第13話 王妃になる覚悟


「でもその前に! アークにだけ愛称はずるい。私にも愛称呼びを許してくれ。私の事は呼び捨てにしていいから」

「えっ!」

「あ、それはずるいですよミリアム。クリス、なら、僕の事もこれからは呼び捨てにしてください。様は不要です」

「えっ!」


 いつの間にかジーン様がエリザ様の隣に移動して、わたくしの横にはアーク様とミリアム様が!

 ど、ど、どういう事、どういう状況でしょうか!?

 なんですか、これは!


「で、でも……王子殿下お二人を呼び捨てにするなんて……」

「「大丈夫。問題ない」」

「…………」


 ちら、と王妃様方にもお伺いを立てておきましょう。

 するとお二人ともにこり、と微笑んでくださいました。

 ……えぇ、いいんですか……?


「……わ、分かりました……そうお呼びするように……」

「今呼んでみてくれないか?」

「今呼んでみて欲しいです」

「えっ、ええっ!?」


 今? 今ですか? 今すぐに!?

 しかもそんな顔をキラキラさせながら……あああっ……! お二人の整ったお顔が目の前にぃ!

 こんなの抗えません〜!


「ミ、ミリアム……」

「うん」

「アーク……」

「はい」

「…………っ!」


 はわわわわぁぁぁあぁぁああああぁっ!

 左右がキラキラ、とんでもなく眩しいんですけど〜〜〜〜〜!?

 ただお名前をお呼びしただけなのに。

 お名前ならいつもお呼びしているのに。

 なんでそんなに嬉しそうなのですか!


「では、私も愛称で呼んでみてもいいか?」

「へ? は、はい、もちろん」

「…………クリス」

「ひゃっ!」


 みっ! 耳元でそんな吐息を吹きかけるようにしながら音を乗せて囁かなくてもよろしいのではないでしょうかー!?

 距離を取ろうにも、隣のアーク様にぶつかってしまいま……。


「ずいぶん可愛い声が出ましたね、クリス」

「ひゃあ!」


 今度はアーク様に!

 アーク様のお声って、首に響くんですよ!

 アー!


「や、やめてくださいお二人とも! 意地悪です! お戯れにしても悪質です!」

「ごめん」

「すみません」

「笑顔で謝られても説得力がございませんわ!」


 満面の笑みー!

 これはまったく一切これっぽっちも反省しておられない顔ー!

 もう、とてもひどいです!

 お二人にこんな意地悪な面があっただなんて!


「でも、そんな反応をするなんてくすぐったかったのか?」

「とっても可愛い反応で、またしてみたくなりますね」

「や、やめてください〜!」

「こほん!」

「「あ」」


 ジーン様の咳き込みに、お二人がようやくわたくしから離れてくださいました。

 はわわぁ……良かった、死ぬかと思いましたぁ!


「すみません、母上」

「ええ、ここでは自粛なさい。……それよりも、話を戻します」

「は、はい」


 話を……なんのお話でしたかしら?

 まずいですわ、頭からすっ飛んで行きました。

 いえ、悪いのはミリアム様とアーク様……あ、いえ、ミリアムとアークなので!

 多分わたくしのせいではないと思いますので!


「クリスティア、王子二人はあなたを正式な婚約者としたい、と言っています。わたくしの息子、アークもこのままあなたを婚約者としていたい。他の女性はもうよいと言っています。実際、王妃教育を受けているのはこの国であなただけ。もちろん自主的に学んで控えている者もいますが、ヴィヴィズ王国次期王妃はあなたでほぼ決まりなのです」

「…………、……身に余る光栄。ありがたく思いますわ」


 ジーン様にここまでおっしゃって頂けるなんて……。

 そんなにわたくしを認めて頂けていたなんて……!

 これからも、もっと頑張らなくてはいけませんわね。ジーン様やエリザ様をがっかりさせたくありません!


「とはいえ学園が始まってからが本番です。味方を増やさなければなりません。そして、息子たちの気持ちも踏まえて……異例ではありますがクリスティアには『二人』の妻になってもらいたいのです」

「……はい。……はい?」


 なんと?

 さすがに今のは聞き間違い?

 思わずルイナを見上げると、にこ、と微笑まれる。

 にこ、と微笑み返しますがなるほど〜、ルイナもグルなのですね〜。

 そんな事ありえますか〜? えええ〜?


「えええええぇっ!? どういう事なんですのーーー!?」

「つまり私とアークの妻という事だ」

「僕とミリアムがクリスを巡って権力闘争を起こさない、素晴らしい提案だと思いませんか? クリスが頷いてくれないと、クリスは傾国の寵妃として国内外にその名が知れ渡ります。それを避けられるのです」

「即座に脅し!?」

「『はい』以外言わせる気がないからな!」

「ミリアム様まで!?」

「様はいらない」

「あううううっ!」


 エリザ様……まさかエリザ様まで、こんなむちゃくちゃな提案を了承してはおりませんわよね!

