第8話 学園生活は知らない事がいっぱい!


 そんなわたくしの生活は瞬く間に五年の歳月が過ぎていきました。

 クリスティア・ロンディウヘッド、十五歳——……。


「ん〜! これも美味しいです!」

「そうかそうか。たくさん食べろよ」

「はい! ありがとうございます、ミリアム様!」


 その日はこの国の王立学園への入学日。

 本日から寮住まいになります。

 そして今は寮の食堂です。

 寮の食堂は男女共有です。

 ミリアム様は王族用の個室なのですが、そこからわたくし用に朝のケーキを作って持ってきてくださいました。


「本当は弁当も作りたかったんだが、アークに『学業を優先しろ』と言われてしまってな」

「そうなのですね」


 もぐもぐ。ごくん。ぱく。もぐもぐ……。


「美味しいです……!」


 にこ。

 ミリアム様に微笑ましく眺められてしまいました。

 ミリアム様の作ったケーキ、本当に美味しいです。


「おはようございます、ミリアム、クリスティア」

「おはようございます、アーク様」

「おはよう、アーク。相変わらず朝弱いなお前」

「いやー、朝とか一番眠い時間じゃないですか。早起きして甲斐甲斐しくクリスティアにケーキ作ってあげるミリアムは本当に偉いですよ」

「ま、まぁな」


 もぐもぐ。もぐもぐ。ごくん。


「美味しいですっ」

「そうですか。良かったですね」

「はい」


 にこ。

 アーク様にも微笑まれました。


「まあ、それはそれとして、クリスティアは色々気をつけてくださいね」

「はい?」

「貴女は一応、僕の婚約者という事になっているんですから。色々他の令嬢に嫌がらせをされたり嫌味を言われるかもしれません。その時は容赦なく僕に教えてくださいね?」

(アーク、牽制の仕方がえぐいな〜)

「? はい」

(まあ、クリスティアはこのぐらい言っても分かってないみたいだが……)


 もぐもぐ。もぐもぐ。

 アーク様は時々よく分からない事をおっしゃいますね。

 いえ、言っている事は分かります。

 わたくしの身を心配してくださっているんですよね。


「…………」


 もぐ……。

 でも、やはり未だに分かりません。

 これでいいのか。わたくしはこのままでいいのか。

 ミリアム様の作ってくださるケーキは永遠に食べていたいですが……こんな中身空っぽなわたくしが王妃になる事を目指していいのでしょうか。

 ミリアム様はお優しいしケーキは美味しいです。

 だからとても大好きです。

 アーク様もお優しいし次期王に相応しいと思います。

 親切にしてくださいますし、わたくしが困る前に先回りもしてくださってとても頼りがいのある方だと思います。

 お二人ともご自分の目標に向かって頑張っておられる。

 でも、わたくしは?

 親に言われて王妃を目指し、いずれ王となるお二人のどちらかの婚約者となる……。

 そこに自分の意思などなく、いえ、それは貴族の令嬢として生まれた以上、ある意味当たり前の事でもあるのですが……。

 やはりわたくしは『空っぽ』。

 わたくしなんかが王妃になって本当によいのでしょうか。

 もっと相応しい方がいるのでは。


「もぐもぐもぐもぐ」

「クリスティア、おかわりはいるか?」

「いただきますっ!」

「入学式が終わったらお昼は三人で食べましょうね」

「はい!」


 本日もケーキが美味しいです!




「ちょっと! ロンディウヘッド令嬢!」

「ふぇ?」


 ミリアム様とアーク様、お二人と別れてから入学式の行われる講堂へ移動中の事です。

 数人のご令嬢に呼び止められました。


「なんでしょうか」


 困りました、お名前が分かりません。

 学園の中だとルイナもいないので孤立無縁です。

 ……今更ですがわたくしやっぱりちょっとほわほわしすぎですね。

 自分でも分かっているのですが、いまいち他人に興味が持てません。

 アーク様は「幼少期に対人関係が希薄だった弊害でしょうね。まあ、そのうち治しましょう」と言ってくださいましたけど、これって治るものなのでしょうか。

 いえ、治した方がいいのは自分でも分かるんですけれども。

 ……人に興味を抱くってどうしたらいいんでしょうか。


「!」


 そうだ、「まずはお友達から」というのはどうでしょう!

