第5話 婚約話



 翌日、わたくしは準備を整えて再び城へと向かう。

 少し熱っぽかったけれど、約束を違えるわけにはかない。

 それに、ケーキ食べたい。

 ミリアム様の作った……チョコレートケーキ!


「楽しみだわ……」

「お嬢様、顔が赤いですが……大丈夫ですか?」

「大丈夫よ……それに、王族とのお約束を破るわけにはいかないでしょう?」

「しかし、また倒れられては……」

「うっ……そ、それは確かに不安だけど……」


 ルイナの心配はごもっとも。

 わたくしもそれは不安でならない。

 しかし、チョコレートケーキの魅力には勝てなかったのだ。

 ワクワクお城に入り、応接間に通される。

 間もなく王妃様とミリアム様がいらっしゃった。


「よく来たな! 約束のチョコレートケーキだぞ!」

「まあ!」

「こ、こら、ミリアム。挨拶もせぬまま試食させようとするのではありません」

「「あ」」


 い、いけない!

 わたくしもまだご挨拶していなかった!

 慌てて立ち上がり、スカートの裾を摘んでご挨拶。


「本日はお招きありがとうございます」

「あ、ああ、ゆっくりしていくがいい。……もういいでしょう、母上!」

「し、仕方のない子ですね……」


 ミリアム様はわたくしにケーキを食べさせたくて仕方ないらしい。

 よく考えればそれも当然だろう。

 王子が手作りしたケーキを試食するなんて、家臣や使用人からすれば恐れ多く、そして「二度とやるな」と引き止めたり、咎めなければならない。

 王族が厨房に入る事も歓迎されないというのに……。

 そんな反応ばかりで、きっとミリアム様はわたくしのような者が珍しいのだろう。


「いただきます……!」

「…………どうだ?」


 見た目を観察する間もなく、欲望に抗いきれずわたくしはフォークをケーキに刺し、切り分けて、口に入れた。

 瞬間、口いっぱいに広がる甘味。

 ほんのりとした苦味。

 まあ、なんという事でしょう。

 スポンジの間には生クリームとチョコクリームが!

 まさに、特・濃……!

 ほっぺが落ちてしまいそうです。


「んん〜〜〜〜」

「……なんて美味しそうに食べるのかしら……」


 王妃エリザベス様が呟く。

 だって、だって、本当にこの世のものとは思えないほど美味しいんですもの。

 ああっ、フォークが止まりません!

 美味しい、美味しい──!


「…………ふう……」


 美味しかった!

 お腹いっぱい!

 ……いや、本当言うともう少し食べられそう、かも?

 こんな感覚初めてだわ……もっと食べたい、なんて!


「お嬢様が、また完食なさるなんて……! ミリアム殿下は天才です!」

「そ、そんな大袈裟な……」

「いいえ! ミリアム殿下はお嬢様を救ってくださる、救世主かもしれません! 食事をまともに食べられないお嬢様が、ホールケーキを一つ丸ごと食されるなんて!」

「ル、ルイナ、落ち着いて!」


 王子様に詰め寄るなんて侍女らしからぬ行為よ!

 興奮しすぎ!

 そりゃ確かにわたくしも、こんなにたくさん食べられるなんて思わなかったけれど……。


「そんなに屋敷の料理は食べられないのか?」

「……いえ、ケーキ以外の食べ物がなぜか食べられなくて……。でも、殿下の作るケーキは、普通のケーキよりもずっと、とても……美味しく感じるんです。不思議です……」

「……そ、そうか……」


 あ、照れた。可愛い。


「そうなのね。それならクリスティアもお城で暮らしたらどうかしら?」

「「「はい?」」」


 全員の目がエリザ様へ向く。

 な、な、なんですって? わたくしも、お城に? す、住む!? どどどどうしてそんな事に!?


「そうしましょう! そうすればミリアムのケーキをいつでも食べられるわよ?」

「うっ!」

「具合が悪くなれば王家と契約している医師に診てもらえるし」

「……しかし、そんな事をしては王子殿下たちの婚約者候補のご令嬢たちにうちのお嬢様が睨まれてしまいそうですが……」


 ルイナの言う通りだわ。

 そんな事したら、わたくし同年代のお友達が出来ないと思うの!

 エルザ様と仲良くしてもらえるのは、とても嬉しいし、わたくしも嫌ではないけれど……同年代の女の子たちに嫌われてしまうのはイヤ〜! 困ります〜!


「それならクリスティアはミリアムと婚約してしまえばいいのよ!」

「「「!?」」」


 あ、アーっ!?

 わたくしとしてもミリアム様との婚約はやぶさかではないですがお父様がわたくしを婚約者に据えたいのはアーク様……!


「っ……」

「……まあ、もしかしてロンディウヘッド侯爵がお望みなのはアーク様との婚約かしら?」

「!」


 エリザ様がしれっと当ててきた!

 わたくしもルイナも顔に出ていたのだろう。

 俯いて押し黙ると言う、分かりやすい肯定をしてしまった。


「……!」

「そう。わたくし、正妃とはいえ身分が低いから、身分を重視する一派には嫌われていますもの。仕方がありませんわね」

「は、母上……!」

「ミリアムがクリスティアと婚約者になるには、学園の成績で上回り、王太子の座を勝ち取るしかないようよ? お料理もいいけれど、やはりお勉強はきちんとしなければダメなのではなくて?」

「…………、……は、はい」


 あれ?

