第9話
「イリー様。イリー様は『前世の記憶』に振り回されているように感じます。まずはどのようなものか、一度整理してみるのはどうでしょうか」
「整理……。それがいいかも……」
「まず確認したいのですが、イリー様の記憶にあるのは、イリー様の視点ではなく、違う人物のもののはずです」
「たしかに……。今の私の視点ではなくて、私が死んだあとの話しかわからない」
「はい。ですので、『前世の記憶』と、今イリー様の目の前にいる人物は、まったく違う人物かもしれないと疑うことも大切だと感じます」
ルータスの言葉に「なるほど」と頷く。
私の『前世の記憶』は乙女ゲームのルートだが、それはイリエラクシェルの視点ではなく、乙女ゲームのヒロインの視点の話である。
今、イリエラクシェルとして
「まずは、イリー様を死に至らしめるの可能性のある人物を教えていただけますか?」
「うん……」
ルータスに促され、ゆっくりと話し始める。
まだ、それぞれの
「私の『前世の記憶』では、四人の男性がいてね……。まず一人目がルータス」
今まさに、私の目の前にいる人物。
春の騎士。私が亡きあとは、【春の力】を宿したヒロインに仕えるようになる。
王女を殺したことで、ヒロインに対して溺愛ヤンデレになる……と私は思っていたのだが、今すでに溺愛ヤンデレになっている気がする。
私を殺したから溺愛ヤンデレになったわけではなく、最初から病んでた。間違いない。ヒロイン視点ではわからなかったけど。
「私がイリー様の死因になる可能性は、かなり低いのではないかと考えます」
「うん……私も、今のルータスに殺される気はあんまりしない……」
うまれてからずっと、私を守ってきたのはルータスである。
想像の中で、国王に命令されたとき、ルータスに殺されたけれど、すぐにルータスはやらないんじゃないかとも思った。
「あのね……実は、どうして私が殺されるのか、わからないことも多いの」
「『前世の記憶』はイリー様の死因まではわからない、と?」
「うん。どんな思いで殺したのか、どうしてかっていうのは、物語の中で語られてるんだけど、あくまで思いしかわからなくて……。それに、それぞれの人物がいくつか道に分かれていて、どんな理由で死ぬかっていうのは、想像しかできない」
「なるほど……。イリー様はすべてをわかっているというわけではないのですね」
「うん……」
例えばルータスが私が死んだあとの未来では、溺愛ヤンデレ騎士として、ヒロインの男関係を排除する溺愛ヤンデレ騎士になること。そして、王女を殺してしまったこと。
王女を殺した理由は「王女がルータスを裏切ったから」だと、ルータスはヒロインに語っていた。
「私がルータスを裏切ったから……。だからルータスは私を殺してしまったみたい」
「裏切りですか……」
「なにを裏切りと感じたのか……。それはきっと私を殺したルータスにしかわからないのかなって……」
だから、前世の話をしたときに、殺されると思った。
イリエラクシェルに『前世の記憶』が芽生えたこと。それは春の王女を守り続けてきたルータスにとって、裏切りになるかもしれない、と。
だが、ルータスはそんなおかしな私ごと愛してくれると言ってくれた。
正直、背筋がゾクゾクした(こわかった……)が、私がちゃんと話をし、ルータスが受け止めてくれたことで、DEAD No.1はすでに回避されたのだと思う。
で、次はDEAD No.2なのだが……。
「ルータスはどんなときに私を殺すんだろうって考えたの。……それでね」
「はい」
「……私が頼めば。……私がルータスにお願いすれば、もしかしたらルータスは……」
そこまで言うとルータスは、私を撫でていた手を動かし、そっと私の背中に回した。
そして、そのままぎゅうと抱きしめられる。
「……イリー様はぽわぽわしている割りに、ときどき鋭い」
「……悪口?」
「いえ。私はその度に、イリー様はただの王女ではなく、たしかに【春の力】を宿した方なのだろうと感じます」
ルータスの声は落ち着いている。
「……イリー様に隠しても意味はありません。……私も同じ想像をしました。私がイリー様を弑すことがあるのだとすれば……」
でも、その顔を見ようと思うのに、ルータスは決して腕を放してくれない。
ぎゅうと抱きしめたまま、ルータスは続けた。
「――イリー様の願いを叶えるとき」
ルータスの言葉を聞いて、確信した。
DEAD No.2。あれは……きっと、あれがルータスENDの理由。これまで、そしてこれから先。ゲームでの私は【春の力】を巡る抗争や政治に疲れ、ルータスに頼んでしまうのだろう。
ゲームのルータスは『春の王女の裏切り』と言っていた。
必死に守ってきた少女が自死を望む。そして、それをルータスに願う。……ルータスの心は千々に割かれただろう。
そして、【春の力】を持つゲームのヒロインをなんとしても守ろうと死力を尽くす。もう二度と……、自分の手で殺すことがないように。
「ルータス……!」
私は「ひん!」と声を出したあと、ぎゅうとルータスの頭を抱きしめた。
つらい……! つらいねルータス……!
「私は、私はね、ルータス」
「はい」
「そんなことを、絶対にルータスに願わない」
ルータスを傷つけたくない。そんな残酷なこと、ルータスに起きてほしくない。
「私は今、すごく生きよう! って思ってるから」
「……はい」
「ルータスが守ってくれたからだよ」
そこまで言うと、ようやくルータスの腕の力が緩んだ。
機を逃さないよう、すかさず体を離し、ルータスの顔を覗く。
水色のきれいな瞳。この瞳が涙で濡れることがないように。
「ルータスのおかげで、ずっと楽しかった。この世界でいっぱい長生きするぞ! って思ってるからね」
「はい」
水色の瞳がうれしそうにとろける。
この瞳を! 守るぞ!
「いつもありがとう、ルータス」
額と額をくっつける。
ルータスのちゃんと届くように。ルータスが安心できるように。
きっとこれで、DEAD No.2も回避できたはず!
「……イリー様には敵いません」
ルータスはそう言って。
そっと、私の頬にキスを落とした。
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