第12話

 気づけば、そこは血の海だった。


「やめて! ルータス、やめて……!」


 響くのは私の悲痛な声。

 今、まさに剣を振り上げた男の手は、私の静止を聞くことはない。そのまま振り降ろされた剣が、目の前の人物を袈裟斬りにした。


「やめて……ルータス……ルータスッ!!」


 血の海を走り、必死にルータスの背中へと抱き縋る。

 すると、ルータスはようやく私へ視線を合わせてくれて……。


「イリー様。終わりました」


 きれいな顔で笑った。

 ああ……ああ……ルータスは、もう……。


「これで全員です。イリー様」


 ルータスがそう言った先には――


「そんな……っ」


 ――攻略対象者たちの亡骸。


 本当に……本当に全員を……。

 ルータスに『前世の記憶』を説明し、ルータスが「全員殺しましょう」と言ったとき、冗談だろうと思った部分もあった。

 けれど……ルータスは、本気だったのだ。

 ……これだけで終わればいい。

 でも、きっと……。ルータスは、私のために存在すべきでないと思った人間ならば、躊躇なく殺してしまうのだろう。

 私は……、私は……っ。


「ダメ、……ダメだよ、ルータス」


 この道は……どこにもいかない。

 ここで終わり。


「こんなこと、しちゃいけない」


 だから、私はルータスから手を離し、血の海へと屈みこんだ。

 手を伸ばせば、そこにあったのは抜き身の剣。

 ……きっと、攻略対象者のだれかがこの剣でルータスと戦ったのだろう。

 その剣を両手で握り、まっすぐにルータスを見つめる。

 ルータスはそんな私を見て……。


「イリー様。イリー様が望むのならば」


 やっぱりきれいな顔で笑う。

 真っ赤に染まった服に似合わない、清廉な表情だった。

 それ以上、見ていたくなくてぎゅっと目を閉じる。

 そして、切っ先をルータスへ向け、そのまま走り寄った。


「イリー様」


 ルータスは避けない。

 それどころか、私を抱きしめるようにして、その剣ごと受け入れた。


「大丈夫、大丈夫だよ、ルータス」


 ルータスの腕から力が抜ける。

 私はそれに合わせて、そのまま身を引いた。

 手が……温かいもので濡れる。

 ルータスが生きていた証。


「……一人にはしないから」


 崩れていくルータスを見ながら、私は剣の切っ先を自分のお腹へと向けた。

 そして――


 DEAD No.4 『私以外のすべて』



***



「せいさん……っ!!」


 凄惨……! すごい凄惨なエンディング流れたんだけど……!

 私は、「ひんひん!」と声を上げた。


「ダメだから、ルータス! その道、どこにもいかないから……!」

「道、ですか?」

「うん……。今、想像してみたら、ルータスも私も両方、生き残れなかったよ……」


 セロ王子のときにもDEAD No.4が流れそうだったが、ルータスの言葉で回避できたと思ったのに……!

 それよりももっと凄惨なことになってしまった。生き残り0だった……。私の記憶にあるゲームのキャラクター、全員いなくなってしまった……。


「それは『前世の記憶』ですか?」

「ううん、違う。……なんていうか、『前世の記憶』を情報にした、今後の予測というか……」


 私の妄想というか……。


「なるほど……。イリー様のいつもの未来予知ですね」

「……みらいよち?」


 ルータスの言葉に「へ?」と間抜けな声が出る。

 未来予知……? 私の……? いつもの……?


「イリー様は昔から、想像の世界へと旅立つことが多かった。私はそれを話して聞かせていただきました。荒唐無稽なものもありました。ですが、よく考えれば、そういうこともありえるのかもしれない、と思えるものが多い」

「……そうなの?」


 え、じゃあこのDEAD No.4も……? ありえるってこと……? ただの想像というわけではなく……? え……?


「先ほど、イリー様自身が『道』とおっしゃっていました。まさにそういうことなのだろうと思います」

「……というと?」


 どうやらルータスは私のこの想像……? 妄想……? をいい感じ? に捉えているらしい。

 でも、私自身がよくわかっていないので、話の先を促す。

 すると、ルータスはそっと私の頭を撫でた。


「イリー様は目に見えるものはもちろん、知識、感情などを情報として整理し、それを元に、未来に起こりえる可能性を想像しているのだろうと思います」

「うん……」

「ですので、『道』です。その出来事が起こる『道』がある。その『道』は可能性の一つであり、その『道』以外にも数多の『道』が存在する」

「うん」

「イリー様は『道』を想像し、考えることができる。そして、それがイリー様の中ではとても具体的に見えるのだろう、と」

「……それってみんなできるよね?」


 ルータスの言葉にはて? と首を傾げる。

 今ある情報から、いくつかの未来を想像する。

 それは『未来予知』といえるような確実なものではなく、ただの『妄想』だと思うんだけど……。

 そして、それはみんなやってることだと思うんだけど……。


「たしかに私たちも普段から行っていることなのかもしれません。ただ、イリー様はその力が強い」

「なるほど……」

「私や侍女たちはその話を聞き、起きてほしいと思えば、その通りに動きますし、起きてほしくないと思えば、回避するために動きます。ですので私たちの中ではイリー様のその能力は『未来予知』として考えているのです」


 ……そうか。

 つまり。


「私は……その力が強い……」


 妄想力!

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