、そういう事だから、昼まではこの部屋で休んでいろ。母上、作ってきます!」
「ええ、怪我には気をつけるのですよ」
「はーい!」
お、王子ー!?
わたくしが止める間もなく、ミリアム王子は部屋を出ていく。
「ゆっくりしていってね」
「え、あ、で、でも……」
「大丈夫よ。宰相……あなたのお父様にはわたくしの方から言っておいたから」
「…………」
王族にご迷惑になるのでは、と思うのだが……わたくしをミリアム様の婚約者にしようとしている父には、この事態は好ましいのかもしれない……?
考え込むわたくしを、王妃様が優しく撫でる。
それから、肩を押された。
ぽすん、とまたベッドに戻る。
「それにしても、まだ細いわね。太陽の光を浴びるようにしなさい。それから、出来るだけ部屋は毎日掃除して。あとはそうね、外の空気も吸うように心がけるのです」
「は、はい」
「運動もした方がいいわね……テニスや乗馬は淑女にとってもよい運動となるわ。オススメよ」
「は……はい」
どっちも苦手だ……。
それに、今のわたくしにはどう考えても無理。
「クリスティア」
「……」
優しい声色。
王妃様は、ずっと頭を撫でてくださる。
母にもこんなに……慈しんで頂いた事はない。
なぜ? 王妃様はこんなにわたくしに優しくしてくださるの?
「そうだわ、本は好き? 本を読んであげましょう」
「え!」
「いいのいいの、気にしないで。さて、どれを読もうかしら?」
いや、本当になんで!?
本当に、こんなにして頂く理由が分からなーい!
「クリスティアはわたくしの昔の友人にとてもよく似ているのよね」
本を読み聞かせられ、それが数冊終わった頃に王妃様はそう呟いた。
不思議な事もあるものだ。
「わたくしも……王妃様とお友達だった気がします……」
呟いてからハッとした。
わたくしってば、なんて失礼な事を!
「本当? ではもう一度友達になりましょう?」
「!?」
「わたくしの事はエリザと呼んで? ね? わたくしもクリスと呼んでもいいかしら?」
「!? あ、っ、え、あ……は、はひ……」
どうしてこうなった!?
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