 思えばわたくし、同世代で同性のお友達はおりませんわ!


「あなた、王子殿下を二人も誑かすなんてどういう了見なのかしら?」

「…………」

「アーク様の婚約者なのでしょう!? なのに、朝から食堂でミリアム様と仲睦まじくされて! まさか両王子に取り入ろうと? 信じられませんわね!」

「とんだ淫乱女ではない!」

「アーク様の婚約者なら、ミリアム様に近づくのはおやめになった方がいいんではなくて?」

「婚約者のいる女性が婚約者のいない男性と二人きりでいるのはおかしいわ!」


 声をかけてきたご令嬢たちにそう言い放たれました。

 たぶ……たぶらかす?

 わたくし、ミリアム様たちを誑かしてなどいないのですが。

 ……というより……。


「……ひどい誤解ですわ。それに、侮辱です」

「え……な、なにが……侮辱なんて、それはこっちの台詞……」

「いえ、ミリアム様とアーク様への侮辱です。あのお二方がわたくしごときに誑かされるような方々に見えますの?」

「「「…………」」」

「それに、朝はアーク様を待っていただけです。ミリアム様はアーク様と異母兄弟。ミリアム様がアーク様を待っておられたので、アーク様の婚約者としてご一緒したのですわ。ミリアム様もいずれはわたくしのお兄様になりますから……なにかおかしな事でもありまして?」

「うっ……」


 もちろん皆様のおっしゃりたい事は分かるんですよ?

 分かるんですけど、朝ってお腹が空くではないですか。

 早くミリアム様の作ったケーキを食べたいではないですか。

 だから先に食べさせて頂いてたんですよ。

 アーク様は朝が弱いので、ちょっと遅れて来られるんですよね。

 仕方がないのです。うんうん。

 実際ミリアム様には妹のように可愛がられていますしね。

 というか、絶対妹だと思われていると思います。

 わたくしにも血の繋がったお兄様はいますが、わたくしにまるで興味がない方なので『兄妹』というものはよく分かっていませんけれど……きっと実際の『兄妹』はあんな感じなんではないんでしょうか。


「入学式が始まりますので、早く参りましょう」

「…………っ」


 よし! ちゃんと同級生となる方々と笑顔でお話出来ましたわ!

 他人にはどうしてもまだ興味は抱けませんけれど、アーク様が「頑張って治しましょう」と言ってくださいましたから、わたくし頑張ります!

 きっと人様とたくさんお話しすれば治せるはずですよね。

 ……まだなんかこう、「お友達はエルザ様がいるからいいや!」と思っている節があるので同年代、同性のお友達を作るのを今年一年の目標としましょう。

 ジーン様にも「学園は味方を作る場所。王妃になるには人望も必要ですよ」と言われましたし。

 ルイナにも「私はご一緒出来ないので、お友達を作って楽しくお過ごしください」と言われましたし!


「ところで、皆様は……あら?」


 せっかく話しかけて頂いたので、ここは新しい話題を振って仲を深めましょう。

 そう思ったけれど、ご令嬢たちはもうそこにはいませんでした。

 もう講堂の方に入って行ってしまった模様です。残念です。

 もう少しお話したかったですね。


「…………いえ、まだ学園生活は始まったばかりですし……頑張りましょう」


 わたくし、虚無すぎますけど、それを治すためにも……一つ一つ自分の中に目標を持って、達成していきましょう。


「…………」


 ぐう。

 お腹が鳴ります。お腹が空きました。

 お昼まで持ちそうにないんですが。


「では、これからこの学園で学んでいく事を簡単に説明します」


 入学式後、教室に詰め込まれた新入生たちにクラス担任の先生が自己紹介もそこそこに語り始めました。

 わたくしは女子生徒のみのクラス。

 ミリアム様やアーク様とは別なクラスです。

 でも、これはこれでお友達を作るのに好都合なのではないでしょうか!

