第14話 わたくしのお友達


 さて、入学から半年が経ちました。

 間もなくこの国は他国からのお客様も招いて国王陛下のお誕生日パーティーが開かれます。

 それは国内外にわたくしを紹介する日でもあるのですが……。


「さすがに最近あまりお食べにはなられませんね?」

「緊張して……」

「そ、そうでしょうね。まさか王子殿下お二人ともあなたを妃に望まれているなんて……。その話が出回り始めてから他の貴族令嬢はあなたの暗殺計画に大忙しのようでしてよ」

「まあ、怖い」

「なにを他人事のように……!」


 フィリーは優しいですわね。

 決闘に負けたあと、ちゃんとこうしてわたくしとお友達を続けてくれております。

 ところで、フィリーの言う『ご令嬢たちによるわたくしの暗殺計画』はアークが裏で手を回して全部把握、潰しておられるようですわ。

 なので、アーク曰く「多分そろそろ痺れを切らす不届き者がちらほら現れ始めるんじゃないでしょうか」との事です。

 もちろんそういう、裏工作が失敗した者が考えるのは安直。

 追い詰められているので、あとは正面突破の玉砕しか道はございません。


「クリスティア・ロンディウヘッド! 私と決闘しなさい!」


 ほら来ましたわ。

 ……あれは一つ上の学年のジェーン・ミートル伯爵令嬢ですわね。ふむふむ。


「またお姉様からの差し金ですか。正直身内でやり合っても誰も得しませんのに、なんでこんな無駄な事ばかりなさるのかしら、あの方は」

「うっ!」


 指摘すると分かりやすく反応を示した。

 姉の差し金にしては詰めの甘い方だな、と思う。

 わたくしの姉、メアリは非常に姑息で狡猾な女でした。

 自分が年齢的に王子たちの婚約者になれないから、わたくしを妬んで色々な嫌がらせをしていたようです。

 それは、最近になってジーン様やフィリーに聞いて知りました。

 母に連れ回され朝も夕もなくぐったりしていたわたくしを、笑いながら見てた時点で相当アレな方のようですが……身内の……特に女の嫉妬というのは、こう、わたくしの考えている以上に思考を停止させるものらしいです。

 これまで実家でわたくしが弱っていく姿を眺めていた姉は、わたくしがお城に住むようになってからは「清々した」という様子だったそうなのですが……。


「メ、メアリ様は関係ないわ! 私があなたを気に入らないから、決闘を申し込んでいるのよ! 私が勝ったらミリアム様、アーク様、両方と別れて!」

「別れるもなにも殿下たちがクリスをお望みなのですよ。勝手な言いがかりはおよしなさい!」


 きゃー、フィリー、すてきー!

 そんな事をされたらすますま好きになってしまいますー!

 けれど、フィリーにばかり任せているわけには参りません。


「大丈夫ですわ、フィリー! わたくし決闘大好きです!」

「「は?」」


 ミリアムとアーク、お二人の婚約者となった以上、わたくし今以上に強くならなければならないのです。

 庇ってもらうのはとても嬉しいですが、『決闘』ならばむしろわたくしの得意分野。


「…………そうね。じゃあ、前回……わたくしの時と同じ決闘内容でよろしいかしら?」

「はい!」

「ヒッ……」

「あら、申し込まれた側が決闘内容を決めるのがこの国の仕来たり。そしてクリスがどれほど強いかは、わたくしとの決闘で周知されていたと思いますけれど? まさか知らなかった……という顔ではございませんわね?」

「も、も、もちろんよ……」


 その割には声が萎んでおられますぅ。

 ……しかし、わたくしの食べる量ってそんなにおかしいでしょうか?

 確かに前世の食事量を思うと一食の4分の1ぐらいしか、食べてこなかったように思いますけれど……あ、前世の三食分の話ですわよ?

