第4話

 うん。ルータスの圧から逃れることは不可能!

 早々に根を上げた私は、なぜそんな言葉を口走ったのかを、すべて白状していた。


・ここが乙女ゲームの世界であるということ

・私もルータスもそこに出てくるキャラクターであるということ

・ルータスは攻略対象者であり、ヒロインと恋に落ちる可能性があるということ

・私が――だれかに殺されるということ


 何度も口籠り、説明に迷いながら。

 その度にルータスは根気よく聞き直したり、促したり。


「……わかりました。ここではない別の世界には私やイリー様が登場する物語がある。それは一つの決まったものではなく、選択によりいくつか枝分かれしているもの。私とイリー様はそれぞれに役があり、イリー様はそのことを『思い出した』。そういうことですね」


 笑われてもおかしくない話だが、ルータスは私をからかったり、話を止めることはなかった。

 この世界にはない『乙女ゲーム』や『攻略対象者』などの単語については、絵本や劇の脚本のようなものとして認識したらしい。

 ぎらぎらしていた水色の瞳も今は穏やかな色に戻り、薄い唇に人差し指を当てて、考えごとをしているようだ。


「うん……。あのね、それでね、前世についてなんだけど……」

「はい」


 緊張から、喉がカラカラに乾いている。

 でも、もう、ここまですべてを説明してしまえば、ルータスも気づいたことがあるはずなのだ。

 どくどくどくと心臓が鳴る。

 すぐそこにある未来。これから訪れる運命。

 それを考えると、「ひん!」と恐怖の声が出た。


「えっと……つまり、今までの私と、今の私は違う人物なの……!」


 そう。これまでの春の王女『イリエラクシェル・ピア・ファルセ・エズランオ』はもういない。

 ルータスが生まれてから守り続けていた王女は、前世があり、ここが乙女ゲームの世界で、自分は死ぬ運命にあるのだ、と話をする、ちょっと不思議な子になってしまったのだ……!


「こ、殺さないで……っ」


 「ひゃーん!」と声を上げながら、お腹に両手を当てる。

 これは守り。防衛行動。

 オープニングのイラストでは、春の王女はお腹を一突きされていた。きっと、次の瞬間、私のこのお腹にぶすっと一突きが来る。間違いない。

 なぜ、忠実な騎士である、ルータス・マルクが春の王女を殺したか。

 私はわかってしまっていた。

 つまり、それは――


 ――春の王女が、おかしくなってしまったから。



***



「私が仕えていたのは、あなたのような人物ではない」

「ち、ちがうの、ルータス……私、私は……!」


 ベッドの上でずりずりと後ずさる。

 王女が使うためのベッドはとても大きく、そうすればすこしでも距離を取れた。

 しかし、騎士であり、荒事もこなすルータスの手にかかれば、なんの意味もない。

 逃げようとしていた足を取られ、そのままベッドの下まで引きずり降ろされた。


「前世ですか? イリー様はそんなことをおっしゃる方ではなかった。……思い出した、とおっしゃいましたね。ですが、それは人格を乗っ取ったのと変わらないのでは?」

「……っ」


 ルータスに返す言葉がない。

 『前世を思い出す』とは、なんであろう。

 私自身もその危うさがわかる。春の王女『イリエラクシェル・ピア・ファルセ・エズランオ』に違う人格が宿ったと考えてもおかしくない。

 前世を思い出したことによって、元の『イリエラクシェル・ピア・ファルセ・エズランオ』を消してしまったのだとすれば……。

 もはや、ここにいる私は『イリエラクシェル・ピア・ファルセ・エズランオ』だと言えるのだろうか。

 ただ同じ姿をしただけの……中身が変わってしまった私は……。


「あなたは『イリエラクシェル・ピア・ファルセ・エズランオ』ではない」

「……っ、それは……っ」


 ルータスに……。春の騎士として生まれた日から仕えていた騎士に否定されることは、私の心をぐしゃぐしゃにかき乱した。

 床に転がる私を見下ろしていたルータスの水色の瞳。優しかったその目は、今は冷たく、ぎらぎらと光っていた。


「――私のイリー様を返していただく」


 ルータスが腰に佩いていた剣を抜く。

 そして、そのまま私のお腹に――っ


 DEAD No1.『私のイリー様』


***



 はい死んだ。はいこれだね。私の死因これだ。

 

「ごめんねっ、ルータス……私が変になっちゃって……っ、でも殺さないで……っ!」


 一生懸命命乞い。

 プロローグの三行目で死ぬわけにはいかない。記憶を思い出して、即死因があったが、死ぬわけにはいかないのだ……!

 ルータスはきっと、そんな私を冷めた目で見ていることだろう。

 確認するために、そっとルータスの顔を窺えば……。


「は?」


 すごく、ぽかん顔でした。

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