 顔を上げると、ミリアム様と目が合う。

 すぐに逸らされてしまうけど、ミリアム様はわたくしと婚約に、前向き?

 あ、いや、違うかも。

 今言った通り、身分を重視する派閥はある。

 それも、そこそこ大きいのだ。

 だからミリアム様はお立場が微妙。

 逆を言えばわたくしのような、身分を重視する派閥の侯爵家の娘と婚約すれば、後ろ盾として申し分ない。

 ……でも、学園入学まではあと五年もある。

 やはりお城に住むわけにはいかないわ。


「あ! それならアーク様にクリスティアの仮の婚約者になってもらいましょう!」

「「「は、はい?」」」


 エリザ様?

 また、なにを言い出されるの?

 な、なんて?

 アーク様に、わたくしの仮の婚約者に……え? アーク様が!? は、はぁぁああぁ!?


「大丈夫、お試し婚約者期間って事で頼めばオーケーしてくれるわよ! 彼も婚約者候補が山のように押し寄せて困ってたから! きっと話に乗ってくれるわ! 待ってて、今連れてくる!」

「え!? は!? エ、エリザベス様ぁ!?」

「は、母上!? ちょっ!」


 ど、怒涛の展開が過ぎます!

 バタバタと出て行ったと思ったら追う間もなく扉が閉まる。

 いや、わたくしはそんなに咄嗟に動けないので、追ったのはミリアム様とルイナですが。

 しかもものの五分で本当にアーク様を連れてきました!

 ミリアム様は銀髪青眼ですが、アーク様は金髪碧眼。

 二人並ぶとお顔立ちからしていかにもご兄弟!

 とても異母兄弟には見えません……が! そうではなくて!


「僕の仮の婚約者になってくださるご令嬢とはあなたですか!」


 くっ、食い気味ぃ!?


「実はかくかくしかじかで、ミリアムと婚約して欲しいのだけれど、学園での成績で王太子が決まるでしょう? だからそれまでの間、クリスティアが他の誰かに取られないように守って欲しいのです」

「なるほど! そして僕は三桁のお見合いから逃れられるのですね! とても合理的です!」


 そ、そうですか?

 いや、さ、三桁……。な、なるほど……?


「ミリアムはクリスティアにケーキを作れるし、クリスティアはアーク様の婚約者仮、としてお城に住んでも問題なくなります!」


 そ、そうかなぁ!?

 平然と言ってるけど、そんな事許されるの!?


「母上天才……!」

「僕も母上にお願いしてきます! クリスティア嬢もそれでよいのですよね!」

「は、話がまとまるのが早過ぎて、混乱しております……! お、王子殿下方は、それでよろしいのですか……!?」

「私は料理が作れるし!」

「僕は三桁のお見合いから逃れられます! ……最近お見合いのせいで勉強どころか睡眠時間も食事の時間も削られていたので万々歳です」


 アーク様、お見合いが死活問題になってた……!


「…………しかし、わたくしがお城に住む話はさすがに無理があるのでは……」

「大丈夫! 陛下にはわたくしからお願いします!」

「私からも父上に頼んでやる!」

「もちろん、僕からもお願いしますよ! 母上も僕の婚約者ならば文句ないでしょう!」

「え、えぇ……」


 あ、あれぇ、なんなのこの結束力……。

 ミリアム様とアーク様は、敵対関係にあるはずだけど……。


「ミリアム様とアーク様は、仲が悪いわけではないんですね……?」

「「え? まあ、喧嘩する理由ないし?」」


 声まで揃って仲良し……!?


「そもそも身分どうとかって大人の事情じゃないですか。将来的には重要になるのかもしれませんけど、今の時点ではあんまり興味ないですよね。それに、王位とか面倒くさそうで僕は遠慮したいです。母上のあの権力にしがみつく姿とか……醜い!」

「ええっ……」


 十歳児、素直過ぎます……!?


「僕の母上もエリザベス様なら良かったのに〜。父上が正妃をエリザベス様に据えた理由がよく分かりますよー」

「もー、そんな事ジーン様に言ってはいけませんわよ? アーク様」

「言いませんよー。千倍になって返ってくるんですから」


 ……苦労なさってるんですね。

 それはなんとなく伝わりました。


「という事だ。……えっと、その、学園で私が主席で卒業するから、それまで待っていてくれるか……? クリスティア……」

「ミリアム様……」


 わたくしが座るソファーの前に跪き、わたくしの手を取って見上げてくるミリアム様。

 ボッ、と顔が熱くなります。

 わたくし……どうしたのでしょう?

 胸がぽやぽやとします。

 ミリアム様こそ、こんなガリガリの偏食令嬢なんかで、良いのでしょうか?


「は、はい……お待ちしております……」

「!」


 そんな返事を、感情のままにしてしまいました。

 でも、父は『いずれ王になる王子の婚約者』にわたくしを据えたかったはず。

 ならば、ミリアム様が主席卒業し、わたくしを正規の婚約者に選んでくださる日が来たら……その時はお父様も許してくださるはずですよね?

 なにより、これで……。


「ミリアム様のケーキを、これで毎日食べられますのね……!」

「え? …………。え、あ、ああ! そうだな! たくさん食べろ!」

「楽しみですわ!」


 アーク様の婚約者(仮)になり、お城でミリアム様のケーキを毎日食べられる事になりました!

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