 ああ、前世は本当に全然食べられませんでしたから、今世は美味しいものがたくさん毎日食べられて幸せですぅ。

 そういえば食糧確保で色々考えなければならなかったのですわ。忘れていまし——……。


「…………。ジェーン・ミートル様」

「ヒッ、な、なんですか」

「決闘方法は前回と同じく申し込まれたわたくしが指定致します。ええ、もちろん大食い勝負です。そしてあなたが勝ったらわたくしはミリアムとアーク、二人と婚約を解消致しますわ。では、わたくしが勝ったらどうしましょう?」

「……え」

「ひとつお願いしたい事がございますの。もちろん、わたくしが勝ったらで構いません。決闘を挑んでこられた時点で、すでにお覚悟もされていると思いますけれど……改めて」

「……、……も、も、もちろん……どんな事でも、するわ……!」

「ありがとうございます。それでは……準備の方よろしくお願いしますね」


 ジェーン様は取り巻きの方などおられませんのね。

 一人で果敢に挑んでくるなんて素敵ですわ。

 物陰からこちらの出方を覗いている、フィリーの元お友達の皆さんに少し見習って頂きたいくらいです。オホホホホ。


「さて、メアリ様は最近ちょっかいが増えてきましたわね。どういうつもりなのかしら」


 扇子を開いて口許を隠しながら、プリプリ怒るフィリー。

 その視線の先はわたくしと同じ。

 彼女をそそのかしていたわたくしの姉、メアリと結託しているあの三人。

 まさかあの方々が姉と通じていると思わず、教わった時はびっくりしましたわ。


「サブリナ様が今のリーダーのようでございますわね」

「そうね! 元々そういうところがありしたから? なんら不思議ではありませんけれど!」

「という事はサブリナ様とメアリお姉様が通じている感じでしょうか? ……ふう……どうしたら変な嫌がらせをやめてくださるのでしょう? 身内同士で足の引っ張り合いをしても、仕方ないと思うんですが……」


 何度となく口にしてしまう疑問。

 それに対してフィリーはもう、肩を落として溜息しか出してくれません。

 再三言われましたからね。「身内だからこそ、同じ女の姉妹だからこそ、拗らせているのだ」と。

 はあ、困りましたわね……どうしたらいいのでしょう?

 食料問題は目処がついたので、次の問題と言えばやはり実家の方なのですよねぇ。

 主に父、母、姉。

 兄は基本的にわたくしに興味がなく、家を存続させる事にしか興味がありませんから。

 ……兄も父にかなり詰られて生きてきた……わたくしと立場は違えど境遇は同じ。

 ディオスお兄様と、お話出来ないでしょうか?


「でもまあ、メアリ様の執念深さには少し驚かされますわ」

「はい?」


 席に戻ったフィリーが、紅茶を一口飲みながらそんな事を言う。

 執念深さ? 姉の?


「だって普通に考えて一回り近い歳の妹に、伝手を使ってまで嫌がらせする? 教室であなたの私物がなくなったり、椅子が切り刻まれていた時はその執念深さにさすがにゾッとしましたわ」