 あ、いけません。先生のお話を聞かなければ、ですわ。


「ここは『フェイランディア大陸』最西端の国、『ヴィヴィズ王国』。まあ、この辺りの事は当然皆さん知っていて当たり前ですが……」


 そうですねぇ。

 自国の事を知らない貴族はいないでしょうねぇ。


「この国は魔獣も多く、精霊獣の加護もありません。隣国にはあるというのに……忌々しい……」


 とても個人的批判が入ってきましたね……。


「ああ、いえ、とにかく……この大陸には南から『アーカ王国』、『エディレッタ王国』、隣国『ブリニーズ王国』、『シャゴイン王国』、『ロンディニア王国』そして大国『ザグレ』と多くの国がひしめき合っています。そして、皆さんがこの学園で学ぶべき事は貴族として今後、どうこの国に貢献出来るか……どう貢献して行けるか、です」


 とても抽象的な言い方ですねぇ。


「今の時代は戦争の兆しもなく平和そのものですが、以前は大国『ザグレ』が大陸統一を目論んだという話もあります。今もそう考えているザグレの貴族は多いでしょう。そうなった時、最初に潰されるのは、まあ、『シャゴイン』でしょうけれど……『ヴィヴィズ王国』としてもしっかり自衛してゆきたいところ! そう、この国の未来は皆さんの肩にかかっている!」


 ……この方は教師に向いていないのでは……。

 言ってる事がよく分かりませんよ?


「とにかく、皆さん、精霊獣です! 精霊獣と契約するのです! 精霊獣と契約すれば人生安泰! この国も安泰です! 精霊獣を探し出して契約しましょう!」


 ……という事で先生のお話は終わりました。

 なんというふわっとしたお話でしょうか。

 かなり無理やりと言いますか……精霊獣と契約しましょう、なんて……精霊獣……精霊獣?

 精霊獣ってなんでしょう?

 王妃教育で教わったでしょうか?

 記憶を辿ってみますが思い出せませんね?


「精霊獣信仰者みたいだな、あの先生」 

「まぁね、気持ちは分かるけどね。精霊獣を一目見ただけでも幸運に恵まれるというし」

「うちの国も魔獣被害が多いからなぁ」


 そんな話声が聞こえて、お腹をさすります。

 そうなのですね。

 お城に引きこもっていて、わたくしこの国の現状をまったく知りません。

 王妃候補なのにこれはいけないような気が致します……。

 わたくし、国内外の情勢に関する事と国内貴族に関する事、自衛の方法や他国のマナーなどしか教わっていないので……そういえば国内がどんな状況なのか、とかは調べてもいませんでしたね。

 これではいけません。

 ミリアム様とアーク様……どちらが王となるかはまだ分かりませんが……アーク様の妻になって、ミリアム様を支えられるようにこの国の事ももっと知らなければ……。

 あと、お友達を作らなければ。


「…………」


 ぐううぅ……。

 お腹が鳴りますね。お腹が空きました。

 ああ、ダメです……頭が上手く働きませんわ。

 昔は少食で悩んでいましたが、最近よくお腹が空きます。

 お城で過ごした五年間で、わたくしの体質は180度変わってしまったのでしょうか?

 でも、お腹が空く事はいい事です。

 そして、食欲がある事はもっとよい事ですよね。

 お腹が空いていても食欲がないと大変です。

 お腹は空いているのに、食べたくないのですから。

 それって、とても悲しい事なのですよ。


「クリスティア」

「! アーク様」


 教室の外から声がかかり、立ち上がります。

 アーク様がわたくしを呼ぶので近づくと、ニッコリ微笑まれました。


「なにか誰かにひどい事を言われたりしませんでしたか?」

「? いいえ?」

「そうですか。それなら良かった」


 なんの事でしょうか?

