第9話

「イリー様。イリー様は『前世の記憶』に振り回されているように感じます。まずはどのようなものか、一度整理してみるのはどうでしょうか」

「整理……。それがいいかも……」

「まず確認したいのですが、イリー様の記憶にあるのは、イリー様の視点ではなく、違う人物のもののはずです」

「たしかに……。今の私の視点ではなくて、私が死んだあとの話しかわからない」

「はい。ですので、『前世の記憶』と、今イリー様の目の前にいる人物は、まったく違う人物かもしれないと疑うことも大切だと感じます」


 ルータスの言葉に「なるほど」と頷く。

 私の『前世の記憶』は乙女ゲームのルートだが、それはイリエラクシェルの視点ではなく、乙女ゲームのヒロインの視点の話である。

 今、イリエラクシェルとして攻略対象者しかくたちと接すれば、人物の印象も変わるかもしれない。


「まずは、イリー様を死に至らしめるの可能性のある人物を教えていただけますか?」

「うん……」


 ルータスに促され、ゆっくりと話し始める。

 まだ、それぞれの攻略対象者しかくについての情報は伝えていなかったから。


「私の『前世の記憶』では、四人の男性がいてね……。まず一人目がルータス」


 攻略対象者しかくNo.1 ルータス・マルク(二十五歳)。

 今まさに、私の目の前にいる人物。

 春の騎士。私が亡きあとは、【春の力】を宿したヒロインに仕えるようになる。

 王女を殺したことで、ヒロインに対して溺愛ヤンデレになる……と私は思っていたのだが、今すでに溺愛ヤンデレになっている気がする。

 私を殺したから溺愛ヤンデレになったわけではなく、最初から病んでた。間違いない。ヒロイン視点ではわからなかったけど。


「私がイリー様の死因になる可能性は、かなり低いのではないかと考えます」

「うん……私も、今のルータスに殺される気はあんまりしない……」


 うまれてからずっと、私を守ってきたのはルータスである。

 想像の中で、国王に命令されたとき、ルータスに殺されたけれど、すぐにルータスはやらないんじゃないかとも思った。


「あのね……実は、どうして私が殺されるのか、わからないことも多いの」

「『前世の記憶』はイリー様の死因まではわからない、と?」

「うん。どんな思いで殺したのか、どうしてかっていうのは、物語の中で語られてるんだけど、あくまで思いしかわからなくて……。それに、それぞれの人物がいくつか道に分かれていて、どんな理由で死ぬかっていうのは、想像しかできない」

「なるほど……。イリー様はすべてをわかっているというわけではないのですね」

「うん……」


 攻略対象者しかくがどんな人物かはわかる。

 例えばルータスが私が死んだあとの未来では、溺愛ヤンデレ騎士として、ヒロインの男関係を排除する溺愛ヤンデレ騎士になること。そして、王女を殺してしまったこと。

 王女を殺した理由は「王女がルータスを裏切ったから」だと、ルータスはヒロインに語っていた。


「私がルータスを裏切ったから……。だからルータスは私を殺してしまったみたい」

「裏切りですか……」

「なにを裏切りと感じたのか……。それはきっと私を殺したルータスにしかわからないのかなって……」


 だから、前世の話をしたときに、殺されると思った。

 イリエラクシェルに『前世の記憶』が芽生えたこと。それは春の王女を守り続けてきたルータスにとって、裏切りになるかもしれない、と。

 だが、ルータスはそんなおかしな私ごと愛してくれると言ってくれた。

 正直、背筋がゾクゾクした(こわかった……)が、私がちゃんと話をし、ルータスが受け止めてくれたことで、DEAD No.1はすでに回避されたのだと思う。

 で、次はDEAD No.2なのだが……。


「ルータスはどんなときに私を殺すんだろうって考えたの。……それでね」

「はい」

「……私が頼めば。……私がルータスにお願いすれば、もしかしたらルータスは……」


 そこまで言うとルータスは、私を撫でていた手を動かし、そっと私の背中に回した。

 そして、そのままぎゅうと抱きしめられる。


「……イリー様はぽわぽわしている割りに、ときどき鋭い」

「……悪口?」

「いえ。私はその度に、イリー様はただの王女ではなく、たしかに【春の力】を宿した方なのだろうと感じます」


 ルータスの声は落ち着いている。


「……イリー様に隠しても意味はありません。……私も同じ想像をしました。私がイリー様を弑すことがあるのだとすれば……」


 でも、その顔を見ようと思うのに、ルータスは決して腕を放してくれない。

 ぎゅうと抱きしめたまま、ルータスは続けた。


「――イリー様の願いを叶えるとき」


 ルータスの言葉を聞いて、確信した。

 DEAD No.2。あれは……きっと、あれがルータスENDの理由。これまで、そしてこれから先。ゲームでの私は【春の力】を巡る抗争や政治に疲れ、ルータスに頼んでしまうのだろう。

 ゲームのルータスは『春の王女の裏切り』と言っていた。

 必死に守ってきた少女が自死を望む。そして、それをルータスに願う。……ルータスの心は千々に割かれただろう。

 そして、【春の力】を持つゲームのヒロインをなんとしても守ろうと死力を尽くす。もう二度と……、自分の手で殺すことがないように。


「ルータス……!」


 私は「ひん!」と声を出したあと、ぎゅうとルータスの頭を抱きしめた。

 つらい……! つらいねルータス……!


「私は、私はね、ルータス」

「はい」

「そんなことを、絶対にルータスに願わない」


 ルータスを傷つけたくない。そんな残酷なこと、ルータスに起きてほしくない。


「私は今、すごく生きよう! って思ってるから」

「……はい」

「ルータスが守ってくれたからだよ」


 そこまで言うと、ようやくルータスの腕の力が緩んだ。

 機を逃さないよう、すかさず体を離し、ルータスの顔を覗く。

 水色のきれいな瞳。この瞳が涙で濡れることがないように。


「ルータスのおかげで、ずっと楽しかった。この世界でいっぱい長生きするぞ! って思ってるからね」

「はい」


 水色の瞳がうれしそうにとろける。

 この瞳を! 守るぞ!


「いつもありがとう、ルータス」


 額と額をくっつける。

 ルータスのちゃんと届くように。ルータスが安心できるように。

 きっとこれで、DEAD No.2も回避できたはず!


「……イリー様には敵いません」


 ルータスはそう言って。

 そっと、私の頬にキスを落とした。

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