「ああ、あれですかぁ」

「ぽやぽや流してますけど、相当酷いですわよ?」

「でもエリザ様とアークが新しい物をすぐに用意してくださったので……」


 あと、別にそれでお腹は膨れませんし〜。


「正直王家が後ろ盾になっているあなたへ、よくもまああんな嫌がらせが出来るものだと変な感心すら致しましたわ」

「まあ、それは確かにすごいですわね」

「なんで他人事なのですか」

「興味がなくて」


 そう、本当に興味がない。

 わたくしを傷つけようとしているのは分かるのですが、この程度なら父の怒声の方がよほどわたくしにはトラウマなので。

 出来が悪かった時の父の激昂は凄まじかった。

 あのまま暴力に発展していたら、わたくしは死んでいたでしょうね。

 だから嫌がらせ程度なら、別に。

 直に怒鳴られる方が、キツイですわ。


「なんにしても、メアリお姉様とは一度きちんとお話した方がいいですわね。そうですわ、フィリーにお願いがありましたの」

「なあに?」

「メアリお姉様と決闘するにはどうしたらいいでしょうか? 出来ればお姉様の方から申し込んで頂きたいのですが……」

「は、はあ? なにを言い出しますの? 決闘を、も、申し込まれたい……?」

「ええ」


 お姉様とお話ししたい。

 けれど義姉様は直接手を下す事なく、なんらかの伝手を使って学園の人間を使ってくる。

 アーク様が調べるに、普段は嫁ぎ先で淑女らしく振る舞い、お茶会や夜会で社交を楽しみ、屋敷の女主人として務めてらっしゃるそう。

 わたくしが出したお手紙にお返事はなく、人伝に手紙を送っても同じく反応は返ってこない。

 多分わたくしの様子はなんらかの手段で把握していると思うのですが、わたくしの方からお姉様の様子は極々普通の伯爵夫人なんですよね。

 ……そう、伯爵夫人。

 お姉様の嫁ぎ先は、比較的力のあった伯爵家。

 ただ、最近は落ち目になっており、メアリお姉様が嫁ぐ事でなんとか今の地位に縋りついている、といった状況のようです。

 芳しくないその状況に加え、嫁ぎ先の旦那様は大変女性好き。

 ご自分のお家をあまり顧みず、夫婦で参加する夜会で若いご令嬢や爵位の低いところのご婦人と一夜をお楽しみだとか……要するに夫婦仲は上手くいっていないそうです。

 それに対してわたくしが王子殿下お二人に妃として望まれた事が、姉の中ではよほど癪に触ったのでしょう……。

 とはいえ、まさか人を使ってまで学園にいるわたくしに嫌がらせしている犯人が、お姉様だとは思いませんでしたわ、ほほほほ。


「メアリお姉様とお話しするには……まず同じ舞台に立たなければダメだと思うのです」


 ……そう、そこまでする人だから。

 多分、お姉様にとってわたくしは今も母に連れ回され、父に怒鳴られるダメで小さな子どものままなのだと思うのです。

 実際十歳のガリガリへにょへにょになったわたくしが、お姉様が見た『クリスティア』最後の姿のはずですから。

 今のわたくしを見て、そして、ちゃんと同じ『女』であり、『対等』だと思い知って頂かないときっとお話を聞いてはもらえない。

 わたくしがお姉様と勝負して、勝たなければいけないと思うんです。


「……姉妹ね……わたくしには兄しかいないから分かりませんわ」

「フィリーにはお兄様がいらっしゃいますのね」

「ええ、優しくて素敵な方なんだけど、うちは父が早くに事故で亡くなって、母が爵位を継いだ珍しい家だからとても気が弱くなってしまったのよね。……落ち目なのよ。だからとても、わたくしミリアム様の婚約者に……王子妃となる事に固執してしまったの。でも、あなたに負けて、兄や母と話して……わたくし自分がお兄様の事を、『家を任せられない』と思っていたのを自覚したわ」

「え、そんな……」

「自分でも驚いたの。そんな事を思っていたなんて……。そして無意識だったその想いは兄にも母にも伝わっていたの。……母にはとてもがったがりされたし、兄には泣かれてしまったわ。けれど、あの件があったからそれに気づけたし、兄は『この家は僕が立て直す』と一念発起してくれたのよ。だからあなたには感謝しているの。負けて得る物もあるのね……。……わたくしが得られたものはとても大きかったわ。ありがとう、クリスティア」

「……フィリー……」


 笑顔がとても明るくなりましたわね、フィリー。

 それに、そういう事情もあったのですか。

 話してくれて嬉しいですわ。

 ……さて、では今度決闘するジェーン嬢はどんな事情があってわたくしに決闘を挑むに当たったのでしょうか。

 まあ、大食い勝負なら負ける気が致しませんので今回も新しいお友達をゲットですわ!

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