 一縷の望み……! エリザ様!


「にこり」

「ですよね!」


 ここまできてエリザ様だけ仲間外れなんて事ございませんわよね!


「しかし、そんな事を国王陛下がお許しになられるのですか!」

「ああ、陛下のお許しなら頂いているわよ」

「嘘でございましょう!?」

「本当よ。むしろ『王子たちに妻を共有させる事で、確実に王家の血筋を残せる』と喜んでおられたわ」

「!?」


 あっ、いえ、た、確かに、はい、まあ、王族の方の、国王となる方のお役目、王妃のお役目は、はい、そ、そうですわね、はい……。

 ……お世継ぎを残す事、ですね、はい……。

 …………。いえ、でもやっぱりおかしくありませんかっ!

 陛下、考えるの放棄してませんか! 大丈夫ですか!


「クリスティアも満更でもなさそうで良かったわ。側室を増やす事は他国でも当たり前だけど、そうして王位争いで滅んできた国も多い。事実ヴィヴィズ王国は、そうしたら国々から生き延びた経緯があります。この国と隣国『ブリニーズ』は血で血を洗う戦争を好んできた。血の気が多いのです。だから決闘の文化が根づいている。……それを避けるためにも、クリスティアが納得してくれると助かるわ」

「…………」

「嫌?」

「ダメ、ですか?」

「嫌じゃないです、ダメじゃないです」


 ぐうううぅっ!

 ミリアムとアーク、左右からそんな寂しそうな声で覗き込んでくるのはずるいです! 反則です! 卑怯です!


「「「「………………」」」」

「?」


 あら?

 なぜ、皆様急に黙られたのでしょう?

 それからニコリ、とお優しい笑顔……なぜ?


「そろそろおやつの時間だもんな。ルイナ、持ってきてくれ」

「かしこまりました」

「?」

「お茶だけじゃ足りないわよね。うんうん。たんとお食べなさい」

「?」


 ミリアムとエリザ様にいわれて、ルイナが席を外す。

 なにが起きているのか分かりません。

 わたくし、お腹が鳴ってしまったのでしょうか?

 だからお腹が空いて……空い……お腹が空いていますね! 自覚したらとてもお腹が空いてきました!

 これは鳴っていてもおかしくありませんわ!


「どうぞ」

「まあ! ケーキ!」

「食べながらお聞きなさい、クリスティア」

「は、はい、ジーン様」


 ルイナが持ってきたのはホールケーキ。

 それを丸ごと頂けるなんて幸せ!

 でも、お話はまだ続くようです。

 他に一体どんなお話が……?


「二人の王子の妃となる。それを了承してもらえてとても嬉しいです。わたくしにとっても、これであなたは娘となるのですから」

「……ジーン様……」


 なんだかそんな風に言って頂けると嬉しいですわ。パク。

 恥ずかしくて顔を合わせられませんわ。パク。

 たくさん食べちゃいますわ! パクパク!


「ですが、それはそれとして……」

「?」


 なんだか急にジーン様の声が低くなりました。

 カップをソーサーに置き、にやらな不穏な空気が……え、ええ?


「問題はあなたの実家。ロンディウヘッド侯爵家です」

「!」


 ロンディウヘッド侯爵家が、問題!?

 さすがにこれには手が止まります。

 フォークを置いて、深刻な表情のジーン様とエリザ様を見る。

 一体なにが……。


「二人の王子の妃にあなたがなると、その分あなたの実家に権威が集中する事になるのよ」

「……!」


 あ……そ、それは……。


「…………」


 それは……父が望んでいた事。

 わたくしはそのために生まれてきたと言われた。

 父と母も姉も兄も、家のためにわたくしが王子妃になる事を願っていたのだ……わたくしが『お二人の』妻になるという事は……その悲願が、最高の形で叶う。

 あの家に最大級の権威が集中する。あの父に、母に、姉に、兄に……。

 わたくしが愚かでも分かる。

 それは絶対に、まずい。


「なので、わたくしは提案します。受け入れるかどうかはあなた次第。でも、この国のためにもきっと必要」

「もちろんクリスティアが嫌なら他の方法を考えるわ。でも、わたくしもジーンもあの家にあなたを置いておく事は……誰のためにもならないと思っている。だから——」

「…………」


 お妃お二人からのお話に、わたくしは最初ひどく狼狽しました。

 けれどお二人のおっしゃる事はごもっとも。

 だからわたくしは、クリスティア・ロンディウヘッドではなく、ヴィヴィズ王国次期王妃として決断する事に致しました。


「ご提案をお受け致します」


 弱いままではいられないし、いたくはない。

 この国を支える者として、実家と相対する事も厭わない。

 そういう人間にならなければならないのです……きっと……王妃とはそういうもの。


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