 誰かにひどい事?

 わたくしは言われていませんねぇ〜。


「それよりも、そろそろクリスティアのお腹が空いた頃だと思いましたから迎えにきましたよ。ラウンジで少し軽食でもどうですか?」

「食べます」

「ふふふ、即答ですね。そうだと思いました」


 なぜ分かったのでしょう?

 そうなんです。

 お腹が空いているんですよ! わたくし!

 アーク様に連れられてラウンジでご飯!

 本当ならがっつり頂きたいところですが、さすがにまだ授業があるのでダメですよね! 残念です!


「あ、そういえば……アーク様、精霊獣とはなんですか?」

「へ?」

「先程担任の先生が挨拶でおっしゃっていたのですが、わたくし、王妃教育で学んではいなかったように思いまして……」

「…………そうだったんですか? ……いや、そうかもしれませんね? そうか……」


 なにやら一人で納得してしまわれました?


「精霊獣とはこの大陸となった神獣『レンギレス』の遣いと言われる生き物です。まあ、神獣レンギレスの話は御伽話ですが、精霊獣は実在します。その他に大陸に点在する森には森の守護獣がいたり、魔獣も元は神獣レンギレスの使いの成れの果てとも言われていますね」

「魔獣……」

「西側と南側の国には神獣の森がないため、魔獣が多いそうです。我が国にもとても多く出ます。毎年農作物や漁業、畜産業に影響が出ますね。まあ、それは隣国の『シャゴイン』や『ブリニーズ』と同じようなものなのですが……。うちは『シャゴイン』と違って海に面していて、天候で漁業が出来ない、魔獣被害が多い、が重なると本当に大変なんですよ。『ロンディニア』から食糧の輸入をしようにも、地味に『シャゴイン』が邪魔してきますからね。関税を設けて、我が国にからもお金を取るんです。まったくせこい国です」

「…………」

「ああ、失礼。喋りすぎましたね。よく分からなかったですか?」

「いいえ……」


 ただ、精霊獣のお話を聞いたのに話がだいぶ逸れたなぁ、と……。

 アーク様は『シャゴイン』が嫌いなのでしょうか?

 まあ、今の話を聞いた限りろくな感じではありませんけれど……。


「わたくし知らない事がまだまだたくさんあるのですね」

「そのための学園ですからね。大丈夫ですよ」


 なるほど! 確かに!


「わたくし、これからどんな事を中心に学んでいけばよいのでしょうか」

「クリスティアは食べる事が好きですか?」

「? はい、大好きです。けれど……」


 ミリアム様の作るものが、と言いかけて……やめた。

 今食べているサンドイッチも美味しいです。

 こうして食べられるようになったのはミリアム様のおかげだと思うので、やはりミリアム様の作るケーキやお料理は別格ではありますけれど。


「なら、食に関して学んではどうでしょう? さっきも言いましたが、魔獣や天候によって毎年農作物や漁業にはダメージがあるものなんです。なんとかそういう影響があっても、問題ない食糧確保が出来ないものかと……」

「なるほど……」


 我が国『ヴィヴィズ王国』は近隣と同じく小麦が主食となっていますよね。

 しかし魔獣により畑は荒らされます。

 漁業もまた、海の魔獣や天候で安定的ではない、と……。

 もちろんもっと詳しく調べなければならないでしょうけれど、原因が分かっていてもなにも出来ないのは嫌ですね。

 わたくしも少しくらい役に立ちたいです。中身が虚無ですが。


「たくさんご飯が食べたいので頑張ります……!」

「それでこそクリスティアですね」


 どういう意味でしょう!

 いえ、その通りな気もしますけれど!


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